第34話 S級DBの誕生

吹き飛ぶスカルを横目に、日本刀を鞘に戻す臥龍。

数メートルほど吹き飛んだスカルは、もんどりうって這いつくばった。


「話し合いが無駄なのは分かり切っている。だから、要点だけお前に聞こう」


そう言うや、胸ぐらを掴んで臥龍はスカルを宙に吊り上げた。


「お前のような狡猾な男が、研究成果をこの一か所だけに保存しておくとは思えない。研究成果を隠しているのなら、今すぐに吐いてもらおうか」


「⋯⋯⋯殺せ」


「私は必要ならば拷問もするぞ。お前の残したものは危険すぎる、この世から抹殺しなければならない物も多くあるのだ。分かっているだろう」


「殺せと言っている」


「永遠の苦しみから逃れたいのなら、大人しく白状したほうが利口だぞ」


「貴様に体を壊された瞬間から、ワシは永遠の苦しみに囚われている。今更何をされて苦しむというのだ。さあ、早くワシを殺すがいい」


暖簾に腕押しと言った様子だ。

この状態では何を言っても無駄だろう。

すると臥龍は声を低くして、静かに言った。


「自分は隠してるつもりなのだろうが、一つ言っておく。お前は周りに一切言うことなく、密かに晩年結婚をしていたのだろう?」


その瞬間、スカルの呼吸が僅かに乱れた。

平静を装っているが、明らかに動揺している。


「そして、お前は娘を一人授かった。手塩にかけて育てた大切な一人娘だったが、後日離婚するときに親権を妻に奪われ、娘とは離れ離れになった⋯⋯違うか?」


カクカク、と顎が揺れるスカル。

まるで思い出したくないことを思い出したかのように、金属の右手で顔を覆う。


臥龍は知っていた。スカルが誰にも言わず隠していた秘密を。

最高峰の研究者だったスカルが、闇に堕ちたその理由も。


「そして離婚してから間もなく、娘が死んだという報がお前に届いた。心臓を患っていた娘は、心臓発作によって死んだとお前は聞かされたのだったな」


顔を覆うスカルの腕から、涙が伝った。

体は震えている。呼吸も荒くなっていた。


「だが実際は違った。娘はさほど難しくない心臓手術だったにも関わらず、担当した医師の医療ミスによって死んだのだと後日告げられたのだろう? しかもその医師はかつて山宮学園のレベル1に在籍していたが、DHの道を諦めた後、家族のコネで医師免許を半ば不当に入手したヤブ医者だった。当時金に困っていた元妻は、大きな病院で診察を受けるだけのお金がなく、結果的にそんな中途半端な医療に頼るしかなかった⋯⋯⋯」


すると微かな声でスカルは言った。


「やめろ⋯⋯もうやめてくれ」


だが、臥龍は続ける。


「そしてお前は激しく恨んだ。娘を殺した無能なヤブ医者と、その元凶となったレベル1クラスそのものを。お前は山宮出身の落ちこぼれた学生を狙って声をかけ、己の研究材料の餌にすることで恨みを晴らそうとした。それと同時に、金がなかったがゆえに真面な医療を受けられなかったことを悔い、不法な異能具販売にも手を染めた。全ては大金を得て、二度と同じことが起きないようにするために」


ウッ⋯⋯とスカルから泣き声が漏れる。


「魔力ブースト現象を発見したのも、娘を殺した医者をお前が人工的に作ったダンジョンから生み出したDBに喰わせたのがきっかけだったのだろう? 医者から転職していたために居場所を特定するのに時間がかかったようだがな⋯⋯」


だがここで臥龍は、静かに言った。


「だが、お前の娘が実は生きていたと知ったら、お前はどうする?」


一瞬の流れる、静寂の間。


いつの間にか、スカルの泣き声は止まっている。

彼の体の震えも同様に止まっていた。


「確かにお前の娘は手術の後、生死を彷徨った。だがその後、別の大病院に移送されて再度手術を受けた結果、奇跡的に命を取り留めることに成功したのだ。しかしお前の元妻は、敢えてお前に真実を告げなかった。恐らく、お前と娘の間の繋がりを完全に断ち切りたいと考えていたのだろうな」


スカルの顔から、右手が取り払われた。

何を言っているのか理解できないという様子のスカルに、臥龍はポケットから一枚の写真を取り出すとスカルに渡す。


「高校生になったお前の娘だ」


写真を見つめるスカル。

すると、彼の眼からは大粒の涙が零れ始めた。


「おお⋯⋯オオ⋯⋯」


「分かるだろう。それは、紛れもなくお前の娘だ」


カタカタと震えるスカルの手。

顔を埋め、体を丸くしたスカル。


「オオオオオオオオオオオオッッ!!!」


森の中をスカルの叫びが轟く。

二度と見ることのないと思っていた娘の成長を見たスカル。

それは、凍り付いていた彼の心を融かした瞬間だったのかもしれない。


だが、しかしここで臥龍は冷淡に言い放った。


「⋯⋯必要なら、お前の娘も拷問するがな」


その瞬間、スカルの眼が見開かれる。

初めて見せる強い恐怖の表情と共に、スカルは叫んだ。


「止めろ!! 娘は何も関係がない!!」


「知っている。だが、お前の態度が変わらぬのなら私は手段を選ばない」


「あっ、悪魔めエエエッッ!!」


「お前もだろう、スカル。お互い地獄の業火から生れ出た存在、貴様が研究において手段を選ばなかったように、私も仕事において手段を選ぶ気は無い」


短刀を抜き、臥龍は這いつくばるスカルの前に刃を突き立てる。

ヘルメット越しにスカルを見る臥龍の眼は本気だった。


「十秒以内に、思いつく限りの研究成果の在処を言え。だが、私に嘘やデマカセは通じない。少しでも虚言を言ったならば、お前を魔導大監獄に送った上でお前の牢獄の前で延々とビデオを見せてやる。お前の大切な娘が、見るも無残に痛めつけられる様を一部始終全て余すことなく録画された代物をな⋯⋯」


そして臥龍はカウントを始める。

スカルは歯をギリギリと食いしばり、口の淵からは血の雫がポタポタと垂れる。


「さあ早く言え。大事な娘が拷問されてもいいのか?」


危険なほどに乱れたスカルの呼吸。

だがしかし、彼はゆっくりと口を開いた。


「私は⋯⋯三カ所に研究成果を隠した。一つは私が昔在籍していた旧第一研究所の最深部、『奈落』のその更に底だ」


ゆっくりと頷く臥龍。嘘を言っていないことは分かっていた。


「二つ目は⋯⋯白楼山」


ピクリと、一瞬だけ臥龍の短刀を持つ手が動く。

その後、臥龍はまた軽く頷いた。


「さあ続けろ。最後の一カ所は何処だ」


しかし、そこからスカルは口を開かない。

何かに躊躇するように、彼の眼は激しく泳いでいる。

その後⋯⋯絞り出すようにしてスカルは言った。


「三つ目は言えん⋯⋯後生だ、許してくれ⋯⋯」


振り下ろされる短刀。

そして短刀は生身のスカルの左腕を貫いた。


「アアアアアアアアアアッッッ!!!」


「次は無い。さあ、最後の在処を言え」


痛みで大きな叫び声をあげるスカル。

流れ出る血を抑えることが出来ない状況でも、彼は頑なだった。


「ダメだっ⋯⋯それを言ったら⋯⋯私はッ!!」


「お前がどうなろうと知ったことではない。早く言え」


「お前にも関わることだぞ臥龍!! 『あの御方』の逆鱗に触れたら⋯⋯貴様も⋯⋯!!」


その言葉に、大きな裏を感じた臥龍。

短刀を収めると、彼は胸ぐらをつかんでスカルを無理矢理立たせた。


「どういう意味だ。説明しろ」


「クッ⋯⋯そもそも、私が異能の研究を始めたきっかけは『あの御方』に莫大な資金援助を受けたからだっ。あの方は今まで私が知ることの無かった数多の『真実』を教えてくださった。娘が死んだと聞いた時も、『ブラックミストを極めれば、命の再生すら可能だ』と教えてくださった⋯⋯」


「何を言っている。失われた命は戻らない、それが自然の理だ」


「だがあの方はこうおっしゃった! 『S級』になったDBは神の領域すら凌ぐと! 獣の域を超え、究極の最終形態になったDBは⋯⋯」


マズイ。臥龍は即座に判断した。

ここから先は一般人はおろか、DHですらごく一部しか知らない真実だ。

S級の名を冠するDBの真実。それを臥龍は知っていた。


「もういい、もう十分だ。もうこれ以上話す必要はない」


そう告げる臥龍。

だが、その瞬間臥龍は感じた。


余りにも強大すぎる、殺気を。

それと同時に現れる、黒いマント。


「話はまだ終わっていないではないか。なあ、臥龍よ」


それは本能だった。

瞬間、臥龍はブーツのジェットエンジンを起動する。

そしてありとあらゆる反射神経を駆使して、体を横っ飛びに動かした。


「ご苦労だったスカル。最後の『餌』はお前だ」


その瞬間、真っ黒な剣が空中に現れたかと思うと、スカルと臥龍目掛けて放たれた。

横っ飛びにそれを回避した臥龍だったが、スカルは逃げられなかった。


下腹部を貫かれたスカルはそのまま宙高く持ち上げられる。

その瞬間、真っ黒な霧が辺りを包む。それが文字通りブラックミストであることも、臥龍は感じていた。


「恐竜型よ、お前の命はまだ尽きておらぬ。再び転生せよ」


その時だった。

辺りを包む黒い霧が渦巻くと、何かの形を形成しだした。


「お、御君!! まだ私の役目は終わっていないのでは!?」


「いやもう終わりだ、スカルよ。娘の存在を知り、氷の心を失った貴様ではもう存在意義はない。我が忠実なる僕、北野譲二と同じ場所へ行くがよい」


宙に吊り下げられたスカルは、驚愕の表情を浮かべている。

北野譲二が殺されていたことを知らなかった。いや、そもそも目の前の存在と北野譲二の間で主従関係が結ばれていたことすら知らなかったのかもしれない。


「そ、そんな⋯⋯!! せめて、娘を一目でも!!」


「任務を達成した者のみの特権だ。お前はしくじった、その権利はない」


「嘘だあアアアアアアアアッッ!!」


スカルの目の前で、途轍もなく強大な怪物が再生されていく。

それは巨大な恐竜の形で、ついさっき臥龍が粉砕したはずの存在だ。

何ということだろうか。恐竜型DBが復活したのである。


臥龍は日本刀を抜き放ち、目の前の男に斬りかかろうとする。

このままでは『最悪』が起こる。彼には未来が見えていた。


だがしかし、目の前のそれから放たれる力はこの臥龍をしてでも倒し切れるか分からない程の圧倒的なヤバさを放っていた。


「臥龍よ、これからお前に奇跡を見せてやる」


日本刀の刃先を、今度は突然現れた黒マントに向ける臥龍。


『太刀落とし 第五式』


そして臥龍は再度放った。

恐竜型を葬ったあの一撃を、今度は黒マントに向けて。

しかし、それに対抗するように黒マントは呪文を唱える。


『超次元装甲壁『黒桜』』


その瞬間、臥龍の目の前で何かが輝いた。

桜色の花片が無数に現れると、一瞬辺りを漆黒の闇が包む。


(ヤバい!!)


説明は出来ない、だがその本能は本物だった。

ジェットエンジンをフルスロットルにして、その場で跳躍する臥龍。

気が付いた時、先程まで臥龍がいた場所には無数の斬撃の跡が残っていた。


「臥龍ともあろうものが不用意なことをしてくれるな。危うく『貴様自身の』斬撃でお前が死んでいたかもしれないだろうに」


それと同時に闇に染まった空間がひび割れると粉々に砕ける。

軽く舌打ちした黒マントは身を翻した。


「やはり貴様とは戦いたくないものよ。私の異能を砕かれるとは」


すると黒マントは右手を軽く宙で動かす。


「ではさらばだ。処刑式のクライマックスとして最後の贄となれる幸運を噛みしめながら逝くがいい」


そして黒マントはまるでゴミを捨てるかのようにあっさりと、スカルを宙に投げた。

その先に待ち構えるのは、A級DB恐竜型である。


「ああああああアアアアアアッッ!!!!!」


バキッ!という音とシューという音と共に、生々しく何かが噛み砕かれる音が響く。

シューという蒸発するような音は、スカルがエネルギーとして吸収された音だろう。


「⋯⋯やってくれたな」


そう呟く臥龍。

彼には分っていた。この先の顛末を。


その瞬間、恐竜型の巨大な体が僅かにうごめいた。

体の表面が波打ち始めると、不自然に体が揺れ動く。

固い体殻がまるで液体のようにドロドロな形状に変わり、同時に恐竜型の体も少しずつまるでスライムのようにブヨブヨとした物体に変わっていく。


そして辺りの黒い霧が黒いスライムのようになった物体を薄く包み、まるでチョコトリュフのように丸い、巨大な球体へと変貌していく。


「臥龍よ、貴様にはこれが何か分かるだろう?」


「⋯⋯ああ」


最早、臥龍は動くことすらしなかった。

何をしても、もう無駄だと知っていたのだ。


「刮目しろ。そして受けるのだ、この世に新たなS級が生まれるその瞬間をな!」


その瞬間、球体の黒い物体にバキリと大きなヒビが入る。

そしてその中からは、超高濃度の黒い瘴気が漂ってきた。

ヒビが徐々に大きくなり、球体全体に達するまでに広がる。


そして⋯⋯⋯


「⋯⋯生まれた」


球体が砕け、悍ましい瘴気と共に何かが姿を現す。

だがそれは、今までの獣の姿とは明らかに異なっていた。


「⋯⋯うにゃ?」


五メートルはあるであろう伸びきった髪の毛と、真っ白な肌。

異様なほどに整った顔立ちと、すらりと伸びた手足。その身には何も身に付けておらず、暗闇から豊満な胸が見え隠れしている。

瞳孔は金色に光り、その表情からは何の感情も読み取れない。


ペタンと座り込んだ状態で、こちらを見るのは少女の姿をした何かだった。

年は十代中盤くらいであどけない様子だが、明らかにそれは人間ではない。

それは彼女から伝わる、異常な力の波動が何よりの証拠だった。


「恐竜から生まれし者よ、お前は今日よりダイナと名乗るのだ」


「ダイ⋯⋯ナ?」


ポカンと口を開けて、黒マントの言葉を聞くその少女。

ダイナと名付けられた彼女は、今度は臥龍の方を向く。


彼女の目を見た臥龍は、その瞬間に悟っていた。


『殺られる』


それは一瞬だった。

万物を見通すはずの臥龍の動体視力をしても、見切れない程の神速。

気が付いた時、ダイナが臥龍の目の前に立っていた。


黒マントは首元で、ピッと親指を横にスライドさせた。


「殺れ」


その瞬間、ダイナの腕が変形した。

それはまるで蟷螂のような巨大な鎌のような形状で、真っ黒で鋭利な刃である。

それに至るまでのモーションは一切無い。何の前触れもなく、彼女は動いていた。


「さらばだ、臥龍よ」


今までのDBとは明らかに違う何か。

それを認識する暇も与えず、臥龍に必殺即死の一撃が叩き込まれていた。

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