第2章 生徒会承認式 編
第43話 新たな火種
「い、い、い、意味が分かりません!!! そんなことあるはずが⋯⋯」
「残念ながら事実で御座います。生徒会団員の座は、既に中村健吾というレベル1クラスの生徒が獲得する方針で動いているそうです」
ここは、榊原家の所有する大豪邸『花園』の一角。
この場所は榊原家の分家、本家榊原家の後に続く通称『四大分家』の主な代表者が集うことで知られる部屋なのだが、少々荒れ模様のようだった。
「見ましたかあの理解しがたい放送を! 光城家に今すぐ放送を打ち切るように意見書を出すべきです!」
「そう無理を言うな。ただでさえ我らが次期御当主である摩耶様の入院をメディア全体に放送せぬように圧力をかけておるのだぞ。これに加えて、あの放送にもケチをつけるのなら、我々とて反発は避けられぬではないか」
「お爺様の言うとおりだぞ、少し落ち着くんだ
部屋のど真ん中で激昂しているのは一人の少女。そしてその様子をソファーに座りながら見ているのは一人の老人と青年、さらに少女の横には少女と年が同じくらいのタキシードを着た少年がいた。
少女は山宮学園の制服を着ており、小さめの身長を補うようにハイヒールを履いている。髪はツインテールにしており、前髪をピンクの髪留めで止めていて可愛らしい顔立ちながらも気丈そうな雰囲気だ。
「何故お爺様とお兄様はこうも冷静でいられるのですか!? 雅樹様と摩耶様のお隣に座るに相応しいのは、この
「入学時の総合成績で学年三位だった仁王子烈がいるではないか。彼の存在も忘れてはならないだろう」
だが、櫟原凛と名乗る少女はムッと頬を膨らませると言葉を返す。
「あんな礼節の欠片もない男が選ばれるわけがありません! 所詮は、強さにしか興味のない野蛮な男です!」
「だが、先日の山宮別荘で起きた例の事件には大きな貢献をしたと聞いたぞ? さらに学年七位で入学したあの魔眼使いの少年も、本件で見事な活躍を見せたらしいではないか」
そう言葉を返すのは、ソファーに座る老人だ。
すると横にいた青年もうんうんと頷く。
「特に目黒君という少年に関しては、あの『天霧染』を成功させたらしいですね。幻の御業と呼ばれる奥義ですが、異能の研究をしている僕としては一度生で見せて頂きたいものです」
「ふむ、秘密主義な目黒家が受諾するとは思えんが、一応話だけでもしてみるとしよう。だがしかし、今は使えなくなってしまったと私は聞いたぞ? 所謂火事場の馬鹿力というやつなのではないかね?」
「もしそうであっても、せめて話だけはしてみたいものです。何せ、最後に天霧染を使った目黒少年の母君は既にお亡くなりになっていますから⋯⋯」
凛そっちのけで話をし始める老人と青年。
すると凜は地団駄を踏んで、部屋にあるテレビをバンバンと叩いた。
「お爺様もお兄様も、先日の放送は御覧になったのでしょう? 何ですかあの無様な応対の数々は!! 本当にアレが私を差し置いて生徒会に入団するに相応しいと言える人間のすることですか!?」
すると青年は軽く失笑気味に笑いながら言う。
「確かに、公共の電波に乗せて嘔吐する様を見せてしまったのは良くなかったかもしれないね。海野君という生徒会の団員の人も、まさかテレビの前でリポーターを口説き始めるとは、いやあ僕の学生時代とはいろいろ変わったんだなあ⋯⋯」
「何でも、海野君とやらは次期団長候補なのだろう? あの堅物な山宮学園があのような行動をとる人間を団長候補にするとは、いやはや驚きだ」
凜はあくまでも他人事のような態度を取る二人の態度が気に入らなかったようだ。
クルリと踵を返すと、部屋の外に出る扉を開く。
「どうしたんだ凛? お前の大好きなシフォンケーキがそろそろ来るというのに」
「食欲なんてありませんわ!! 今日はこれにて失礼します、ご機嫌よう!!」
そう言ってプンスカ怒りながら、凜は外に出て行ってしまった。
それとちょうど入れ違いになる形で、専属のメイドが紅茶とシフォンケーキを持って部屋の中に入ってくる。
「全く⋯凜もまだまだ子供だなあ」
テーブルに置かれる紅茶のカップを手に持つと、軽く青年は口を付ける。
運ばれてきたのはそれぞれケーキと紅茶が二人分に羊羹と抹茶が一人分なのだが、凜が出て行ったために一人分余ってしまった。
「翔太郎、せっかくだから凜の分は君が食べてくれ」
すると青年は、タキシードを着た少年に声をかける。
その少年、翔太郎と呼ばれた少年は一瞬困惑するような表情を浮かべたが、軽く微笑んでカップとケーキが乗った皿を片手に持った。
「凛お嬢様も、ご機嫌が直ればお召し上がりになるはずです。ケーキと紅茶はお嬢様の部屋までお持ちしましょう」
そう言って翔太郎は、軽く会釈をすると紅茶とケーキを持って外に出て行った。
恐らく凜の所に、それらを持っていったのだろう。
「今日の凜は相当機嫌が悪いからなあ⋯⋯持って行っても、両方とも投げ捨てられるのがオチだと思うんだけど」
「彼の生真面目な性格を考えれば、仕えている主人の食べ物を食べるなど考えられんのだろうな。まあ、翔太郎が持って行ったものなら凜も無下にはせんだろうよ」
そう言うと、老人は抹茶の入った器を手に取った。
少しの間だけ、老人と青年は各々の飲み物を飲む。
お互いにティータイムの静かな時間を満喫していたが、暫くした後にふと
青年が老人に対して話しかけた。
「摩耶様のご容体はどうなっているんでしょうか?」
すると老人は軽く溜息をつきながら抹茶の器を置く。
「最低限の治療はお受けになっておられるようだが、まだ退院までにはかかるだろうとのこと。雅樹殿は既に退院されて学園にも復帰されているそうだが、摩耶殿の退院の時期は現状目途がたっておらんな」
「それは困りましたね。御当主様は摩耶様に対してどのように仰っているのですか?」
「あの様子では、暫く怒りを収めることはないだろうな。摩耶殿の精神的な落ちこみようを考えるに、二人の間で何かがあったのは間違いない」
老人と青年の間で静寂が流れる。
先日発生した山宮学園別荘での大事件は、三大名家の一角を担う榊原家にとっては天変地異にも等しい出来事であった。
榊原家の後継ぎ候補筆頭だった摩耶が、正体不明の異能力使いに病院送りにされたという知らせが入った際は榊原家にならのみならず、その分家に当たる四大分家の関係者が全員集まっての大会議にもなったのである。
「まさかコードゼロに遭遇するとは、摩耶殿と雅樹殿も大変に運が悪かったと言わざるを得ない。が、それで話が終わらないのが名家の辛いところよ」
「ええ、この件が公になればDH界を統べる三大名家の信頼の失墜にも繋がりますし、何より最大勢力の光城家と、我らが榊原家が同時にこのような事態を起こしてしまったとなると⋯⋯⋯」
二人の間で重苦しい空気が流れる。
彼ら、というより榊原本家が摩耶に対して非常に強く当たっている最大の理由は、三大名家の最後の一角に付け入る隙を与えたくない意向があったのだ。
「⋯⋯
三大名家と呼ばれる一族は、それぞれ光城家、榊原家、そしてもう一つある。
それが神宮寺家だ。質量ともに最大規模の光城家と、武力中心に少数精鋭で成り上がってきた榊原家とはある種対極的に、神宮寺家は分家も多く、数の力で着実に勢力を伸ばしてきた一族だ。
「奴らは、榊原の手の物がDH協会中枢や、警察、治安維持軍などに進出していくのを相当に嫌っていたと聞く。さらに最近我々が行っていた『S級異能力』の開発に関しては全面戦争も辞さぬほどに反発していた連中だ」
「そしてそのS級異能の開発における根幹を担っておられた摩耶様が、よりにもよってあのコードゼロに敗れてしまった⋯⋯非常に危うい状況です」
「恐らく摩耶殿は、試作段階であった『S級』をコードゼロに対して使ったはず。確証はないが、もしそれでもなお止められなかったとなれば、我々の開発したS級異能が実用性に乏しい代物だという烙印を押されかねん」
「そうなれば、この件に関しての追及は免れません。ただでさえS級の開発には厳しい視線が付いてまわるものです。下手をすれば『降格』させられることも⋯⋯」
溜息をついて、青年は空になった紅茶のカップを置く。
老人の方も抹茶を飲み終えたようで、茶の器をテーブルに置いた。
あまり煮詰まった話をするのも嫌だと感じたのだろう。
話を変えるように老人が青年に尋ねた。
「山宮学園の生徒会入りは光城雅樹殿と、摩耶殿は既に決まっておるのだな?」
「翔太郎の調べでは、ほぼそのようですね。それに加えて、今年はレベル1クラス所属の中村健吾という少年が三人目の最有力候補となっています」
「なんと⋯⋯遂に山宮にレベル5以外から生徒会入りする者が現れるのか」
「過去の記録では、レベル4から一人だけ選ばれた記録があるそうですね。ただ、その時は相当な反発とトラブルがあったそうですよ」
「あの学園は、DHの世代トップエリートが集う場所。それもただのエリートではなく、家柄という意味でも一風変わったものが多く集う場所でもある。その頂点に君臨する生徒会に入るというのは、いうなら世代で最高の存在と認められたも同然であるからなあ」
「ましてや今年は、三大名家出身の雅樹殿と摩耶様が同時に生徒会入りするという奇跡的な年。それに次ぐ形で生徒会に入るというのは、それだけでも相当な意味を持ちますよね」
ここでメイドが部屋に入ってくると、空になった彼らの食器を回収した。
すると凜に紅茶とケーキを届け終わったと見える翔太郎も、部屋に入ってくる。
「凜の様子はどうだい? 少しは落ち着いた?」
「はい。ゆっくりとケーキを召し上がりになっておられます」
そう言うと翔太郎はポケットから名簿のようなものを取り出した。
そこには、赤文字でいくつかの人の名前が書いてあるようだった。
「山宮学園の生徒会承認式ですが、既にいくつかのグループが『妨害』を狙っているようです。中村健吾の生徒会入りを認められない派閥が紛糾しているとのことですが、いかがいたしましょうか?」
そういう翔太郎に対して、青年は笑い気味に言った。
「僕は山宮の治安維持を担当しているわけじゃないからね。そういうのは、現生徒の凛に相談してくれよ」
すると、返すように翔太郎はさらりと言う。
「そうすべきとは思ったのですが、反対グループを一通り纏めたこの名簿の中に凛お嬢様の名前がある以上、お嬢様にこのことを聞くのは適切ではないと思いまして」
一瞬、老人と青年は顔を見合わせる。
すると青年は顔を右手で覆うような仕草を見せながら、左手を翔太郎の方へ伸ばす。
どうやら『名簿を直接見せろ』というサインらしい。
青年に近づくと翔太郎は彼に名簿を渡した。
渡された名簿に、暫くの間青年は目を通したのちに呟く。
「ハア⋯⋯凄いビッグネームの数々じゃないか」
「恐らくこの名簿の何人かは、己の意志ではなくその背後にいる一族や組織の指示によって参加しているものもおるだろうなあ。それほどに、山宮学園生徒会連合団の肩書と影響力は絶大だ」
「まあ、恐らく凛お嬢様は自らの意志によるものだと思いますが⋯⋯」
暫く見た後、青年は翔太郎に名簿を返す。
「凜には早まったことはしないようきつく言っておいてくれ。それでもダメなら、僕とお爺様が直接話に行くよ」
「承知いたしました。では、失礼します」
そう言って、翔太郎は再び部屋を出て行った。
それを見送ったのち、青年は深々と溜息をつく。
「勘弁してほしいよ⋯⋯僕の頭痛の種がまた増えたじゃないか」
すると老人は、己の顎髭を撫でながら言った。
「あの名簿を見る限り、特に異様に映ったのは志納という男だな。生徒会の広報委員長でありながら反対派勢力の最大手になるとは、生徒会も一枚岩ではないということなのかのお」
「志納という名前、確か数年前に一度聞いた覚えがありますが、僕としたことが忘れてしまいました⋯⋯」
「そう言えば昔聞いたことがあるのお。確か、奇妙な特性を持っているとか⋯⋯」
暫くお互いに頭を悩ませる青年と老人。
だがどうやっても思い出せなかったようだ。
「まあ、兎に角これから我々は忙しくなるということだけは確かだからな。おぬしも、これからは軽率な行動はとらぬように今一度しっかりと気を付けよ」
「僕は大丈夫ですよ。危ないのは寧ろ凜でしょう」
そういって老人は立ち上がる。
どうやら話は終わりのようで、続くように青年も立ち上がった。
するとここでふと、青年が思い出したように言った。
「⋯⋯翔太郎は、一体どこであの名簿を手に入れたのでしょう?」
少しだけ沈黙が流れる。
だが、いくら考えたところで答えが出てこないことは明らかだった。
「あの男は櫟原家が誇る、天才異能力者。我々が思いつく程度のことなら、一通りやっていると見るのが一番だろう」
そう言って老人は去っていった。
宙に視線を浮かべて少し考える仕草を見せた青年も、視線を前に移すと部屋を出る。
そして部屋には誰もいなくなった。
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