第46話 大道和美という男

黒い大型車に乗せられて、レベル1クラス所属の7人は生徒会室があるレベル5専用校舎に向かう。その道中で、ふと運転する和美が口を開いた。


「その様子だと、皆さんはレベル1クラスの方々ですか?」


後ろの後部座席には小型の冷蔵庫が設置されており、中にはコーラやジンジャーエールなどの炭酸飲料や、オレンジジュースやミネラルウォーターなども入っている。

和美に勧められて、彼らは各々好きな飲料をを飲んでいる途中だった。


「えっと⋯⋯はいそうです」


コーラをラッパ飲みしながら、新井修太がそう答える。

健吾と真理子は普通のミネラルウォーターを少しずつ飲み、新は毒々しい色味をした炭酸飲料を既に三本も開けている。


「向井君、それ美味しいの?」


「ん? ああ、イケるよ」


新が飲んでいるものを少しだけ貰う健吾。

だが口に含んだ途端、ゲホゲホと強く咳き込み始めた。


「うえっ!? 凄い味だよ!?」


慌ててミネラルウォーターで口直しをする健吾。

すると笑いながら、和美が運転席から言った。


「それは飲料水メーカーに勤めている知り合いが最近送ってきた商品の試作品です。私もそれはあまり口に合わなかったのですが、彼は気に入ったようですね」


どうやらそれは、発売される前の商品の試作品だったらしい。


「大道先生って、顔が広いんですね。いろんな業界に知り合いがいたりするんですか?」


そう尋ねるのは、長野ひかりだ。

どうやら彼女は和美に相当興味を持っているようで、少しでも彼から情報を引き出したいといった様子だ。


「ええ。そもそも私はDHとして働いた経験はありません、普通の一般企業に就職していた時期がありますから、その際に多くの方と知り合う機会があったのですよ」


和美からの意外な情報に、後部座席からへえ⋯と驚きの声が上がる。

山宮学園にいる教師の殆どは、DHとして技量を認められた人間の中から教員免許を取得している人間を基本的な採用条件にしており、言い換えると和美のようにDHの経験がない状態から教員になるケースは極めて稀とも言える。


「折角ですから、親睦を深める意味でも自己紹介をしませんか? 私もあまりレベル1クラスと関わる機会はありませんし、この機会に皆さんのことを少しでも知っておきたいですから。出来れば自分が最も得意な異能も言って頂けると有難いですね」


どうやら和美は後ろの7人についていろいろと知りたいようだ。

運転しながら、バックミラー越しに和美は健吾に視線を送る。和美直々の指名とあって、健吾はやや緊張気味に自己紹介した。


「僕は中村健吾といいます。1-5クラス所属で、自分が一番得意な異能力は身体能力を向上させる強化能力です」


「ほう、強化能力ですか。最もスタンダードかつシンプルですが、シンプルであるがゆえに奥が深い分野ですね。因みに、苦手な分野はありますか?」


すると、健吾はやや小さめな声で自信なさげに言った。


「正直、強化系以外はほぼ苦手です。特に、冷却系や電撃系、炎系等などの特殊能力は、使うことすらできません⋯⋯」


フム⋯と軽く呟く和美。

暫くした後、彼は口を開く。


「特殊系統は、才による比重が大きいのが辛い所ではありますね。しかし、貴方が得意な強化系等は、極めさえすれば全てを打ち砕く非常に強力な武器になりますよ。私の知る所では、1-3クラス担任の大吹先生は、特殊系能力を全く使えなかったはずですが、強化系一本で素晴らしいDHになった方です」


これまた、意外な情報だ。

ええっ!?と驚きの声を上げる新。


「大吹先生が特殊系を使えないなんて、初めて知ったよ⋯⋯」


「大吹先生は余り御自身の情報を開示されない方ですから、知らないのも無理はありませんね。では、次は今声を出した貴方に自己紹介して頂きましょう」


そう言って、今度は新を指名する和美。

すると新がやや腰を浮かせ気味にして自己紹介する。


「俺は向井新っていいます。1-5クラス所属で、水を操ったりするのが得意です」


「水系統が得意なのですね? 一つ聞きたいのですが、氷系統の異能力を使うことは可能ですか?」


すると、「痛い所を突かれた」とばかりに新の表情が曇る。


「氷は⋯⋯無理です。俺の魔力はあまり強くないから、氷の生成だけで魔力が無くなっちゃうんです」


「やはりそうでしたか。汎用性を考えると、水だけではなくその応用である『氷』を生み出せれば戦闘力は大幅に向上しますからね。しかし、氷系能力は全異能の中でも特に魔力の消費が激しい能力です。魔力もまた生まれ持ったものが大きいため、中々に難しい問題ですね」


暫く考えた和美だったが、ここでふと思い出したように言った。


「少しハードな話になりますが、DH協会にいる私の知り合いに一人だけ、ある著名な異能力者に師事して魔力容量を大きくした方がいます。魔力の容量を増やすには過酷なトレーニングを積むしかありませんが、機会があれば紹介してあげましょう。もしかしたら何かの役に立つかもしれません」


思わぬ和美の提案に、「ありがとうございます」と言葉を返す新。

すると和美は、新の横にいたひかりに目を向けた。


「次はそちらのレディーにお話を伺いましょう。お名前は?」


「な、長野ひかりですっ! 皆と同じ1-5クラスで、得意な異能力は⋯⋯」


若干上ずった声で自己紹介するひかりだが、得意な異能力の話になったところで急に黙り込んでしまった。モジモジしている様子を見るに、何か恥ずかしがっているように見える。


「え、ええっと⋯⋯ちょっと恥ずかしくて言えないです⋯⋯」


すると、和美は運転席からクイクイと手で手招きする。


「レディーの秘密は絶対に守り抜きますから、安心して頂いて良いですよ。どうかここに近づいて、私だけにでも教えて頂きませんか?」


ひかりの顔が真っ赤になる。

だが意を決したように運転席に近づくと、和美の耳元で何かを囁いた。

恐らく彼女が得意とする異能力の詳細だろう。

聞き終わったのち、和美は静かに口を開く。


「成程、非常に個性ある魅力的な異能力ですね。何も恥ずかしがることはありません。大いに胸を張って、誇って頂きたいものです」


決してそういう意味ではないのだろうが、ひかりが自身の豊満な胸を抱えるようにして座り込んでしまった。顔はもう今にも発火してしまいそうな様子である。


「何か⋯⋯エロイな」


ポツリと呟いた新の頭に、真理子のグーパンチが飛ぶ。

朝のデジャブのような形でひっくり返った新を見て、やや苦笑いをしながら今度は真理子に和美が視線を送った。

それを察してか、今度は真理子が自己紹介を始める。


「1-5クラス所属の瀬尾真理子と申します。得意な異能力は簡易的な基礎能力全般です。応用的な能力は現状一つも持っておりません⋯⋯」


「所謂、広く浅くというやつでしょうか。私の知る所では、生徒会に所属している元木桃子さんという方が、似たようなタイプのスタイルだと聞いたことがありますが」


僅かに、ビリッという音が車内に響く。

見ると夏美の持つ参考書のページの端が、彼女の握力によって破られている。

相当な力で握りしめられていると見える参考書は、今にもズタズタになりそうだ。


「おい⋯⋯何であんなに若山機嫌悪いんだ?」


修太が横にいる健吾に聞く。

すると健吾は声を最小限小さくして応える。


「多分、合宿で元木先輩に倒されたのを思い出したんじゃないかな⋯⋯たしかあの時も聞いたことあるよ、元木先輩は基本術の鬼だって」


すると、和美が話し始めた。


「基本能力を組み合わせて戦うスタイルは、ある種非常に難度の高い戦い方とも言えます。何故なら、各々の能力の特性や発動までのメカニズムを完璧に理解し、無数に近い組み合わせの中から最適解を見つけ出さねばならないからです。そのため、この戦い方は魔力よりもむしろ明晰な頭脳が必要になるでしょう」


暫くの間、真理子の様子をジッと見つめる和美。

だがその後、僅かに微笑みながら言った。


「その点は問題がない方のようですね。いずれにせよ、その分野を極めるには相当な努力と勉学が必要になります。ですが、貴方ならきっと成し遂げられるでしょう」


軽くお辞儀して礼を言う真理子。

すると今度は和美の視線が、修太へと向いた。


それを見た修太も自己紹介を始める。


「自分は、新井修太といいます。レベル1クラス所属で、得意な能力⋯⋯というか、固有能力スキルが一つあって、『透過能力』っていう力を持ってます」


「え? 修太って固有能力持ってたの!?」


驚いて声を上げる新。

健吾とひかり、真理子も知らなかったようで驚いている様子だ。


「うん⋯透過能力っていうのは、自分から注意を逸らしたりする能力なんだ。言ったら悲しいけど、『影がメチャメチャ薄くなる能力』って感じ」


そういう修太の様子はどこか悲しそうだ。

それを見るに、むしろ能力にコンプレックスを感じているようでもある。


「ふむ、珍しい能力ですね。因みに、その能力に『伸びしろ』はありますか?」


ここで和美はふと修太に尋ねる。

聞き慣れないという様子で、修太は首を捻った。


「伸びしろというのは、その名の通りその能力に残されている成長余地のことです。能力には生まれ持って完成されているものもあれば、そこからさらに鍛錬を積むことで強化される能力もあります。伸びしろの有無は、ある程度使っていれば能力を有する術者は感じるものなのですが⋯⋯」


しかし、修太の反応はあまり芳しくない。

すると真理子がふと何かを察したように言う。


「もしかして⋯⋯殆ど能力を使ったことがないのでしょうか?」


修太は小さく頷いた。

図星を突かれたせいか、少し落ち込んでいるようにも見える。


「この能力を使ったら、殆ど誰にも気づかれなくなるんです。でも、そのせいで家族にすら見つけてもらえなくなったり、誰にも声をかけられなくなったりして⋯⋯⋯それが怖くなったんです。それで使わなくなっちゃいました」


何も言わず、少し間を開ける和美。

しかしその後、彼はゆっくりと見解を述べた。


「恐らくですが、貴方の能力には伸びしろが相当残されています。ですが、進化してそれがどのような力になるかは正直私も分かりません。脅すような話になりますが、過去に同様の能力を極めすぎて最終的に人々の概念そのものから消え去ってしまったという、悲しい術者の噂も聞いたことはありますから」


修太の顔が青くなる。

もしそうなったらと思うと、気が気でないのかもしれない。


「この件には私も迂闊にはアドバイスできません。ただ私は、貴方の能力には相当なロマンもあると感じます。貴方を導いてくれる優秀な師と出会える日が来るならば、貴方の能力が天に羽ばたく日も来るでしょう」


一先ず、それが修太に言えるアドバイスなのだろう。

すると今度は直人に視線が向いた。それを見て、直人は素っ気なく言う。


「名前は葉島直人です。得意な異能は特に無いです」


びっくりするほど中身のない自己紹介である。

付け加えるようにして和美は再度直人に尋ねた。


「そうですか? ならせめて、使える異能だけでも教えて頂きたいのですが⋯」


「使える異能はありません。強いてあげるなら、ちょっとした体術くらいです」


反応に困ったように、苦笑いを浮かべる和美。

これでは何も言いようがないといった様子だ。


「では、山宮学園にはどうやって入ったのですか? 流石に何の異能も使えない人間に入学を許可するとは思えないのですが⋯⋯」


何も言わない直人。

リアルな事情は口が裂けても言えないが、ここで下手にデマカセを言ったところで恐らく和美にはバレるだろうと考えての判断だった。


「⋯⋯良く分かりませんが、体術に優れているならばその分野を極めるのもアリでしょう。いつか、もっと深い部分の話をしてみたいものです」


何かを隠しているのを察したのか、はたまた面倒くさい奴だと思われたのかは分からないが、和美は直人にはそれ以上は何も聞かなかった。


「では、最後は貴方にお話を伺いましょう。さあ、もう本は閉じて私と少しお話をしませんか?」


少しだけ和美の声量が上がったような気がする。

だがしかし最後に残ったその少女、夏美は全くの無頓着というありさまで本を読み続けている。


「では分かりました。せめてお名前だけでも⋯⋯」


「うるさいわね。気が散るから黙ってもらっていいかしら」


話をする気は微塵もないという様子である。

するとこのままではマズいと感じたのか、代わりに健吾が口を開いた。


「この人の名前は若山夏美といいます。凄く優秀な人で、前の学年テストでは全体の3位になっているんです」


すると運転しながらも、和美が半ば身を乗り出す。


「ほう、噂の人は貴方でしたか。レベル1クラスに突然現れた天才と風の噂で聞いていましたが、こんな形で会えるとは実に私は幸運だ」


夏美を見る和美の目は、他のそれを見るのとは明らかに違う。

食い入るように目が大きく見開かれている様は、まるで長年追い求めていた恋人をようやく見つけたかのような執念に近い物を感じさせた。


「さあ、もっと積極的に来て頂いて良いのですよ夏美さん。私には何も隠す必要などないのですから、さあ⋯⋯」


だがその時、突然車がガタンと止まった。

見ると車は何時の間にか自動操縦モードになっており、車は検問の様な所まで誘導されていた。そしてそこには、守衛と思われる人が窓ガラス越しに「許可証を出してください」と言っているのが聞こえて来る。


「あら、見覚えがある所についたわね」


本をパタンと閉じて、窓の外を見る夏美。

いつの間にか彼らは、レベル5専用校舎に到着していた。

よく見るとその先には、彼らが乗れなかったバスが止まっているのが見える。


「⋯⋯残念ながら時間です。私は教員専用の通路を通らなければならないので、皆さんとはここでお別れですね」


すると車のドアがゆっくりと開いた。

どうやらここで降りろということのようで、7人は1人ずつ外に降りていく。

そして最後の直人が降り終わったところで、ドアはパタンと閉まった。


窓越しに手を振る和美を見た彼らは、各々に手を振り返したり、頭を下げたりなどして礼を言う。そして車はゆっくりと職員専用の通路に向かっていく。

するとここで窓が開き、和美が夏美に向かって言った。


「今日は時間がありませんでしたが、また別の機会にお話ししましょう。その時は本を置いて、お互いにゆっくり話し合えるといいですね」


ニコッと笑い、和美は車を走らせて去っていった。

建物の影に消えていくまで車を見送った7人だったが、見送り終わったところで健吾がポツリと呟いた。


「大道先生っていい人だね」


ふとそんなことを言う健吾。

すると同意するように新も頷く。


「アドバイスみたいなのも貰えたし、俺達をレベル1だからって差別したりとかもなかったしな。工藤じゃなくて、大道先生が担任だったら良かったのに⋯」


彼らにとって和美はかなり好意的に映ったようだ。

真理子とひかりは少し離れたところでガールズトークに花を咲かせている。何を言っているのかについては聞こえないが、恐らく和美についてだろう。


「透過能力⋯⋯もっといろいろ調べてみようかな」


そんなことを呟いているのは修太だ。

彼も和美を通して何らかのイメージは得られたようである。


だがそんな中、夏美だけは相も変わらずといった様子だ。

ふとここで、真理子が夏美に話しかけた。


「若山さんは、大道先生をどう思いますか?」


すると、夏美の足が止まる。

ほんの少しだけ間が開いたのちに、夏美は言った。


「キモイ」


「⋯⋯え?」


想像だにしなかったとばかりの真理子の反応に、夏美は再度口を開く。


「気色悪いといったらいいかしら。兎に角、私はあまり好きになれないわね」


そう言って、彼女は校舎に向かって歩き出した。

これは男性陣にも聞こえていたようで、彼らは半ば唖然とした様子である。


「⋯⋯ムカつく」


ポツリとそう呟く声。

声の主はひかりだった。


「先生に気に入られたからって調子乗ってんの? マジ、ムカつくんだけど」


「べ、別に気に入られてるってわけじゃないよ⋯⋯きっと」


慌ててフォローに入る健吾だったが、ひかりの反応は芳しくない。

むしろ校舎に向かう夏美を見る目はより厳しくなっていた。


「ここに来た目的を忘れちゃったの? クラスを何とかするために団長からアドバイスを貰うためなんだからさ⋯⋯仲良くしようよ」


「あ、そう」と言って、一先ず引き下がるひかり。

だが真理子の横に並んだところで、彼女は真理子にしか聞こえない位の声で言った。


「あんな奴、成績良いならレベル5でもどこでも行けばいいのに。邪魔なんだけど」


それを聞く真理子は、「ダメだよ」と優しくひかりをなだめる。

だがしかし、ひかりが夏美に怒る理由を彼女は薄々感づいていただけに、

その胸中は内心複雑だった。

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