第44話 スカスカになった教室
「凄く⋯久しぶりな気がするよ」
1-5教室の前に立った健吾がそう呟く。
かく言う直人も、まるで何年かぶりに帰って来たかのような気持ちだ。
健吾と直人は、始業の時間よりもかなり早めに教室に着いている。
その理由としてはやはり、合宿に関してクラスメートたちからいきなり話を聞かれることを避ける意味合いもある。また健吾に関しては、生徒連合団に入ることについての噂などが飛び交っているのも影響していた。
「人が多くいる時間に来ると、他クラスの人からも何か言われそうだったからね⋯⋯葉島君も同じような理由?」
「ん? ああ、まあそんな感じさ」
そう言って二人は教室に入る。
すると、そこには早くも先客が一人いた。
「若山さん! まさか僕たちより早く来ていたなんて⋯⋯」
一瞬、彼女の視線がこちらに向いたがすぐに持っていた参考書に視線が移る。
まさかの合宿参加メンバーが三人共に出くわしてしまうことになったが、一先ず健吾と直人の二人は、持っていた荷物を机に置いた。
「そんなに時間は経ってないはずだけど、もう何年も学校に来てなかったような気がするよ」
そんな健吾の言葉に、直人は軽く頷いて同意する。
まだ朝早い上に、レベル1の教室は他のクラスの教室とは離れていることから、教室の周りはこの三人を除けば誰もいない。
だがここで、遠くから誰かの足音が近づいてくるのが聞こえた。
恐らく1-5クラスの誰かだろう。人影が扉に移ると、ガラリと扉が開く。
「おっ!! 丁度良かった、聞きたいことがたくさんあるんだよ!」
入って来たのは、
直人の前の席に座る男子生徒で、健吾とも仲の良い眼鏡を掛けた生徒だ。
クラス分けではAクラスで、異能測定でもクラスの上位に入っていることからレベル1クラスでは十分に優秀な部類に入る実力者だ。
「テレビの放送見たぜ! 何だよアレ、物凄い話題になってたじゃん!」
恐らく彼が言っているのは、健吾の生放送で嘔吐してしまった件だろう。
加えてあの後修也が、健吾が生徒会入りすることを盛大にブチまけてしまったことで学校の中ではこれ以上ないほどの騒ぎになっていたのだ。
「で、生徒会に入るって
「う、うん⋯⋯どうやらそうみたいだね」
「あの後ヤバかったんだぜ。ほら、あれ見てみろよ」
すると新は、教室の一角にある窓を指差した。
基本的にこの教室の窓ガラスは曇って汚れているのだが、新が指さしたその窓だけは、他の物と比べて異様に綺麗になっている。
「過激派って奴なのかな。あのテレビの放送の後、あの窓を誰かが異能で割ったんだよ。授業中に突然、『バーーン!』って割れてさ。マジで危なかったよ」
健吾と直人はお互いに顔を見合わせる。
ということは、あの窓は割られた後に新しくしたから綺麗になっているということなのだろう。だがしかし、それは見過ごせない話だ。
「北野が
「そ、そんなことがあったんだ⋯⋯ゴメン、僕のせいだ」
「健吾が謝る必要ないだろ! 窓割った奴が全部悪いに決まってんじゃん!」
頭を下げる健吾に対して、新がそうフォローする。
するとここで直人が口を開いた。
「それで、窓割った人はもう見つかったの?」
だが新は首を横に振る。
「全然分からないみたい。学校の先生たちも総出で探してるって話だけど、犯人どころか手がかりも分からないらしい」
「当たり前じゃない。だって教師もグルなんだから」
するとここで意外な声が割って入った。
ここまで一度も口を開かなかった夏美が口を開く。
「本気で探す気があるなら一瞬で見つけられるわよ。でもそうなってないってことは、少なくとも本気で探す気がない。むしろ有耶無耶にする気でしょうね」
「でも何でグルだって言い切れるんだ? 先生たちもアンケートしたり、聞き取りとかして犯人を捜してるのは見たことあるぜ?」
だがここで夏美は露骨に溜息をつく。
軽く首を振って、「その程度のことも分からないのか」とばかりに口を開いた。
「そんなんだから、いいカモにされるのよ。そもそもアンケートなんて『仕事してます』アピールでしかないし、聞き取りだって犯人が「私が犯人です」なんて自白する訳ないでしょ。本気でやるなら自白強要のための精神操作術とかを使って尋問するしかないでしょうけど、まあやるわけないでしょうね」
だが新はまだ疑問があるようで、軽く首を捻る。
「でも、何でそれで先生たちがグルだって分かるんだ? 本気で調査をやってるわけじゃないかもしれないけど、生徒が勝手に窓を割っただけかもしれないだろ? 別に先生がグルになってやった証拠なんて無いじゃん」
すると夏美は小さく「救いようがない頭ね⋯⋯」と呟いた。
ムッとした新が何かを言おうとしたが、それより早く彼女が口を開く。
「では、何故教師共は割られた窓ガラスに付着しているであろう、異能力による魔力から犯人を特定しようと思わなかったのかしら。魔力は言うなら指紋のような物、ほんの少しでも採取できればそこから個人を特定するなど造作もないことだわ」
「そ、それは窓ガラスが割られてすぐに新しい物に替えられたからで⋯⋯」
ここで新はハッと気が付く。
やっと気が付いたかとばかりに、夏美は言った。
「こんな事件が起きたなら、普通は証拠になる割れた窓ガラスは重要資料としてとっておくはずよね。でも、恐らくもう処分されているんじゃないかしら。ようは、ハナからこのことを問題にする気がないということよ。言い換えるなら、この件を大事にしたくなかった教師共が揉み消すつもりで捨てたんでしょうね」
そう言って、夏美はまた参考書に視線を戻してしまった。
ハア⋯⋯と溜息をつく新の横で、健吾は口を開く。
「ゴメン皆⋯やっぱり僕は生徒会に入るべきじゃないんだよ」
だが新はとんでもないとばかりに健吾の肩を掴むと、強くゆすった。
「そんなわけないだろ! あの八重樫団長から見込まれて団員に選ばれたんだから間違いないって! それに、DBの襲撃の時も大活躍したんだろ?」
「でもアレだって、目黒君から貰った電話番号とメールアドレスを使って助けを求めただけだし⋯⋯僕が何か特別なことをしたわけじゃないんだよ」
健吾は、自分が相当厄介な状況を招いていることを憂いているようだった。
責任感が強い彼にとって、自分が原因で周りの人たちが傷つくリスクが増えるのは受け入れがたいことなのだろう。
だがここでふと、直人が辺りを見回して言う。
「そう言えば⋯⋯もうすぐクラスの始業時間だよね? でも、全然人いないな」
すると、ガラリと音を立てて扉が開いた。
「ごめーーん!! 遅くなっちゃった!!」
「疲れました⋯⋯もう走りたくありません」
元気いっぱいにクラス中に響く声で叫ぶ女子生徒と、息を切らせて教室に入ってくる女子生徒の二人が来た。
「長野さんが来たね。瀬尾さんは、こんなにギリギリに来るなんて珍しいな」
「学校の入り口でひかりさんに物凄い音をずっと聞かされて⋯⋯もう頭が⋯⋯」
「えーだってマリちゃんが音楽が好きっていうからさあ」
「私が好きなのはクラシックです! ヘヴィメタルじゃありません!」
一人は金に染めた金髪をアップにしてルーズソックスを履いたギャル風の少女、そしてもう一人は、革のバッグにローファーを履いた、真面目そうな長い黒髪の少女だ。
ギャル風の少女の名前は、長野ひかり。クラス分けではBクラスで、勉強は苦手にしているが明るく元気なのが特徴だ。
そしてもう一人の少女の名前は瀬尾真理子。学力優秀で、こちらはクラス分けでAクラスになっている。異能力には少し難があるが、細かな工夫を重ねて実用化を目指している努力家タイプの少女である。
「ええと⋯⋯僕と葉島君、若山さんと向井君、それに今来た長野さんと瀬尾さん。
あれ、今日はこれだけしか居ないの?」
「おーい! 俺もいるよ!」
すると教室の隅から男子生徒の声が聞こえて来た。
教室にいる6人全員が声のする方向へ向く。
「新井くん!? 全く気付かなかったよ!」
「もうずっと前からいたのに、皆気付いてなかったのか⋯⋯」
声は新井修太という男子生徒のものだった。
実際の所彼は彼らが話し込んでいる結構前から教室に到着していたのだが、誰にも気づいてもらえず、話の輪に入る機会も失っていた。
「ということは、これで7人か。でも、それでも少なすぎない?」
「このクラスは全員で30人よね。残りの23人は何やってるのかしら」
するとここで始業のベルが鳴り響く。
同時に、ここで教室に長身の女性が入ってきた。
「ほう、今日は合宿に行っていた三人も戻って来たか。これで少しは授業にも活気が戻ってくると良いがな」
そう言うとその女性、レベル1クラス担任の工藤雪波は名簿を開く。
クラス全員の名前が書いているのだろうが、そもそもクラスに7人しかいない状況で名簿を使う必要性を感じないと考えたのか、雪波は直ぐに名簿を閉じた。
「さて、見ての通り1-5クラスは現在深刻な人員不足に陥っている」
そう話す雪波を横目に、夏美がバッと手を挙げた。
雪波が名簿で夏美を指差すと、夏美は立ち上がって言う。
「私たちが留守にしている間に何があったのか知りたいわ。こんなことでは授業にならないし、クラスの体も成していないわよ。それとも、先日あったという窓の破壊工作で皆怯えてしまったのかしら」
一息で言い終わると、夏美は席に座る。
合宿帰りの3人は兎も角、他のクラスの生徒たちはもうこの光景にも慣れたとばかりに落ち着いた様子だ。それが彼女には異様に映ったのだろう。
するとそれを聞いた雪波は冷静に言った。
「特に異様な話でもない。お前たちは合宿と、そこで起きたイレギュラーな事態によって行うことは出来なかったが、実はお前たちが留守にしていた間に我々の方でとある『実習』を行っていてな。毎年の恒例行事ではあるが、そこで心を折られた奴はクラスにも来なくなる。それが今年は例年より少し多かっただけだ」
「⋯⋯? 実習?」
雪波の含みのある言い方に、問いを返す健吾。
だが雪波は、特に問題はないとばかりに話を続ける。
「因みに、その実習において合格点を貰っているのはこのクラスでは瀬尾と向井のみだ。なお合宿参加組の3人は実習を免除されているが、他の連中は話が違う。この実習で成果を残せなければ、当然ながら留年だ」
見ると、ひかりと修太の顔色は青くなっている。
それを聞いた健吾は慌てて手を挙げると、言った。
「それは何とかならないんですか!? 例えば、もう一度補講などでチャンスを与えるとか⋯⋯」
「無論、補講もあるし追試実習もある。だが、それを受けるにも最低限の出席と授業態度は要求したいがな。この惨状を見るに、それを受けるに値するのは今出席している長野と新井のみだ」
それは暗に、「他の連中は留年」と言っているのと同義でもあった。
だがこのままでは一年経たずにレベル1クラスがとんでもない過疎化を強いられる事態にもなりかねない。
「因みに、その実習というのはどういう内容なんですか?」
するとその健吾の質問には、雪波ではなく瀬尾真理子が答えた。
「小規模なごく小さいダンジョンを厄石で作り、そこにいるDBを三体倒すんです。でも、皆苦戦してしまって⋯⋯」
「だって⋯⋯あんなの倒せるわけないじゃん」
真理子の言葉に、自信なさげにそう言ったひかり。
なおそれを聞いた夏美は、「あら、余裕じゃない」と言わんばかりに参考書に視線を移した。どうやら彼女はそれ以上の興味は無くなってしまったらしい。
「ええ⋯⋯どうすればいいんだろう⋯⋯」
頭を抱えて悩む仕草を見せる健吾。
するとここで、修太がポツリと言った。
「生徒会の団長さんに聞いたら何か分かるのかな⋯⋯」
思わぬ修太の発言にクラスの夏美を除く5人の視線が注がれる。
「生徒会の団長?」
そう聞く健吾の言葉に、修太は頷く。
「ほら、八重樫団長のことだよ。たしかあの人って、絶対に間違えない神がかり的な判断能力を持つって聞いたことあるんだ。だから今の状況にも、団長なら何か良いアドバイスをくれるんじゃないかと思ってさ」
「でも、あの人レベル5クラス出身でしょ? 俺たちのことなんてどうでもいいんじゃないかな⋯⋯」
修太の言葉にそんな言葉をかけるのは新だ。
だがここで健吾は、あることを思い出した。
「そういえば、生徒会団員の海野先輩が言ってたんだけど、僕を生徒会の団員になるように推薦したのは八重樫団長らしいね」
健吾と新、そして修太がお互いに顔を見合わせる。
「もしかして⋯⋯いける?」
「レベルに関わらず、平等に見てくれる人ってことなのかな⋯⋯」
「いやいけるだろ!! よし行くぞ!!」
そう言うや否や、突然新は立ち上がる。
「ちょっと向井君!? どうしたの!?」
「生徒会室だよ! 今すぐ行って何かアドバイスを⋯⋯」
早まった新がそう言って、教室を出ようとした時だった。
一切の気配を感じさせず、背後に大きな影が映る。
「因みに生徒会室は、レベル5専用校舎にある。よって貴様は今すぐに生徒会室に行くことなど出来ない。それと⋯⋯もう一つ」
背後を恐る恐る振り返る新。
そこには、拳を振り上げた状態で止まっている雪波がいた。
「これから授業だ!!」
ゴチン!!という音が響く。
真理子が目を背ける横で、大の字になって転がる新。
「ということで、授業だ。寝ているバカは後で減点する」
「な⋯⋯殴ったのは先生で⋯⋯」
「何か言ったか向井?」
「いえ、何も申し上げておりません」
そんなこんなで、たった7人だけの授業が始まった。
が、その中でクラスにいる7人のほぼ全員が、このままでは間違いなく訪れるであろうレベル1クラス崩壊を阻止すべく、生徒会室訪問を決意していた。
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