第47話 襲い来る男たち

レベル5専用校舎に来たことがあるのは、健吾と夏美、そして直人だけだ。

そのため、他の4人に関してはここに来るのは初めてである。


「何だよアレ⋯⋯ふざけてんのかよ」


「ふざけてるという表現はあれだけど、本当に凄いよね。あそこは、DBの襲撃を想定した仮想訓練をすることも可能な設備らしいよ」


新が唖然とした様子で見ているのは、端が見えない程の広大な敷地に作られた訓練場と、至る所で大型DBと全く同じ形をした仮想ロボットが歩いている光景だ。

数人のレベル5所属と見える生徒たちが、各々の異能具を持って文字通り火花を散らして仮想ロボットたちと戦っているが、流石は訓練された日本最高峰のDH予備生達と言うべきか、全く引けを取らない戦いぶりを見せている。


更にその奥には体育館の様な建物がいくつかあるのだが、驚くべきはその数である。

軽く数えても三十は下らない程の数があるのだが、何とこの建物は予約を取れば個人でも使うことが可能な、プライベート訓練場なのである。


その中には、異能係数を精密に計測可能な計測具から、魔力の供給を阻害することで自身の魔力量を意図的に減らし、危機的状況を仮想した訓練を可能にする日本にも数えるほどしかない特殊な訓練器具まで、価格にすれば数億円はするような超高額器具が山のように用意されている。


これらをレベル5クラスの生徒たちは、無制限に使えるのだ。


「これが格差ですか⋯⋯実際に見るとショックですね」


ポツリと呟く真理子。だがそれも仕方がないだろう。

オンボロ教室で紙の教科書を捲りながら、使い古しの壊れかけな訓練器具を手に、月に数回の簡易的な実習で我慢しなければならないレベル1クラス。

かたや本人が望めばいくらでも実習が可能で、最高級の器具と環境、待遇に至るまでパーフェクト。輝かしい未来が約束されるステータスも付加されたレベル5クラス。


「あれ⋯⋯何だか涙が⋯⋯」


「泣くな修太! 泣いたって何にもならないぞ!」


鼻をグスグスと啜り始める修太に、新が喝を入れる。

健吾と直人も一度来たことがあるとはいえ、まだまだ広大なレベル5専用校舎の全容は全くつかめていないが、やはり規模からこの校舎は違っている。


「それで、生徒会ってどのあたりにあるんだろう?」


その中健吾が辺りをキョロキョロと見まわしている。

地図があれば良いのだが、そういったものは見当たらない。

広大なうえに、複雑すぎるこの校舎は、何処の何があるかを把握することすら難しく、どうやら初めて来た人間には余り優しくない仕様のようだ。


「まずは、誰か暇そうな人に聞いてみようぜ。ほら、ちょうどあそこに歩いている人がいるだろ?」


丁度そこに、授業が終わったばかりと見える生徒が一人歩いてきた。

新がその人物に向かって話しかける。


「すいませーん、生徒会室ってどこですかあ?」


髪は茶髪で、人当たりのよさそうな雰囲気の男子生徒だ。

見たところ年上だ。恐らく3年生だろう。


「生徒会室? 確か今は会議中だって聞いてたけど⋯場所はここから少し歩いたところにある第一校舎の最上階だよ」


そう言うと彼は、少し離れたところにある大きな白い建物を指差した。

高さは百メートルくらいはあるだろう。見るだけで圧倒されるような建物だ。


するとここでその男子生徒が、ある人の姿を見つける。


「直人!? レベル1って聞いてたけど⋯何でここに居るんだ?」


その人物は後ろにいる直人の姿を見つけると、驚いたように声を上げる。

直人はその人物の名前を知っていた。


「前田先輩! 久しぶりです」


彼は合宿で直人と知り合った前田友則こと、トモだった。

直人とトモが知り合いだったことを知らない新は、不思議そうに尋ねる。


「あれ、直人のことを知ってるんですか?」


「うん、僕は合宿に行った時に彼に助けられたんだ。ところで、君たちはレベル1クラスの人たちだろう? 生徒会室に用があるって、何しに来たんだい?」


ここで新が、レベル1クラスが崩壊寸前になっていることと、それをどうにかするために生徒会の団長から助言を得ようとしていることをトモに話す。

一通り聞き終わったトモは、軽く頷きながら口を開く。


「八重樫は凄い人だからね。彼なら良い助言をくれると思うよ。同学年の僕らの間でもやっぱり飛び抜けている感じはあるし、星野さんと志納もそうだけど、生徒会に入るような人は凄い人ばかりだよね」


呟くようにそんなことを言うトモ。どうやら生徒会の団長は、同学年の間でも相当な実力者として認知されているようだ。


するとここでトモが、直人の横にいる健吾に目を向けた。

途端に、トモの表情が変わる。


「君は、もしかして最近噂になっている中村健吾君?」


「え? あ、はい⋯⋯」


するとトモが健吾の元に駆け寄ると、肩を掴む。

かなり強い口調でトモは、健吾に言った。


「今すぐここから抜け出した方がいい!! 僕らの間ではもう結構噂になってるけど、レベル5クラスの何人かが君を襲う計画を立ててるって聞いたよ!?」


「ええっ!!?」


「特に志納の仲間が、君を本気で潰そうとしているらしい! 志納も君のことを血眼で探してるって聞いたけど⋯⋯」


すると、トモはポケットからタブレットを取り出した。

そして暫くスクロールしていくと、テキストファイルのようなものを表示して新と健吾、直人に見せた。


「最近レベル5クラス全体に配られた『ブラックリスト』だよ。他クラスにも配られたみたいだけど、こんなことが書いてあるんだ」


テキストを見ると、そこには何人かの名前がリストにされていた。

そして一番目立つところにはデカデカと、『中村健吾』と書いてある。


「ぼ、僕の名前がある!!」


「君はメインターゲットだからね。因みに他にも名前が挙がっているけど、確かその中には直人の名前もあったはずだよ」


すると名簿の中には、『葉島直人』の名前もあった。

その横には『若山夏美』と何故か『目黒俊彦』と『仁王子烈』の名前もある。


「健吾君と親しくしていた可能性がある人は皆名前が挙がっているけど、特にピックアップされたのがこの4人なんだ。一応、2年の海野修也とか、光城家と榊原家の1年生も名前は上がってるけど、夜道を襲うにはリスクが高すぎると思われてるんだろうね」


さらりとエゲツナイことを言うトモ。

「信じられない」という面持ちでリストを見る健吾に、トモは言った。


「アイツは何でもやる奴なんだ。命令を聞く部下もいるし、アイツ本人も物凄く強い。しかもレベル5が絶対だと思っているから、それ以外のクラスの人は徹底して見下してるんだ。正直、僕はアイツのこと好きにはなれないな⋯⋯」


そんなことを呟いたトモ。

だが、その時だった。


「おい前田。あまり志納さんの悪口言うとお前も『リスト入り』するぞ」


硬直するトモ。

後ろを振り返ると、そこには十人余りの男たちがいた。


「見慣れない1年生がいるって目撃情報があったから来てみたら、まさか俺たちが探しに行く手間が省けるとは思わなかった」


ポキポキと音を立てて拳を鳴らす彼らの目は、健吾に向けられている。


「俺たちはそいつに用があるんだ。なあ、どいてくれよ」


突然現れた男たち。その目的は明白だった。

それを察してか、トモは男たちの前で大の字になって立ちふさがっている。


「いい加減にこんなことやめろよ! 八重樫が決めたことなら、それに従った方がいいに決まってるだろ!」


「いいや違うね。生徒会にレベル1が入るなんて、許されるわけないだろ。それに志納さんがそいつをボコボコにして来いって言ってんだ」


「志納もやりすぎだ! 確か1年前にも、レベル1クラスの人たちを狙って潰したりしていただろ! いい加減にしないとお前たちもタダじゃ済まないぞ!」


だがしかし、男たちの余裕の表情は全く崩れない。

寧ろ更に増長している印象すらある。


「先生が怖いです、ってか? 笑わせんなよ、アイツらが俺達に何を出来るってんだ。レベル5はこの学校では『神』だ!」


そう言うと、男たちはトモを押しのける。

その先には健吾がいる。探していた獲物をようやく見つけたといった様子だ。


だがしかし、そこに新と修太が立ちふさがった。

更に健吾の前には真理子と直人が立つ。


「健吾に手出しさせないぞ! 上級生だか知らないけど、好き勝手言いやがって!」


新が男たちに向かって言い放つ。

相手がそのつもりなら戦ってやるといった様子だ。


しかし、それを見た男たちは寧ろ『罠にかかった』とばかりにニヤッと笑った。


「お前らレベル1だろ? ならこの学校の暗黙のルールを知っとくべきだよなあ」


その瞬間だった。

目にも止まらぬ速さで、男たちの一人が新の前に移動した。

恐らく高速移動能力だが、凄まじい速度だ。


「ルール1 レベル1への攻撃は全て『不慮の事故』」


新の顔面にパンチが飛んだ。

吹き飛ぶ眼鏡と共に、新の体が宙を飛ぶ。


それに対抗しようと異能を使おうとする修太。

だがそれを見た男は、また口を開く。


「ルール2 レベル1が異能を使うのは『重罪』」


その言葉に一瞬だけ躊躇したのが、修太のミスだった。

その隙を見逃さない男は、修太の胸元に跳び蹴りを叩き込む。


「弱っ! やっぱりレベル1はゴミだな!」


吹き飛ぶ新と修太。二人共に恐らく再起不能だ。

嘲笑うように男たちは倒れる二人を『敢えて』踏みながら、健吾に迫る。

その先には健吾と、その前に真理子と直人がいる。


「お前は確かリストに入ってたよな? 葉島直人だ」


思わぬ収穫だとばかりに、ニヤニヤ笑う男たち。

健吾の前に、良い小遣い稼ぎが出来たと思ったのかもしれない。


しかしその前に真理子が立ちふさがる。


「やめてください! 中村君は大事なクラスメートなんです!」


しかし男たちは全く聞く耳を持たない。

むしろ真理子の全身をくまなく見る目は、別の意味の興味を持っている。

あっと言う間に十人余りの男たちが真理子を囲い込んだ。


「レベル1にも可愛い子いるじゃん。なあ、俺らと遊ばねえ?」


その中の一人が真理子に近づく。

手足が長く、女子の中でも高身長な部類に入る真理子はいわゆるモデル体型だ。

大人しめで積極的に主張するわけではない分、奥ゆかしさを感じられる正統派美人という様子の真理子は、実は隠れファンも多かったりする。


真理子の前に立つ男。すると乱暴に彼女の腕を掴んだ。


「この子は後に取って置こうぜ。まずは、そいつらを片付けろ!」


すると男たちが健吾と直人に迫っていく。

男たちは全員レベル5所属だろう。1年生のレベル1クラスである健吾と直人を片付けることなど造作もないことだと思っているに違いない。


「じゃ、君は俺と遊ぼうか」


そう言って真理子を腕に抱え込もうとする男。

しかし、それを黙って受け入れる彼女ではない。


「ふざけないで!!」


パチン!!と男の顔にビンタが飛んだ。

かなり強い力で叩かれたようで、一瞬男の顔が横に大きく逸れる。

チッ、と舌打ちする男。彼女を見る視線がキツくなる。


見ると後ろでは男たちが健吾と直人を取り囲むと、二人をボコボコに殴りつけているのか大乱闘のリンチを始めている。通行客もいるが、それを咎めようとする人はいない。関わることすら嫌だと敬遠されているのが見て取れる。


「レベル1の分際で偉そうにすんなよ! レベル5の俺に、目を付けてもらえるだけでも有難いと思え!!」


激昂した男は、真理子の腕を掴むと乱暴に押さえつけた。

意志でダメなら力で押さえつけるといった様子で、彼女を服従させようとしている。

「やめて!」と抵抗する真理子だが、力で上回られている状況では振り払うことは困難だった。


後ろの男たちは静かになっていた。

恐らく、健吾と直人の二人を処理し終わったに違いない。

男はそう判断してなおも真理子に手を伸ばす。


ところが、そんな盛っている男の肩を叩く人影がいた。


「何だよ。もうそいつら掃除し終わったのか?」


恐らく、仲間の男たちが二人を倒し終えた報告に来たと思ったのかもしれない。

だが、その様相は男の予想と少々異なっていた。


「はい、掃除し終わりましたよ。最後に飛び切りデカいゴミが残ってますけどね」


山積みになった男たち。皆、天の彼方に意識が飛ばされている。

パンパンと制服の埃を払う少年と、その後ろには信じがたい物を見たとばかりに目が見開かれている健吾がいた。


そしてその少年は、真理子を抱える男の手を掴んだ。


「手をどけましょうか。瀬尾さんが嫌がってるじゃないですか」


手首を凄い力でチョップするや否や、真理子を掴む手が少し緩んだのを見逃さない。

首根っこを掴むと、そのまま通路の端まで一気に投げ飛ばす。

受け身も取れずそのまま地面に転がされる男を見る少年の目には、何の感情も映っておらず、それが尚更に不気味さを増長させる。


「お、お前⋯⋯十人もいたんだぞ!!」


何も言わない少年は、地に伏せる男の腕を踏みつけた。

痛みに悶える男を横目に、さらりと言ってのける。


「手も叩き潰してしまいましょうか。余計なことがもうできないように」


その目は、本気の目だった。

少年から溢れ出るそのオーラが本物だと感じたのかもしれない。

男の顔から滝のような冷や汗が流れ出る。


「次はない。消えろ」


ドスの利いた声でその少年、直人は男に言った。

流石にこれ以上は危険だと感じたようだ。大慌てで男はその場を立ち去っていった。


「⋯⋯葉島君。君は⋯⋯」


健吾は、目の前で十人の男たちが次々と直人に叩き伏せられていくのを目にしていた。それも、当の直人はまるで何の感慨も感情もなく機械のような様子である。

すると直人は、何も言わず座り込んでしまった真理子に手を伸ばした。


「あ、ありがとうございます⋯⋯」


直人の手を取り、立ち上がる真理子。

彼女もまた、直人の隠された強さに驚愕している一人である。


「余計な奴らは叩き潰せばいい。さあ、先に行こう」


そう言い残して、直人はゆっくりと第一校舎の方へと向かっていく。

健吾と真理子の二人には、その背中が限りなく大きく見えていた。

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