第51話 代理補佐 葉島直人
生徒会室には、ピリッと張り詰めた緊張感が漂っていた。
床にはビリビリになった本の表紙が広がり、直人がそのうちの欠片の一つを物憂げに手に取って眺めている。
「志納君の防護術式を、生身で破壊した!?」
信じがたい物を見たアンナは、大きな目をさらに広げて仰天している。
団長の八重樫慶も、表情は変えないが神経質に片手に持った『賢者の石』と呼ばれた石を転がしている。内心動揺しているに違いない。
「貴様⋯⋯!!」
玄聖は、ゆっくりと腰を浮かしながら立ち上がる。
だが異常なパワーの一撃をモロに受けたせいか、足取りはおぼつかない。
異能を用いた防護壁を生身で破壊するなど、常識の範疇ではまずあり得ないことだ。しかも張本人の直人は、あたかも当然のことをするようにそれを成し遂げた。
「葉島直人。お前はレベル1だな?」
半ば確認のように直人にそう尋ねる団長。
それを聞いた直人はゆっくりと頷く。
するとアンナは、生徒会専用の特殊な空中投影型タブレットを起動すると、山宮学園生徒のデータを起動した。恐らく直人のことを調べているのだろう。
「葉島直人。1-5、レベル1クラス所属。入学時の異能力測定結果は標準平均よりやや上。なお、基礎及び応用分野も含めた異能全てを所有しておらず、異能力適正はあるものの、異能力を使うことは出来ない。学力も平凡であることから、特筆すべき突出した能力は見当たらない。以上を踏まえた総合評価としてレベル1クラスとする」
恐らくアンナが今読んだのは、直人の入学試験時の評価だ。
それを聞いた団長は、ジッと直人を見つめながら言う。
「入学試験など何のアテにもならないことが実証されたということだ。少なくとも俺は、志納を生身で蹴り飛ばす男を『突出した能力は見当たらない』とは思わん」
団長は席を立つと、直人の前に立つ。
身長は直人と同じくらいだろうか。だが今一つはっきりしないボンヤリとした表情の直人と、まるで鷹を思わせるような雄々しさを感じさせる団長とでは対照的だ。
「葉島直人、どうやらお前は出来る男のようだ。俺はお前の様な静かな闘志を持つ
「⋯⋯それはどうも」
「仁王子烈と同様に、お前もまた放置しておくには惜しい人材であるということだ。であるならば、俺がやるべきことはもう決まっている」
それを聞いたアンナは、「あーそういうこと」と小さく呟くと、大方のことを察したように団長と同じく直人の元へと近づいた。
「星野、確か生徒連合団の規定では『代理補佐に人数制限はない』という趣旨の内容があったな?」
「うん。あくまで代理補佐は『基本的には一人あたりに一人』って書いてあるから、団員一人に、二人以上補佐をつけても問題は無いよ」
それを聞いた団長は軽く頷きながら言った。
「中村も同じクラスの人間が近くにいる方がいろいろとやりやすいだろう。であれば、葉島直人を中村健吾の代理補佐にするのはある意味では非常に合理的だ」
するとここで「おい、八重樫!」という声が聞こえて来た。
その声の主は、さっき直人に倒された玄聖である。
「仁王子烈を代理補佐にする話はどうなった!? 俺は奴を招き入れない限り、そいつの首を狙い続けるぞ!」
ヒッ、と声を漏らす健吾。
どうやら玄聖は何が何でも烈を手元に置いておきたいらしい。
だがそれを聞いた団長は、平然と口を開く。
「だから俺は、星野に『二人以上代理補佐を付けても問題ないか』を聞いたんだ。榊原摩耶に櫟原凛、光城雅樹に目黒俊彦が代理補佐として付く以上、その後に残された選択肢など一つしかないだろう」
静寂が流れる生徒会室。
するとここで、健吾がポツリと言った。
「僕の代理補佐が、葉島君と仁王子君になるってことですか?」
それを聞いた団長はゆっくりと頷く。
そして同時に、玄聖を半ば睨むようにして言った。
「中村、恐らくお前はこれからいろいろな所で身を狙われることになるはずだ。そのためには身辺を脅威から守るボディーガードという意味でも、なるべく強い人間を周りに置いておきたい。仁王子烈が代理補佐を了承するかは未知数だが、少なくともレベル1クラスにいる人間でお前を守れる可能性があるのは⋯⋯」
直人を見る団長。
それは暗に、直人にこの受け入れを断らせる気がないことも示していた。
「どうだ葉島直人。代理補佐になってみる気はないか?」
だが、当の直人は無反応だ。
椅子に座り、足を組んで物憂げに宙を見つめている。
「葉島直人。何か不都合があるなら今すぐに言え」
問い詰めるようにして直人に言う団長。
すると直人は、頬杖をしながら言った。
「それは、僕に何の利益がある話なんですか? 僕は生徒会がどうとか興味ないですし、勝手に代理補佐にされて仕事を増やされても困るんですが」
直人からすれば、本人の了承も不十分なうえに意味のよく分からない役職を用意された挙句、健吾のボディーガードという『仕事外』の荒事までやらされるのはそう簡単に受け入れられる物ではなかった。
「⋯⋯ふむ、そういう発想が出てくるだけでも代理補佐にする適正は十分にあると言える。それに、お前の言うことも正論だ」
するとここで、団長は少しだけ考えるように視線を宙に向ける。
その後、彼は口を開いた。
「では代わりに、1年生終了までの代理補佐の役目を全うするまでの期間、お前の山宮学園教育課程における単位は、全面的に生徒連合団の名義の元に保証しよう」
それは代理補佐である一年生の間だけは、直人はこの先何をしていても単位は保証され、授業に出なくて進級出来るという待遇を受けられるということだ。
だがしかし、それに異を唱える者が一人いた。
「あり得ないんですけど。何、生徒会ってそんなこと出来るほど偉いの?」
ここまで殆ど口を開くことのなかったひかりが口を開いた。
もともと夏美の影響であまり良くなった機嫌が更に悪くなっている。それに彼女自身が実習の合否で進級出来るか否かが不透明なのもあるかもしれない。
するとここでアンナが、ひかりに言った。
「ええ、実は生徒会に所属している団員は生徒会の業務をこなすことを条件に、授業の多くを免除されているの。だから葉島君も代理補佐期間中は、生徒会メンバーの一人に該当するから授業の免除は十分に可能よ。といっても、皆真面目だから『一部を除くと』ちゃんと授業には出席しているけど」
玄聖の顔をチラチラと見ながらそう言うアンナ。
どうやら彼は生徒会の特権をフル活用しているようだ。
「ま、キノちゃんみたいにやむを得ない事情の人もいるけどね。でもとにかく、一年生の間だけ授業の大半を免除することは可能なのよ」
今一つ納得できないながらも、椅子に座り直すひかり。
するとここで改めて団長は直人に尋ねた。
「どうだ? 代理補佐になれば、この学校で融通を利かせられる部分も増える。十分に受ける価値があるものだと思うが」
直人はここで一つ考えた。
代理補佐になれば、恐らく今まで以上に注目を浴びる機会が増えるだろう。そうなるとあまり彼にとっては好ましくないことも起きるかもしれない。
しかし、ただでさえ『時間の無駄』だった授業を受けずに済むのは最高の特権だ。
それに、その空いた時間を仕事に使うことも出来るかもしれない。
となれば、その答えは決まっていた。
「⋯⋯分かりました。健吾の代理補佐、やってみましょう」
直人はそれを了承した。
するとそれを聞いた団長は、よしよしと頷くと手元のタブレット端末に何かを打ち込んだ。
「今年の1年はやはり面白い人材が多いな。おかげで今年の新生徒会メンバーは大分バラエティー豊かな布陣になった」
そう言うと、団長は空中に生徒会のメンバーの草案を映し出した。
生徒連合団新団員 代理補佐
光城雅樹 目黒俊彦
榊原摩耶 櫟原凛
中村健吾 仁王子烈、葉島直人
「以上が今年の主な新メンバーだ。後は、承認式が何のトラブルもなく行われることを祈るのみだが⋯⋯」
ここでまた玄聖の顔をみる団長。
それは、まさにその承認式をトラブル無しに行わせることがどれ程難しいことであるかを案じている様子だった。
「志納。中村健吾については、お前の要望していた仁王子烈を招集することで妥協点を打ってもらう。それでもなおお前が余計なことをするのであれば、先程星野が言ったように、相応の厳しい処置を取らせてもらうからな」
ペッと唾を吐くと、玄聖は何も言わずに生徒会室の扉に手を掛ける。
すると去り際に、玄聖はこう言い残した。
「一先ず、今回は引き下がってやる。だが、仁王子烈、そしてそこにいる葉島直人。お前については後日、別の形で『試して』やるからな」
そして玄聖は部屋を去っていった。
「⋯⋯まあ、上出来ね。志納君が絡んでこの程度で済んだんだから」
軽く自分の肩を揉みながら、椅子に座り直すアンナ。
そして部屋には、団長とアンナ、一年のレベル1クラス5人が残った。
「話すことはこれ以上ないし、お開きでいいんじゃないかしら。中村君も、クラスの立て直し頑張ってね。そこに書いてあることを見れば、いいヒントになると思うし」
健吾のポケットを指差しながらそう言うアンナ。
色々ありすぎて忘れていたが、今日の生徒会室への訪問は崩壊してかけているレベル1クラスを立て直すためのヒントを貰いに来たのであった。
「では、これにて話を終えよう。ご苦労だった」
そんな団長の号令と共に、健吾と直人、真理子にひかりは席を立つ。
順番に団長とアンナに礼を言いながら一行は部屋を出た。
「⋯⋯大変なことになっちゃったね」
ポケットにある紙を手に抑えながら直人にそう言うのは健吾だ。
まさかの直人の代理補佐就任に彼も相当驚いているようである。
「あの⋯葉島さん。 私、余計な事言ってしまったかもしれないです⋯」
申し訳なさそうに直人にそう言うのは真理子だ。
事の発端を考えると、彼女がふと直人の強さに言及してしまったのが始まりだっただけに、彼女も申し訳ないと思う気持ちがあったのかもしれない。
「別にいいですよ。代理補佐も案外面白そうだし」
ただ直人は気にしてないと言うように、軽く手を振る。
健吾たちは、乗ってきたエレベータに乗り込む。
超高速のエレベータは、ものの数十秒で巨大な校舎の最上階から一階まで一行を下ろす。そして一階に着いたのを知らせるランプが点灯すると同時に扉が開いた。
全員降りたのを確認した健吾はここで、健吾はアンナから貰った紙をポケットから取り出した。
「これを見ればクラスがおかしくなっている理由が分かるって⋯⋯」
真理子と直人が覗き込むようにして紙を見る。
そこに何が書かれているのかは、大いに気になる所ではあった。
二つ折りにされている紙をゆっくりと捲る健吾。
そして中に何が書かれているのかを確認しようとした、その時だった。
「あのさ。あの女がいないんだけど」
ボソッとひかりの声が聞こえてきた。
辺りを見回す健吾、すると確かに一人足りない。
「⋯⋯若山さんは?」
思えば、そもそも夏美が部屋を出たのを見た覚えがない。
エレベータに乗った時も、彼女だけは乗っていなかった。
「若山さん、もしかして部屋に残って⋯⋯?」
恐る恐る巨大な校舎の最上階を上に見上げる真理子。
彼女の独自行動はいつものことだが、今回は少しばかり訳が違う。
「とんでもないことをしてなければいいんだけど⋯⋯」
そんなことを言う健吾の手には、アンナから渡された紙が握りしめられている。
本来はそんなことを気にする必要などないはずなのだが、『若山夏美』の名前は、超高確率でトラブルを招く。それを分かっているからこそ、彼らは恐怖を感じていた
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