第45話 乗車拒否

「全く⋯何故私まで行かなければならないの?」


「そんなこと言わないでくれよ若山。八重樫団長からの条件が『クラスの人間が全員来ること』だったんだからさ」


授業が終わり、放課後になった教室には7人の人影がいる。

その中で、普段なら授業終わりと共にそそくさと帰ってしまうはずの一人の少女が、眼鏡を掛けた少年に引き留められていた。


「私は別に、このクラスから何人除名者が出ようと知ったことではないのだけど。何が悲しくて授業に出ない不真面目な輩を救済しなければならないのかしら」


「スカスカの教室で寂しく三年間も授業受けたくないだろ。それに、八重樫団長がどんな人か興味もあるしさ」


「私は別に興味もないし、一人でだって授業は受けるわよ?」


「お前が興味なくても俺はあるんだよ! それに、スカスカの教室で授業を受けるのは、お前は良くても俺が嫌なの!」


夏美の素っ気ない返しに、反論しまくるのは新だ。

そこから少し離れた場所では、5人の人影が口論中の二人を眺めている。


「向井君頑張るなあ⋯若山さんはテコでも動かなそうだけど」


そう呟くのは新井修太だ。

実は生徒会室に赴くにあたり生徒会室にアポイントメントを取ろうとしたのだが、その際に電話で対応してくれた元木桃子から、こんな条件を提示されたのだ。


『団長は、『今学校に来ているレベル1クラスの人たちを全員を連れてこい』と仰っていました。そして、それが出来なければ君たちとは会わない、だそうです』


そして健吾と直人、ひかりと真理子、そして修太と新の6人は生徒会室までついていくことに同意したのだが、案の定夏美だけは難色を示していた。


「団長⋯こうなることも分かって言ったのかな」


「若山さんがゴネることを見越して、遠回しに入室拒否みたいな? いやあ、だとしたらちょっとショックだなあ⋯⋯」


そんな会話が修太と健吾の間で交わされる。

するとここで、新が夏美にこう言った。


「お前、強い奴に興味とかないのか? 珍しい能力とか、そういうの好きじゃないのか?」


「⋯⋯まあ、嫌いではないわね」


するとここで、一瞬新の口角が上がる。

「隙を見つけた」と言わんばかりの様子だ。


「八重樫団長は、珍しい固有能力を持ってるんだぜ。でも生徒会の人以外には誰にも固有能力の内容を教えたことがないらしいんだ。でも、今回の機会にもしかしたら教えてもらえるかもしれないぞ?」


一瞬だけ、夏美の視線が宙に向く。

彼女なりに、何か考えているようだ。


「その団長というのは、強いの?」


「仮にも山宮学園の生徒連合団団長だぜ? 強くないわけないだろ」


一瞬だけ、間が開いたのち夏美は軽く頷く。

どうやら彼女にも少しだけ興味が出たらしい。


「まあいいわ。今日は予定も特にないし、ついていってあげる」


おー!、という歓声が後ろから起こる。

思わぬ交渉成功の成果に、新は歓声が起きた後ろの6人に向けてピースした。


「俺にかかれば楽勝だぜ。じゃ、レベル5専用校舎とやらに行こう」


すると健吾は教室から少し離れたところにあるバス停を指差した。

窓から校門の傍にある小さなバス停が見える。前に健吾、夏美、直人の三人が特殊訓練を受けるために送迎バスに乗ったのも、そのバス停だ。


「あそこに来るバスに乗れば行けるはずだよ」


「よし、皆で行こうぜ!」


そう言って、バス停に移動する7人。

荷物をまとめて教室を出た一団だったが、昇降口に差し掛かったところで、靴を履き替える健吾の肩を誰かが叩いた。

振り返る健吾。するとそこには、長野ひかりと瀬尾真理子がいた。


「ねー、若山さんって合宿で何かあったの?」


「⋯⋯え?」


思わぬひかりの発言に、困惑した表情を浮かべる健吾。

するとやや遠慮がちに真理子が口を開いた。


「合宿に行く前の若山さんって、人の話をわざわざ立ち止まって聞くなんてまずあり得ないような方でしたから⋯⋯少し不思議だったんです。向井君の話をあそこまでしっかり聞くなんて、何か心境に大きな変化でもあったんでしょうか?」


「う、うーん⋯⋯何か特別なことをしたことは特にないと思うけど⋯⋯」


強いてあげるなら、戦闘の実地訓練で仁王子烈と組んで圧巻の成績を残したことと、榊原家のボディーガードを軒並み気絶させたことくらいだろうか。

特に後者は、後に起こったトラブルの数々の中で有耶無耶になってしまったが、本当なら途轍もない大事件に発展してもおかしくないことではあった。


「溜まってたストレスが発散された⋯⋯とか?」


苦し紛れのような形で、意見を絞り出す健吾。

するとその横を夏美がスッと通り過ぎる。

その時にボソッと、彼女が口を開いた。


「何も変わってないわよ。適当なことを言わないで頂戴」


そう言って上履きから、ローファーに靴を履き替えた夏美。


「バスはあと一分で来るわ。もたもたしてると置いてくわよ」


そう言って彼女はバス停へと向かっていく。

その後ろ姿を見て、ひかりは小さく呟く。


「やっぱり変わったよ。前だったら通り過ぎ際にビンタとかしそうだったのに」


「さ、流石にそれはないと思うけど⋯⋯」


そんなことを話す三人だったが、ここで真理子がふとバス停を指差す。

よく耳を澄ますと、バス停の方から誰かの声が聞こえて来た。


「あれは、向井君でしょうか? 誰かと話していますね」


一足早くバス停に行った新が、バス停で誰かと話している。

だがその様子は、穏やかとは言えない様子だ。


「ハア!? 何だよそれ、おかしいだろ!」


「黙りなドベクラスのカスが。このバスに乗れるのはレベル2以上のクラスの生徒だけだ。お前は招かれざる客なんだよ、早く失せろ!」


見ると明らかに上級生と見える男子生徒が、新を手でシッシッと追い払う様な仕草を見せている。新はそれに激怒している様子だ。

穏やかざる様子に、慌てて健吾とひかり、真理子の二人もバス停に向かう。


「健吾! こいつがバスに乗るなって言ってくるんだ!」


見ると、上級生の男子生徒は手に生徒手帳を持っている。

だがその生徒手帳は、彼らレベル1生徒には渡されていない物だ。


「このバスに乗るには生徒手帳が必要だ。でも、お前らレベル1の奴らにこれは渡されていないからな。だから乗れないって言ってんだよ」


「で、でも前に僕らは乗ることが出来たんです! だよね、葉島君!」


それを聞いて、横にいる直人も軽く頷く。

だがしかし、それを聞いた上級生の男子生徒は鼻で笑うような仕草を見せた。


「それは、工藤先生から許可があったから乗れただけだ。でなきゃ、お前らみたいななんの存在意義もないクズにあんなVIP待遇を用意するわけないだろ」


レベル5の専用校舎までは、高速バスで直接走っても一時間程かかる長距離移動だ。

そのためこのバスは全席マッサージ機能付きの最高級リクライニングチェアに、老舗高級和菓子店の菓子を添えたおやつ、個人でも使用可能なポータブルオーディオに、VR機能を用いた名作映画の鑑賞まで、至り尽くせりの仕様になっている。


なおこのバスを無制限にいくらでも使うことが出来るのは、レベル5クラスに所属している生徒と山宮学園の教員のみだ。

レベル2からレベル4クラスの生徒には一定の利用限度があり、月に往復三回までが無料で、それ以降は一定の安くない料金を払わないと使うことが出来ない。


だがしかし、そもそも足を踏み入れることすら許されていないレベル1クラスの待遇に比べればまだマシである。


「何だ、ぞろぞろとロクでもない奴らがたくさん来やがって。何人来ても、乗れないものは乗れないんだよ。ほら、さっさと消えろ!」


そう言って、男子生徒は新の胸を強く小突いた。

見た目よりもかなり強めに押されたらしく、新はよろめくとその場で片膝をつく。


「向井君! 大丈夫!?」


それを見た健吾とひかりが慌てて新の元へ駆け寄る。

するとここで男子生徒が、駆け寄る健吾の顔を見た。


「お前!! 誰かと思えば、例の奴か!!」


彼もまた、テレビ越しに例の発表を見た一人なのだろう。

心配そうに新の体を支える健吾を尻目に、彼はペッと健吾の足元に唾を吐く。


「誰もお前のことなんか認めてないからな。下手に成り上がって痛い目見ないうちに、大人しく身を引いた方が身のためだ」


そう言い残して、彼もバスに乗り込んだ。

運転手も一連の会話を聞いていたからか、バス停に立つ7人には一切目もくれずバスの乗車口の扉を閉める。


そしてバスは、そのまま走り去っていった。


「いてて⋯⋯クソッ!!」


新は腰を打ってしまったようだ。

立つのも辛そうな程に足を踏ん張っている。


「参ったなあ。これじゃどうやって生徒会室まで行くんだよ⋯⋯」


小さくなっていくバスを見ながら、新井修太が呟く。

鉄道を乗り継いでいくことも出来るが、それには片道だけで4時間ほどかかってしまうし市営バスでも同じくらいの時間がかかる。

何より、彼らにそんなことをするだけの時間もお金もなかった。


「アイツ⋯⋯いつか夜道を襲ってやるからな」


「む、向井君! 早まらないで!」


冗談か本気かも分からない程に怒る新を健吾が必死に止めている。

するとここで夏美がこんなことを言い出した。


「ヒッチハイクでもすればいいんじゃないの?」


「ひ、ヒッチ⋯⋯?」


「私は一度やると決めたことを曲げるのは死んでも嫌なの。ほら、ちょうど大きい車が来たじゃない。乗せてってもらいましょうよ」


するとここで、黒色の大型車が一台やって来た。

中々上等そうな車で、ボディーはピカピカに磨き上げられている。

後部座席も大きく、確かに7人くらいなら乗れそうだ。


すると突然夏美は車道に出ると、走る車の前に飛び出した。


「ちょっと乗せて頂戴。レベル5の専用校舎までね」


キキ―ッ!!という強烈なブレーキ音と共に車が止まる。

健吾と真理子の顔が真っ青になるが、車は何とか夏美の数センチ前で止まっていた。

すると運転席の窓がゆっくりと下がって、中から人の顔が現れる。


「おやおや、随分とお転婆なお嬢さんだ。それにその手はヒッチハイクのつもりですか? 私には相当な侮蔑表現に見えるのですが」


現れたのは、紺色のスーツに髪を縛った端正な顔立ちの男性だ。

男性は夏美の掲げる手を、やや困惑気に見つめている。


「な、夏美さん!! それヒッチハイクのサインじゃないよ!!」


一般的に使われるヒッチハイクのサインは、親指を立ててサムズアップをする形だが、夏美は何を間違えてか親指を下に向けてブーイングのサインを取っている。


「あら、ちょっと違ったわね。まあ似たようなものでしょ、乗せなさい」


「支離滅裂だよ若山さん! すいません、悪気はないんです⋯⋯」


そう言って彼女の代わりに頭を下げる健吾。

それに合わせるように真理子と修太も必死に謝っている。


すると少し苦笑いしながらも、男性は夏美に尋ねた。


「事情は良く分かりませんが、お急ぎのようですね。どこに行きたいのですか?」


「レベル5クラスの人たちがいる専用校舎。私達、そこの生徒会室に用があるのよ」


すると男性はヒューと軽く口笛を吹くと、言葉を返す。


「それは大変に運が良い。実は私もそこに行く用があったのですよ。長い旅路も連れ人がいないと寂しいものですし、折角ですから送っていきましょう」


「い、いいんですか!?」


驚くように声を上げる健吾と、やったー!と大喜びする新とひかり。

真理子と修太はホッと胸を撫で下ろすようにして安心している。


すると後ろの後部座席の扉が自動でゆっくりと開いた。

まるでこの車は私の物よと言わんばかりに、堂々と車に乗り込む夏美の後に続いて、後ろの6人は恐る恐る車に乗り込む。


「では、参りましょう。ところで申し遅れましたが、私が誰かはご存知ですか?」


運転席から、男性が彼らにそう尋ねる。

だが彼らの鈍い反応を見てすぐに知らないことを察したようで、男性は後ろに振り返ると、ゆっくりとお辞儀をしながら名乗った。


「私は大道だいどう和美かずみと申します。長く留守にしておりましたが、1-2クラスの担任ですので、今後も皆さんともお会いする機会があるかもしれませんね」


にこやかに笑いながら自己紹介する和美に、ひかりの視線は釘付けになっている。

あまりにも凝視するので、横の真理子がチョンチョンと肩を突っついたくらいだ。

だがその真理子も、彼の持つ魔性に近い何かを感じ取っていたようだ。


「じゃあ運転宜しくお願いするわね、大道先生」


そんな中、我関せずとばかりに本を開く夏美。

横で健吾が諫めるのも聞かず、まるでここは自宅であるかの如くリラックスし始める夏美を和美は横目で静かに見ていた。


和美は横柄すぎる夏美にも嫌な顔一つせず、車のスロットルを回す。

すると誰にも聞こえない位の声で、彼は静かに言った、


「貴方は面白い方ですね。興味をそそられてしまいます」


そんな彼が僅かに含みのある笑みを浮かべているのを見逃さなかったのは、

車の隅っこで身を縮めて座っていた直人のみだった。

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