第49話 直人の一蹴り

鎖縛ロック!!」


その瞬間、何処からともなく鎖が飛んでくると志納玄聖の体に巻き付いた。


「志納センパイ! 流石にそれはヤバいですって!」


そう言うや、鎖を強く引っ張るのは修也だ。

かつて合宿の時に、暴走しかけた夏美を封じたあの鎖が、今度は玄聖の体に巻き付き彼の行動をギリギリの所で封じていた。

彼の振り下ろしたナイフは、健吾からそう遠くない所で止まっている。修也の鎖があと一秒でも遅れていれば、健吾は凶刃に倒れていただろう。


「海野⋯⋯お前は俺を裏切るのか!?」


「裏切るとかの問題じゃないッスよ、センパイ。俺はセンパイが早まった時は抑えろってアンナさんに言われてるんスから」


それを聞くや、今度は玄聖の目がアンナに向く。


「星野!! 何故俺を止める!?」


「当たり前のことを当たり前にしただけよ、志納君。中村君の生徒会入りはもう決定事項なの。今更暴れられても困るし、それでも納得がいかないなら⋯⋯」


その瞬間、アンナの白い髪にバチッと火花が走る。

彼女の魔力が上がっていくのを、部屋にいる全員が感じていた。


「私が相手をするわ。それに私だけじゃない、この部屋にいる全生徒会団員が、貴方を力づくで止めるわよ」


グルル⋯⋯と唸りをあげる玄聖。

睨みつけることもなく、優し気な笑みは変わらないが、放つ魔力は明らかに先程までの比ではないアンナ。相当に危険な状態だ。


「⋯⋯まずは落ち着け。席に座らなければ、話は出来ん」


するとここで、八重樫団長が玄聖に向かってそう告げる。

みると彼の手には、何かが握られていた。


よく見るとそれは、赤い石の様なものである。


「俺の『賢者の石』が仕事をする事態にはしたくない。さあ、分かったら早く座るんだ」


その瞬間、ずっと参考書に向かっていた夏美の視線が一瞬だけ団長に向いた。


その時、まるで無から現れるようにして玄聖のすぐ横に椅子が現れる。

そしてパン、という音と共に修也の鎖も解かれた。


「早く座れ。当然、そのナイフも没収だ」


その言葉と当時に、玄聖の手に握られていたナイフが消え失せる。

まるで空気に解けるかのようになくなるナイフを見た玄聖は、腕を組んでドッカと乱雑に現れた椅子へと座った。それは、まるで観念するかのようである。


すると団長は、横で唖然としている健吾に目を向けた。


「木野川はいないが、一先ずここに居るのが生徒会のおおよそのメンバーだ。この後君と同学年の光城雅樹と榊原摩耶が入ることになるが、君には彼らに次ぐ第三の団員としてこのメンバーの中に入ってもらおう」


だがしかし、健吾の様子は何処か挙動不審だ。

いや正確には、彼らの迫力に完全に気圧されていると言った方が正しいか。


「怯えちゃってるわね⋯⋯肩の力抜いて適当にしてればいいのに」


欠伸交じりにそう言うアンナを諫めるように、桃子が口を開く。


「そういうスタンスでやっていけるのは、アンナ先輩が凄すぎるからです。ただでさえ日本中のDH養成高校が一挙一動を注目する山宮学園の生徒会に、それもあの三大名家の二人に並んでメンバーに入るんですよ。こうなるのが自然でしょう」


それだけではない。生徒会の他のメンバーも実力者揃いだ。

八重樫、星野、志納の三人は18歳以下の異能戦闘力ランキングで、雅樹と摩耶の二人が入ってくるまでトップ3を独占していた日本屈指の実力者だ。


そして桃子は、異能力こそ基本術が中心のため高い評価は得られていないが、研究分野では学生ではもう既に並ぶものなしの天才少女である。


修也は異能が少し特殊ではあるものの、その異能の実用性の高さから既に警察やDHと連携して多くの実戦を積んでいる立派なエリートであり、実はシレっと学業でも桃子に負けず劣らずの好成績を収めている鬼才だ。


そして最後には生まれ持っての天才にして、共に異能力ランキングで一年生ながら一位と四位の座を奪い取った世代最強の2トップが入るのである。


「ここに⋯⋯僕が?」


自信なさげにそう呟く健吾。

今にも消えてなくなってしまいそうなほどに、その体を縮めて椅子に座る様子は、生徒会メンバーの威風堂々とした様子からは遠く及ばない物だった。


「見ろこの情けないヤツの姿を!! これが生徒会に入るだと? 山宮の品格が疑われるだろうが!」


怒り心頭の様子で、そう言う玄聖。

だがしかし、八重樫団長の視線を感じたのかそれ以上のことは言わなかった。


「志納、お前が何と言おうと俺はこの方針を変える気は無い。俺は中村健吾が必ずこの学校にとって必要になる時が来ると感じているし、それは言うなら確信でもある。この決断は団長命令であり、たとえ中村がお飾りのマスコットになろうがお構いなしに、俺は生徒会に入れるつもりだ」


しかし、玄聖の表情は硬い状態から全く変わらない。

むしろその後に発された言葉は、状態をさらに悪くするものであった。


「ならばお前の『賢者の石』が使えぬ時を見計らって、そいつの寝首を掻き切ってやる。命が絶たれれば、全てが丸く収まるだろう」


それを聞いた健吾の呼吸が著しく乱れる。彼の首筋を滝のように流れる冷や汗は、玄聖の言葉が脅しではなく本気であることを感じ取っていたが故の物だった。


「⋯⋯ええ、貴方がそういうことをする人なのは分かってる」


だがそれにも動じず、アンナは静かに言った。


「だから、私は一つ案を考えたのよ。折衷案と言ったらいいかしらね」


するとアンナは、横にいる団長に目で合図を送る。

了承したと、今度は八重樫団長が玄聖に言った。


「生徒会のメンバーになった人間には、各々が好きな『代理補佐』を付けることが出来る。それはお前も知っているな?」


「知っている。それが何だ?」


生徒会に入ると、毎日のように壮絶な激務に晒されることになる。

だが入ったばかりの一年生がそれらをいきなり処理するのは難しいため、生徒会の正規メンバーを補佐する形で各々が自分のパートナーに当たる『代理補佐』を付け、一年間は代理補佐の生徒と一緒に仕事をこなすのである。


なお二年生になると同時に、殆どの生徒会メンバーは代理補佐を外して一人で仕事をすることになるのだが、外された代理補佐たちは二年生以降は『生徒会執行部』という『生徒連合団』とは全く別の組織に入ることになる。


なお正規の組織にあたる『生徒連合団』は、生徒会や連合団などと呼ばれることが多いが、兄弟組織にあたる『生徒会執行部』についてはよく『執行部』と呼ばれる。


「今の所、榊原摩耶の代理補佐は櫟原凛、光城雅樹の代理補佐は目黒俊彦の方針で考えてはいる。だが、お前はそれに不満があると言っていたな?」


そう言うのは八重樫団長だ。

すると玄聖は声を荒らげて言う。


「何故、仁王子烈を選ばんのだ!! いやむしろ、あの男こそ我々の最後の仲間に相応しいのではないか!!」


すると、それを聞いた桃子が眼鏡をクイっと上げて応える。


「彼には生徒連合団に入るという意思が皆無です。それどころか、最近は学校にも来ずにアルバイトに精を出しているというではありませんか。その強さは認めるところではありますが、そのような人間をここに迎え入れるわけにはいきませんね」


だがしかし、それでも玄聖は納得しない。


「力こそ全てではないのか! 強ささえあれば、それ以上のものなど何もいらんだろう! 強さとは誇り、誇りとは強さだ!! あの男を指をくわえて野に放っておくなど、俺から見れば愚の骨頂だ!!」


ハア⋯⋯と大きく溜息をつく桃子。

こうなることを予期していたように呆れ気味に団長の方へと向く桃子だったが、玄聖の主張を聞いた団長は寧ろ玄聖に賛同するように頷いた。


「確かにな。あの人材を野放しにするのは才能の浪費だ」


「⋯⋯!? 団長!?」


何を言っているんだと立ち上がりかける桃子を、後ろの修也が止める。

桃子の明晰な頭脳は、その先に起こるであろう展開をスーパーコンピュータの如く既におおよそ予想していたのである。


「俺も仁王子烈を野放しにすべきではないという意見には賛成だ。だがしかし、あの素行を考えると正規の団員として迎えるのは難しい⋯そう、団員としてはな」


一瞬、静寂の流れる生徒会室。

示し合わせたように玄聖と視線を合わせると、八重樫団長は言った。


「だが、代理補佐という役職ならギリギリ可能かもしれん。志納、もしお前が中村健吾を正規メンバーとして迎えることを容認し、今後彼に危害を加えないと保証するのであれば、俺は『強権』を使って代理補佐の座に仁王子烈を捻じ込んでやる」


バン!!という音と共に、桃子が立ち上がる。

彼女の動揺は相当だ。団長にも半ば食って掛かるようにして口を開く。


「ありえません!! 中村健吾に加えて仁王子烈!? 先輩方はいいかもしれませんが、来期以降彼らを纏めるのは私なんですよ!?」


だがしかし、ここで団長は桃子に視線を向ける。


「俺は、お前たち二年生が来期以降楽をするためにメンバーを選んでいるわけではない。イエスマンで固めたいならそうすればいい。だが俺がいる限りそれは許さない」


「だ、だからといって⋯⋯⋯」


「それともこのメンツを纏める自信がないのか? であるなら、団長の座は元木ではなく海野か木野川に譲ることになるがな」


想像以上に厳しい言葉が飛んだせいか、桃子の落ち込みも相当だ。

「そんなことないです⋯⋯」と俯きながら呟く桃子の目には涙が見える。


すると場が荒れているのを察してか、修也が軽く手を振りながら立ち上がった。


「ちょっとモモちゃんと散歩してきますよ。ほら、行こ」


そう言うや、桃子が口を開く前に流れるような動きで彼女の手を取ると、そのまま修也は彼女を外に連れ出していった。


「⋯⋯まあいい。志納、お前はどうだ」


そう言って、玄聖に視線を戻す団長。

ここで初めて強硬だった玄聖の態度にも変化が見られた。


「悪くない条件ではある。だが、しかし⋯⋯」


それでも、健吾を見る玄聖の表情は非常に硬い。

どうにか折衷案を見つけようとはしているが、それでも彼にとっては健吾を生徒会に入れるのは受け入れがたいことであるのは変わらないのだろう。


するとここで、意外な人物が口を開いた。


「⋯⋯葉島さんは、代理補佐をすることは出来ないんですか?」


意外な人物、それは瀬尾真理子だった。

彼女は、何も言わず傍観しているだけの直人を見て言う。


「力こそ全て⋯⋯私はあまり好きな発想ではありません。でも、葉島さん。あの時私と中村さんを助けてくれた葉島さんは、強い人間じゃないんですか?」


突然の真理子の発言に、団長とアンナがお互いに顔を見合わせる。

どうやら彼らには、彼女の言葉の意味がよく伝わらなかったらしい。

するとここで、健吾が付け加えるように口を開く。


「⋯⋯ここに来た時に、僕たちはレベル5クラスの人たちに襲われたんです。でもその時、葉島君が全員を撃退して助けてくれたんです」


「何だと!!??」


そう言って立ち上がるのは、玄聖だ。


「俺の手下どもは『中村健吾が連れていた化物にやられた』と言っていたが、その化物というのがお前か!?」


だが、対して直人は特に反応はない。

寧ろ横の夏美に習って、持ってきた推理小説を読み始めていた。


「答えろ!! 貴様!!」


憤る玄聖は、直人に迫る。

突然矛先が直人に向いたのを見て、慌ててアンナが立ち上がった。


「やめなさい志納君! 止まるのよ!」


だが玄聖の耳には何一つとしてアンナの言葉は入っていない。

どうやら完全に頭に血が昇っているようで、玄聖は直人の目の前に立った。


「貴様もレベル1クラスか! 一体どんな汚い手段を使って俺の手下を倒した!」


反応はない。

顔を覆うようにして小説を読み続ける直人。


「⋯⋯いいだろう。ならこうしてやる!」


そう言うや、小説を大きな手でガッチリと握る玄聖。

そして、力いっぱいに小説を奪うとその場で引き千切ってしまった。


「どうだ! 次はお前がこうなる⋯⋯」


その瞬間だった。

目にも止まらぬ速さで、何かが背後に回り込んだのを玄聖は感じた。

そして目の前で椅子に座っていたはずの直人の姿は既にない。


「もうすぐ推理の種明かしだったんだけどな。余計なことしてくれましたね」


背後を取られた玄聖は、反射的に振り返る。

だが、そこにも既に人影は無くなっている。


「トロいんですよ。そんなんじゃ、ハエも捕まえられないですよ」


気が付いた時、玄聖は襟元を持って宙に吊り上げられていた。

そして玄聖を片手で吊り上げる細身の腕の先には、直人がいる。


「本の弁償代は結構です。その分、一発蹴り飛ばして済ませますから」


その瞬間、直人の足が大きく広げられると振り子のように後ろに下がる。

玄聖が防護術式を、半ば防衛本能のように発動させたのは幸いであった。


「オラアアアアアッッ!!!」


玄聖の胴を直人の蹴りが一閃する。

確かに強固な防護壁が玄聖の体を覆っていたはずだ。なのに気が付いた時、その防護壁は直人の蹴りによって完全に粉砕されていた。

もし防護壁がなかったら、粉砕されていたのは玄聖の肉体だっただろう。


勢い余って、生徒会室の壁に衝突する玄聖。

グハッ、と呻き声を漏らして倒れた玄聖には、その圧倒的なパワーが伝わっていたのだろうが、彼の見開かれた目は、目の前の現実を受け止めきれていないようだった。


「あー、すっきりした」とばかりに、再び椅子に座り直す直人。

だが、そんな直人の様子とは裏腹に生徒会室にいる全員の目が一点に集められた。


当然、その先は直人である。


「葉島直人⋯⋯お前はどうやら只物ではないようだな」


机に置かれた金色のコインを横目に、直人を見る八重樫団長。

その右手には、赤色の石が強く握りしめられていた。

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