第48話 団長との取引
新と修太の二人は、レベル5クラス専用の医療室に運んでもらうこととなった。
付き添いにはトモが行ってくれるようで、二人のベッドの予約も彼が一通り行ってくれたらしい。
「彼らは責任を持って送り届けるよ。迷惑かけて申し訳ない」
トモの必死の謝罪を健吾と真理子が「先輩が謝る必要なんて⋯」と言って、逆にトモを慰めるような光景が続いた後、新と修太はトモによって医療室に運ばれた。
その後は健吾、直人、真理子の二人で生徒会室へと向かう。
一緒に来ていたひかりはいつの間にか生徒会室へと一人で向かっていたようだ。
もしかしたら、男たちの襲撃を予期して一早く離れる判断をしたのかもしれない。
生徒会室がある第一校舎は、総工費三百億円がかかった超巨大な校舎である。
その最上階は言うならちょっとした高級マンションのスウィートルームの様な構造で、生徒会室のほかにもレベル5クラス専用のラウンジや、有名レストランの支店がいくつか並んでいるという、とても学校とは思えない仕様になっている。
あらかじめアポイントを取っていたことも幸いして、三人は無事に校舎内に入ることに成功した。因みに、この校舎にはあらかじめ予約がないとレベル5クラス以外の生徒は入ることすらできないのである。
生徒会室に直行するエレベーターに乗った三人。
すると、健吾はホッと胸を撫で下ろすようにして言う。
「さっきの人たちみたいな人がここにもたくさんいるのかと思ってたけど、どうやらいないみたいだね。また同じことが起きたらと思うと大変だったよ⋯⋯」
そう言う健吾ではあったが、それは彼が周りの視線を完全に捉えられなかったが故だろう。口には出さなかったが、直人は校舎の受付で彼らの応対をしたスタッフも含めて、通り過ぎる人々の彼らを横目に見る目が険しいのを感じ取っていた。
この三人がレベル1クラスなのは既に知れ渡っているようだ。
それは、ここに来る前にトモに言われていた。
「いいか。レベル5の生徒の間では情報のやり取りが相当頻繁に行われているんだ。レベル5しか閲覧できない掲示板みたいなものもあって、さっき確認したらもう君たちのことが顔写真付きで詳細にアップされていたよ⋯⋯」
直人だけにコソっと教えてくれたトモ。
彼は去り際に直人の背をバンと叩くと言った。
「しっかり皆を守ってやってくれ。俺も出来ることはとことん協力するからさ」
直人が十人まとめて男たちをブチのめしたのはトモにとっても衝撃だったようだが、彼は寧ろ直人に前からどことなく非凡なものを感じ取っていたようで、割とすんなり受け入れてもらえたようだ。
「ところで葉島君⋯⋯」
そんな中、やや遠慮がちに口を開く健吾。
彼が何を聞きたいのかは詳しく聞かずとも何となく察していた。
「別に大したことをしたわけじゃない。気にしないでくれ」
そう言って直人は、素っ気なく話題を逸らす。
直人にとってはあれこれと詮索して欲しくない話題だけに、彼の口調もどことなく強めに聞こえる。
健吾を助けたのも、彼にとっては成り行きだった。
シンプルに、徒党を組んで少数集団を潰そうとする男たちのやり方が気に入らない。
直人が彼らを倒したのも、それくらいの単純な理由だった。
「あっ、着いたみたいですよ」
ポーンという音と共にエレベーターの扉が開く。
するとそこには赤と金色で彩られた、重厚感のあるドアが見えた。
そしてそこから少し離れたところにある小さなラウンジには二人の人影がある。
「遅いわね。寄り道でもしていたのかしら」
「若山さん! 遅れてゴメン!」
先にこちらに向かっていたと見える夏美が健吾に話しかける。
そしてラウンジの少し離れたところには、ひかりの姿もあった。
「ところで二人ほどいない人たちがいるけど、まさか迷子?」
ここで健吾は、ここに向かう途中にレベル5クラスの人たちから攻撃されたことと、それを直人が撃退したことを夏美に告げる。
ふーん、とあまり興味なさげに聞いていた夏美だったが、直人が男たちを撃退したという部分では、少しだけ興味を持ったようだ。
「意外ね。貴方にそんな芸当が出来るなんて」
言葉少なにそれだけ言うと、夏美は生徒会室のインターフォンを押した。
キンコーンという音が鳴ると、暫くの間静寂が流れる。
『こちら生徒連合団本部です。ご用件をお伺いいたします』
事務的な少女の声が聞こえる。
声からして恐らく元木桃子だろう。
「八重樫団長とのご相談の件についてお伺いしました、中村健吾です」
そう言う健吾。だが相手側はこちらの様子が見えているらしい。
彼女は、少しの間だけ間を開けた後に言った。
『7人で来るようにと前もってお伝えしたはずですが、二人足りないようですね。全員揃っていないと会わないという約束で⋯⋯』
だがここで後ろからボソボソと誰かが何かを言っているのが聞こえる。
インターフォンの向こう側で少し話し合いがあった後、桃子の声が聞こえた。
『失礼しました。では、中へお入りください』
そうやら二人が医療室送りになった情報が入ったようだ。
するとガチャンという重い音が聞こえた後、生徒会室の扉がゆっくりと開く。
遠隔操作で自動で開く仕様になっているらしい。
夏美を先頭に部屋へと入る5人。その先には4人の人影があった。
「遠い所をよく来てくれた。まずは座ってくれ」
生徒会室には客人用と見えるソファーがある。
そこに向かいあうような形で三つの巨大なアンティークの机があった。
「俺が生徒連合団、団長の八重樫慶だ」
そう自己紹介するのは、眼光鋭く腕組をして中央の机に座る青年だ。
短く切り揃えられた髪はワックスで逆立てられ、端正な顔立ちながらも周囲を圧迫するような強い威圧感を放っている。
あまり声を張っていないにもかかわらず、その声は部屋中に響く。それもまた彼の持つ圧力を尚更に倍増させていた。
「直接会うのは初めてかしら、中村君。私は生徒連合団副団長の星野アンナ。アンナって気軽に呼んでもらっていいわよ」
半ば睨みつけている様子の団長に対して、寧ろもの珍しそうに目の前のレベル1の一団を観察しているのは星野アンナだ。年齢は恐らく18歳前後なのだろうが、とてもそうには見えない程に大人びている様子で、彼らを観察する目もまた大人の余裕を感じさせるような雰囲気だ。
真っ白な髪を伸ばし、にこやかに笑いながらこちらを見ている様子もまた団長とは正反対の様子である。
すると今度はその横の少し小振りになった机に座る少女が口を開く。
「中村君と葉島君、そして若山さんはお久しぶりです。そして他の方々は初めまして。私は第2学年生徒連合団団員、そして書記も兼任している元木桃子です」
「ええ⋯⋯本当に初めましてだわ」
そんなことを呟くのは夏美だ。
彼女は桃子と、その横にいる男子生徒を憎々し気に睨みつけている。
「よっ、ケンちゃん久しぶり! 俺は生徒連合団団員の海野修也。最近よーやくテレビの仕事も少なくなって暇になってきたところでーす」
連日テレビで見ない日はないといった様子だった修也も、最近は仕事がようやく少なくなってきたようで学校にも来るようになっていた。といっても、本人は仕事が減ったことを特に気にしてはおらず、「勉強置いていかれるの嫌だし」と、案外真面目なことを言っているのはここだけの秘密である。
するとここで八重樫慶が静かに告げる。
「残念ながら、木野川は欠席だ。あと、志納に関してはあともう少しでここに来ると先程連絡が入った」
1年生たちの間でピリッと空気が張り詰める。
志納という名前は、先程も少しだけ聞いている。
「志納が来れば、違う意味で忙しくなりそうなんでな。まずはここに来た理由を手早く聞かせてもらいたい」
団長は、健吾を見てそう言うと口元で手を組んで肘をつく。
健吾はやや緊張した面持ちで、口を開いた。
「僕たちのクラスが今大変なことになっています。実習についていけなくなった人が続出し、今年は僕らを入れると7人しかクラスに来ていないんです。他の先生方に聞いても、「ここまで人が減った例は珍しい」と⋯⋯」
何も言わず、ただ健吾を見る団長。
健吾の背に冷たい汗が流れるのを感じていた。
「それで、何なんだ?」
促すように口を開く団長。
半ば気圧されるようにしてまた健吾は口を開いた。
「僕にはこの現状をどうしたらいいのか全く分からなくて⋯⋯このままじゃこのクラスは間違いなく崩壊してしまいます。だから団長なら何か、状況を良くする方法が考えつくんじゃないかと⋯⋯」
しかし、その言葉を桃子が遮った。
「意味不明な論理ですね。そもそも生徒会は貴方方の世話をするために存在しているわけではありません。そういう相談は、担任の工藤先生にするものではないのですか?」
「でも工藤先生は「やる気がない奴は放っておけ」としかおっしゃらないので⋯⋯」
ギラリと桃子の眼鏡が光る。
「であればそれに従って「放っておく」のが正解ではないのですか? 相談をする余地など存在しないでしょう。どの道、レベル1クラスは例年除名処分を受ける生徒が続出することで有名なクラス。全員を救おうなどと崇高なことを考えるのは勝手ですが、それで我々の貴重な時間を悪戯に奪うのは⋯⋯⋯」
マシンガンの如く、ずらずらと言葉を並べ立てる桃子。
だがしかし、ここで団長が軽く手を挙げて桃子を止める。
「元木の言い分も分かるが、ここは一つ抑えてくれ。確かに半年も経たずにクラスで7人しか残らないというのはここ近年でも稀に見る事態だ。この件を「例年通り」で片づけるのはその背後に潜む重大な事案を見落とすことにもなるぞ」
団長に諫めれて、「申し訳ありません」と頭を下げると椅子に着席する桃子。
その横では修也が彼女の肩を揉んで「まあまあ」と声を掛けている。
「だが元木の言うことも正論だ。人を救いたい、助けたい、そう思うのは勝手だがそれには相応の『対価』が必要だ。だがしかし、今の中村にはその対価を支払うだけの準備も覚悟もまるでないように映るな」
「対価⋯⋯ですか?」
すると八重樫団長は話を続ける。
「生徒会の力は借りたいが、自分たちはそれを傍観しているだけ。それは交渉ではなく一方的な『搾取』だ。だがお前たちはそんなことを要求できる立場ではないだろう。我々を動かしたいなら、お前たちにアドバイスを与えることが、我々にとって何らかの利益になると証明できなければならないのではないか?」
「生徒会にとっての⋯⋯利益ですか」
困り果てた様子の健吾。
すると夏美が口を開いた。
「確かに学校全体で鼻つまみ者扱いされているレベル1をわざわざ救う理由なんて、生徒会には全くないわね。どうするの中村君? このままじゃ、クラスの23人が自動留年で下手したら除名よ?」
半ば煽る様子で健吾に言う夏美。
誰にも聞こえはしなかったが、その様子を見たひかりが僅かにチッと舌打ちする。
するとここで、団長が再び口を開いた。
「実はの所、お前たちのクラスが少々難しいことになっている理由は我々の方でも少しだけ情報を掴んでいる。今回は、その情報と引き換えにお前たちが何らかの『対価』を支払うことを条件にしようじゃないか」
団長が指で合図をする。
するとアンナが、胸元のポケットから何かが書かれたメモのようなものを取り出した。
「ここに書いてあることを見れば、君たちのクラスに起きている実態を少しだけ理解できるかもしれないわ。でも、八重樫君の言う通りこれはタダでは見せられないの。それを見せるに値する何かを支払ってもらわないとね」
手元でヒラヒラと紙を振るアンナ。
だがしかし、それを手に入れるに値する対価など健吾には思いつかなかった。
「くっ⋯⋯どうすれば⋯⋯」
頭を抱える健吾。
横の夏美は、「ま、無理よね」と言わんばかりに本を読み始めている。
と、その時だった。
「ようは、役に立つ物が欲しいんですよね」
直人が立ち上がった。
彼はポケットに手を入れると、何かを中で握る。
彼はゆっくりと歩くと団長の机の前に立った。
そして手に持っていた何かを机の上に転がす。
「⋯⋯⋯これは?」
それは古びた金色のコインの様なものだ。
見慣れない紋章に、錆のついた汚らしい印象のある物である。
だがしかし暫く考えこんだ団長は、唐突に机を両手でバン!と叩く。
「これは、情報屋の情報譲渡許可証か!?」
「ええ。コイン一枚だと一回限りですが、これを使えば間違いないです」
情報屋とは、DH業界のみならずこの世の全てを知り尽くしていると言われている伝説的な情報収集屋のことで、直人が渡したコインはその情報屋と直接情報のやり取りをすることを許される特別なコインなのである。
「これは世界でも限られた人物しか手に入れられないと聞いたが、一体なぜ君はこれを持っているんだ!?」
「細かいことはいいでしょう。どうです? この世の真理に最も近づいた人物から情報を得られる権利ですよ。悪い条件じゃないでしょう」
悪い条件どころか、莫大な量のお釣りがくる取引だ。
たかだかクラスの揉め事に関連した情報を渡すだけで、国を揺るがすような情報をも提供してくれる伝説の情報屋に出会えるのである。八重樫団長からすれば断る理由がない。
「⋯⋯分かった。これと引き換えで手を打とう。星野、中村健吾にそれを渡してやってくれ」
「はいはーい」と椅子から立ち上がると、健吾の元に掛けよって紙を渡すアンナ。
「しっかり渡したからね。じゃ、後は頑張って! 次期生徒会団員さん!」
そう言うアンナに対して、健吾は寧ろ困惑気味に手に持たされた紙のメモを見つめている。なぜこれを手に入れられたか分からないと言った様子だ。
「⋯⋯君は、名前は何て言った?」
「葉島直人です。彼らと同じ、レベル1の生徒です」
そう言う直人に対して、無表情で見つめ返す団長。
二人の間に、視線の火花が交錯する。
「君は、あれがどれ程の価値がある物か分かっているのか?」
「分かってますよ。でもいいんです、僕には必要ない物なので」
二人の間で静寂が流れる。
団長の直人を見る目は、まるで得体の知れない物を見るようである。
そして団長が再度口を開こうとした、その時だった。
「中村健吾!!! ようやく見つけたぞ!!!」
雷のような怒号。それが部屋中に響き渡った。
そして蝶番が吹き飛びかねないような勢いで開かれるドア。
「中村ア⋯⋯山宮の平穏を乱す異分子め!!」
銀色の髪に、細身ながらも確かな筋肉量を感じさせるガッチリとした体。
その男の目は人間というより、最早獣である。視線だけで見るものすべてを射殺しかねないような凶暴性を感じさせる男だ。
ポケットから何かを取り出す男。
それが男の髪と同じ銀色の刃を持ったナイフだと気づくのに、時間は必要なかった。
「俺の手下をメチャクチャにしやがってエエエエエッッ!!!」
叫ぶのではなく、最早発狂だ。
地響きかと思う様な振動と共に、跳躍する男。
ナイフを振り上げ、その刃が向かう先には健吾がいる。
「この
その男は生徒会最高幹部の最後の一人。
広報委員長とは名が付くが事実上の風紀委員長も兼任し、実は過去には傷害罪で逮捕歴もある、生徒会で最も血の気の多い男が遂に現れた。
「死ねエエエエエエエエエッッ!!!」
志納玄聖は、本気で健吾を殺すべくそのナイフを彼目掛けて振り下ろした。
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