第23話 『遠い日の記録 その一』

「おい・・・これホントに大丈夫なのか?」

「無駄口叩くな。俺たちの任務は変わらないんだからよ」

「それでもなあ・・・何度見てもその・・・何というか・・・」

「もう口閉じろ!! 聞かれたらどうすんだ!!」


真っ暗な闇の中で、そんな声が聞こえて来た。

ポコポコ・・・と泡の弾ける音と共に、二人の男がヒソヒソ声で話している。


場所は全く分からない。

だが、10℃を下回る寒さと底無しの闇が得体の知れない不気味さを醸し出している。


「アークテフェス社の代理人は何て言ってたんだ?」

「知らねえよ。アイツらバカだからな、物の価値なんて分かってねえんだろうよ」


何重にも着込んだ防弾チョッキと、手には最新鋭の超強力サブマシンガンが手に握られたその男たちは、自衛隊とDH協会管轄の特殊部隊で訓練を積み重ねた精鋭だ。

生身でも相当な戦闘力を誇り、銃の腕前は500メートル先の標的を難なく仕留める恐るべき腕前の持ち主だが、彼らはそれでもなお『震えて』いた。


彼らの胸中には今、計り知れぬ恐怖と不安が襲い掛かっていたのだ。


「悪くない仕事だと思っていたんだけどなあ・・・・こんなんじゃ割に合わないっていうか・・・」

「同意だな。あのクソアマには追加報酬貰わなきゃいけねえ」

「や、やめてくださいよ! あの人、怒らせたらヤバいんでしょう?」

「少しぐらい文句言わせろ。せめて倍は金貰わなきゃやってられねえっつうの」


すると、男はマシンガンをガチャガチャと音を立てて床に置いた。


「そろそろ来るんだよ・・・限界が」

「も、もうですか!? 僕も昨日来たばかりですけど・・・・」

八津志儀やつしぎの奴らは、もう俺が限界なのを知ってんだよ。だから『発散部屋』も露骨に強化しやがったしな」


男は親指で暗い空間の先にある部屋を指さした。


「俺はもってあと二日だ。そろそろ代理も来る頃だろうし、外に出る日も遠くねえだろうな」

「そんな・・・やっと仲良くなれたのに」

「仲良くもクソもあるか。んじゃ、俺は部屋に入る」

「ご無事を祈ります」

「ああ、神様にちゃんと祈っておいてくれよ」


そう言うと、男は部屋の中に入っていった。


残された男は知っていた。

平静を装ってはいたが、内心は地獄の苦しみであることを。


『発散部屋』は完全防音に加えて頑強に作られた壁で出来ている。

その理由は、発散部屋が作られたそもそもの理由に起因する。


男は、暗闇の陰に見える『それ』を暗い目で見つめた。


「何なんだよ・・・この人が八津志儀の令嬢だって!?」


それはミサイルすら跳ね返す防弾ガラスに特殊術式を刻み込んだ円柱状の水槽、それに加えて、DH協会が誇る一流のDH達に防護壁を用意させるほどの超厳重装備で固められていた。

中は緑色の溶液で満たされ、無数の管が張り巡らされている。


その中には、一人の人間がいた。


子宮内の胎児のように丸まるようにして、水槽の中を浮いている。

白い包帯のようなもので全身を包められているが、その体つきから恐らく女性だ。

ただし、一見すれば無防備にも見えるその体からは、実は恐ろしいほどの力が発散されている。

それを抑えるための厳重装備なのだ。


だが、それほどの装備を用意してもなお彼女から発せられる力を完全に抑えることは出来なかった。

その結果が、『発散部屋』なのだ。


男は、発散部屋に目を向ける。

恐らく、部屋の中では相当の修羅場が広がっているのだろう。

だが、『何が』行われているかまでは、余りの恐ろしさに思いを馳せることまでできなかった。


水槽から発せられる強烈な力は、人の心を激しく蝕む。

心のトラウマを激しく抉り、悪夢を見せる余りにも強力な負のオーラはDHが全身全霊で作った防護壁であろうと弾くことは出来なかったのだ。


二人の男の仕事はごく単純だ。

水槽の中にいる彼女の体調管理と、万が一のことがあった場合の武力鎮圧。

当然その中には彼女の殺害も含まれている。

だが、それはあくまで建前上の話だった。


(このバケモノを殺せるわけない。万が一のことがあったら、俺たちもろとも生き埋めにするんだろうな・・・・)


男たちの周りにはいくつもの爆弾が仕掛けられていた。

目立たないようにはなっていたが、精鋭の戦士である男たちはこの空間に入った瞬間から爆弾の存在に気づき、目を配っていたのだ。


「・・・・よお。生きて帰って来たぜ」


暗闇の中で、扉が開く音がした。

そして、発散部屋から男が現れた。

明らかに先程よりも掠れている声、ポタポタと何かが垂れる音がする。


「今日は短かったですね。叫ぶのにも慣れてきましたか?」

「まあな・・・イテテ!! おい、包帯取ってくれ」

「大分抉ったみたいですね・・・傷だらけじゃないですか」


過度のストレスからくる発狂と自傷行為。

その代償が体に傷となって表れていた。

発散部屋とは、こういった形の自傷行為をわざわざするための部屋なのだ。

俄かには信じがたい話だが、この部屋は男たちの要望によって作られた空間でもある。


「もうそろそろ時間だろ・・・今日は代わりにお前が健康チェックしてくれや」

「分かってますよ。脈はもう計ってますし、内臓も問題はなさそうです」


体力を激しく消耗しているであろう、その男は立っているのだけで精いっぱいだ。

それを分かっていた男は、前もって殆どの検査を終わらせていた。


「おお、仕事が早いじゃないか。じゃあ、後はエコーだけかな」


あらかじめある程度の仕事は終わらせていた男は、最後の作業に取り掛かる。

体の隅々までチェックするためのエコー検査だ。


「つくづく可哀そうな話だぜ。確かまだ十八とかそれくらいだろ? それがこんな目に合うなんてよお」


水槽の中のその彼女は、口から肛門にかけて管を通されている。

そこから超音波を出してエコー検査をするのだが、確かに十八の少女にとっては地獄のような処置ではある。


「僕たちは仕事ですからね・・・・仕方ないですよ。やらなきゃいけないんです」


男は、機械のスイッチを入れた。

液体が震え、超音波が彼女の体を余すことなく調べ上げる。

そしてそれはデータとしてすべて記録されていくのだ。


「どれどれ・・・・まあ、いつも通りだな。変わらねえよ」

「うーん、そうですね。確かに何も変わらない・・・・」


半ば機械的にそう言って、データを閉じようとしたその時だった。


「あれ? ここ、何か変じゃないですか?」

「・・・・? 何がだ?」


何かに気づいた男が、データの一点を指さした。

その箇所は、子宮に関するデータが纏めてある場所だ。


「書いてありますよ、『生命反応あり』って」

「はあ? 生命反応?」


一瞬の間、静寂が立ち込める。

不気味なほどに静かな沈黙が広がっていく。


二人は、同時に何かを察した。

あり得ない、そんなことあり得るはずがない。

だが、それ以外の選択肢は無かった。


「「・・・・妊娠?」」


その瞬間だった。


パチン、と何かが弾ける音がした。

突然のことに、男たちは一瞬視線を音がした方向に向け・・・・止まった。


水槽の中は白い包帯のようなものがプカプカと浮いている。

いや、そもそも何故『浮いている』のか。

包帯は彼女の体を包んでいたはずでは・・・・


「・・・・ジーザス」


包帯は解けていた。

いや、無理やり彼女が解いていた。

横に合った計器が警告ブザーと共に激しい音を鳴らす。

彼女の体に内包されていた魔力がさらに増大していく。負の強烈なエネルギーが増していく。


「し、至急応援願う!! 拘束を解かれた!!」

「イカレてんだろ!! あれは相当強力な拘束具だぞ!? 魔力だけでそれを開放しやがった!!」


無線に向かって男たちは叫ぶ。

知らぬ間に腰は砕け、最早立つこともままならない。


(死ぬ!! 僕たちは殺される!!)

(チクショウ!! こんなとこで死にたくねえよ!!)


襲い来るはリアルな死の恐怖。

拘束を解かれた今、魔力はさらに増すだろう。

そうなれば果たして二人はどうなるか。


だが、その刹那二人は見た。


包帯の浮かぶ水槽から、一人の少女が姿を現すのを。


今までに見たことがないほどの美しい少女だった。

彼女は何かを水槽の中から指さした。


「・・・・発散部屋か?」


すると、発散部屋の扉が突然開いた。

水槽の中から少女が操作したのだろう。

考える時間は無かった。二人は何も考えずに部屋に飛び込む。


『・・・・いつか、チカラをお借りする日が来るでしょう・・・・」


二人の頭に何者かがテレパシーで呼びかける。

二人は、それが水槽の中の少女だと直感した。


『私はもう長くありません・・・・いずれ私が力果てたその時は・・・』


扉が閉じる。同時に、声も徐々に小さくなっていく。


『私の子を・・・・よろしくお願いします』


その瞬間、強烈なエネルギーが四方に発散された。

だが、発散部屋は何故かエネルギーの奔流に耐え続け、結果的にエネルギー波に男二人は耐えることが出来たのだった。


「あれは・・・・・何だったんだろな」

「分かりませんよ。僕たち、クビになっちゃったし」


奇跡的に生還したものの、職務不成立とみなされた結果男二人は解雇されてしまったのだ。


誰もいない静かな公園で、男二人はブランコを漕ぐ。

少女は跡形もなく消えていたらしい。恐らくテレポートしたのだろうということだ。


「そう言えば・・・・お前の名前聞いてなかったな」

「僕ですか? 山田太郎です」

「・・・・それホント?」

「冗談じゃないですよ。本当にそうなんですって」

「・・・・俺は佐藤次郎。これ、マジな」


暫くの間、沈黙が続く。

その後、次郎が口を開いた。


「もし、あの子がまたやってきて子供を渡してきたりしたら、守れるかな」

「守る・・・しかないんじゃないですか? 多分」


不思議と、二人の気持ちは決まっていた。

何故だろうか、それもあの少女が仕掛けたことなのだろうか。


「・・・・これからも宜しくな。太郎」

「・・・・よろしくお願いします。次郎さん」


夕日が沈みゆく地平線を見ながら、二人は固く握手をした。


後にこの二人は、DHの歴史を大きく変えることとなるのだが

それはまた別の話である。

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