第36話 電脳次元の魔女

「⋯⋯にゃ?」


S級DB、ダイナの放った必殺の一撃。

確実に臥龍の命を刈り取ったであろうと思われたその一撃だったが⋯⋯


「⋯⋯助かりました」


「大ピンチじゃないかい。あの中村君とかいう子が、アタシに一報くれなかったら大変なことになってたよ」


ダイナの首には銀色の光り輝く鞭が巻き付いている。

その鞭を持つ人間のことを、臥龍は良く知っていた。


「健吾とはどのタイミングで知り合ったんですか?」


「知り合いってわけじゃないんだけどね。万が一のために、あの可愛い男の子にメアドを教えておいたのが功を奏したって感じかね」


当たれば即死のその鎌は、臥龍の目と鼻の先で止まっていた。

それがダイナの首元に巻き付いている鞭によるものであるのは間違いない。


臥龍がその女性をあのバー以外で見たのは本当に久しぶりだった。

髪はボサボサでガサツな雰囲気は変わらないが、今日は趣が少し違う。


ボロボロの白衣と、明らかに履きなれていないハイヒール。

襟がヨレヨレになった白のシャツに、皺だらけのスーツ。

そして胸元には金色の『NO2』を彫られたピンバッヂを付けていた。


「お前は、電脳次元の魔女か!?」


「オッス、久しぶりだね。ところでちょっと悪いんだけどさ、そこのムカつくくらい可愛い子を、適当なとこに連れて帰ってくれない?」


驚きの声を上げる黒マント。

対して電脳次元の魔女と呼ばれたその女性、マキは動じることなく応じる。


「お前は魔導大監獄に送られたはずではなかったのか!?」


「そうなるギリギリのとこで、そこの怪物君に助けられたんだよね。ま、おかげで元気よくシャバの空気を吸って生きていけるわけさ」


その瞬間、マキは鞭を凄まじい力で後ろに引いた。


「ギニャ!?」


「ニャーニャーうるさいんだよ小娘が。アタシはぶりっ子は大嫌いだ」


そう言うや否や、マキはダイナを鞭ごとを振り回すと地面に叩きつけた。

強化術式で、マキの腕力は途轍もない力になっている。そこから繰り出される叩きつけ攻撃は、一撃で地面に大きな穴を開けてしまった。


「フン、気休めにしかならないだろうがそれでいいよ。それより、アタシはアンタとゆっくり酒でも飲みながら話したい気分でね」


深々と穿った穴の底を軽く見下ろすと、マキは鞭をピュッと引く。

鞭を手元に戻し、マキは今度は黒マントと向き直った。


「本当に久しぶりだねえ。最後にアンタと会ったのは、十年前に殺し合った時以来かい?」


「⋯⋯あの時、お前はまだNO2だったな。電脳次元の魔女と呼ばれ、恐れられていたあの時の記憶が嘘のように、今のお前は腑抜けて見える」


すると黒マントは、右手を大きく掲げた。

空中現れたのはスカルを刺し貫いた、あの剣と同じものである。


「今のお前など、前菜にもならぬわ!!」


右手を振り下ろすと同時に、剣が猛烈なスピードで放たれた。

極限まで黒のエネルギーを圧縮されたその剣は、生半可な異能力では対抗することすら出来ずに刺し貫かれる威力である。


だが、マキは全く動じる素振りを見せなかった。


電撃烈波ハイボルテージ!!」


その瞬間、その場で雷が落ちた。

いや、そう錯覚させるほどの強力な電撃が、マキの鞭から放たれた。

烈や雅樹が使ったような異能とは訳が違う、極限まで磨き上げられた電撃系異能力『電撃烈波』は、黒マントの放った剣を跡形もなく吹き飛ばした。


「どうしたよ? アンタこそ、腕が鈍ったんじゃないかい?」


クッ⋯⋯と声を漏らす黒マント。

見ると黒マントは、先程と比べて明らかに疲労が溜まっている様子だ。


「もしかしてアンタ⋯⋯『黒桜』を使ったかい?」


一瞬、臥龍に視線を向けるマキ。それを受けた臥龍はコクリと頷く。

それを見るや、アキは溜息をついて分かりやすく頭を抱えた。


「あの技は、『S級』なんだけどねえ。それはもう、最大火力でブチかましたら体に相当なダメージが来るはずなんだけど⋯⋯やっぱりアンタ強いよ」


「バカにするな電脳次元の魔女よ⋯⋯今はまだ本来の力には遠く及んでおらぬのだ。だがそれでも、お前の強さは認めよう。やはりお前は王になり得る才覚がある」


だがその時、地を震わせる轟音と共に穴からダイナが現れた。

さながらロケットの如く飛び出してきたのを見るに、跳躍一つで外に出たのだろう。

地面に叩きつけられたダメージは皆無のようだ。ダイナは宙で一回転した後、今度はマキ目掛けて音速の跳び蹴りを喰らわせる。


「女の子が股開いて跳び蹴りなんて、淑女の風上にも置けないねえ」


だがそれにも動じず、マキは空中に防護術式を張る。

防護壁に衝突したダイナは、痛がる素振りすら見せずになおも攻撃をマキ目掛けて放とうと拳を振り上げた。


「ダイナ、もういい。生まれたばかりでのお前ではこれが限界だ」


だが、ここで黒マントはスッと左手を上げると、宙を掃う様な仕草をする。

するとダイナの周りを突如として黒い鉄格子のようなものが覆う。


「いくらS級といえど、生まれたばかりではヒヨコも同然。お前はまだ、この魔女と戦うには早すぎる」


するとダイナを囲んだ鉄格子が、ゆっくりと地面に沈みだした。

まるで底無しの沼に沈んでいくように、ダイナは地面の中へと消えていく。


「ニャ!? ニャ―!!!」


「怯えるなダイナよ。然るべき場所に戻るだけだ、お前は既に我が配下である」


そしてダイナは地面の中へと消えた。

静寂が立ち込める。ダイナがいなくなった途端に、辺りは静かになった。

黒マントと、その前でマキと臥龍が対峙している。


「どの道、今の私のコンディションではお前たち二人を相手取るのは分が悪い。一先ず、今回は臥龍の命を奪うのは諦めることとしよう」


見ると、黒マントの体の震えは徐々に大きくなっている。

これは魔力の枯渇による衰弱現象だ。多くの強力な異能を使いすぎたがゆえに、ガス欠を起こしてしまったのかもしれない。


「らしくないねえ。無尽蔵の魔力を持ち、いつも裏でコソコソ動くアンタにしてはお粗末なやり方だったんじゃないかい?」


「⋯⋯それはお前もだろう、電脳次元の魔女よ。それに、私はまだ完全に傷が癒えてはおらぬ。その上にあれだけ大掛かりな『仕掛け』を用意したのだ。お前たちと対峙するだけの体力は殆ど残っておらん」


黒マントの言葉にピクリと眉を動かすマキ。


「⋯⋯アンタ、まさか⋯⋯」


右手を大きく突き上げる黒マント。

その手には、拳ほどはあろうかという大きな厄石があった。


「実はの所、私が昔作った『S級擬き』の処分に困っていたのだ。今回S級擬きに山宮の生徒共を喰わせた上で、最終的に恐竜型にそやつらを喰わせる予定であったが、ダイナが生まれた今となってはもうどうでも良い。お前たちに、プレゼントしてやろうぞ」


その瞬間、黒マントの手に握られた厄石が黒い瘴気となって、宙に打ち上げられた。

まるでロケット花火ように宙に放物線を描いた瘴気が、森の奥深くの向かい側に落ちていくのをマキは確かに見た。

高笑いをあげる黒マント。それは、邪悪な意味合いを持つ笑いであった。


「今私が打ち上げたのは、S級擬きを覚醒させるためのエネルギーよ!! あ奴が覚醒したら、一週間は殺戮の嵐が収まるまい!!」


血相を変えるマキ。

彼女には黒マントが何をしたのかが分かっていたのだ。


S級擬きとは、A級からS級に進化できなかったいわゆる出来損ないのことだ。

黒マントは過去にもダイナと同様のことを行い、そして失敗してきているのである。

だが出来損ないとはいえ、A級をも超える戦闘力を持つS級擬きは恐ろしい大厄災であることは間違いなかった。


「S級擬きと戦うことを強いられるお前たちの不幸には胸が痛むが、貴様なら問題ないのだろう? そうだろう、臥龍よ!!」


「待ちな!! まだ話は終わっていない!!」


黒マントを引き留めようとするマキ。

鞭をしならせ、黒マント目掛けて彼女は一撃を放つが、突如として目の前に生じた黒い竜巻によって鞭は跳ね返されてしまった。

すると竜巻の中から、黒マントの声が響く。


「次はより強くなったダイナと共に、お前を地獄に送ってやるぞ臥龍!! そして電脳次元の魔女よ。次会うときは、もう容赦はせぬ。十年前のあの時のように、お互いにまた殺し合うことになるだろう」


竜巻の力が徐々に強くなっていく。

それと同時に黒マントの声も少しずつ遠ざかっていく。


「では、さらばだ!!」


森中に響く高笑いと共に、黒い竜巻がゆっくりと宙に立ち昇る。

そして竜巻が消えた時、黒マントの姿はもうどこにもなかった。


「ハア⋯⋯やはり逃げられたかい」


「すみませんマキさん。僕がせめてS級だけでも仕留めていれば⋯⋯」


「気にするこたあないよ。アンタの中にある『本能』が委縮させちまったんだ。それ以上は語るだけ無駄さ⋯⋯」


マキの視線は、もう別の方向へと向けられている。

臥龍の視線もまた同様に同じ方向へと向けられた。


「いろいろ言いたいことはあるけど、まずはS級擬きをぶちのめすのが最優先かね」


「すぐに終わらせましょう。人が集まる前に」


そう言って、日本刀を抜いた臥龍。

だがその時だった。


ズドオオオオオオオオオオオン!!!


凄まじい衝撃が地を揺るがした。

その衝撃に、マキも思わずよろめいてしまうほどの衝撃である。

同時に立ち昇る赤い閃光。それは、黒マントの厄石から放たれた黒い瘴気が着弾した位置とほぼ同じ場所から発生したのを、マキと臥龍は確かに見る。


「何だい!? いくらS級擬きでもここまでの力は⋯⋯」


するとジェットエンジンを起動する臥龍。

フルスロットルで彼は閃光が生じた場所まで直行した。


(今の閃光は⋯⋯!!)


ものの数十秒もしないうちに、現場へ到着した臥龍。

そこには、異常な光景が広がっていた。


衝撃の中心は、木々が何から何まで吹き飛んでいる。

地面も焼け焦げ、一部はまるでマグマのように融解している状態だ。


そして辺りには、黒い霧が風に吹かれて霧散していく様が広がっている。

それは同時に、S級擬きが何らかの理由で撃破されたことを示していた。


「何てこったい⋯⋯S級擬きが跡形もないじゃないか」


臥龍の後ろから声がする。

何時の間にか臥龍に追いついていたマキがそこにいた。


「熱っ! 凄い熱だねえ。まるで火山の火口みたいじゃないかい」


「ええ、だからこそ異様ですね。彼女がここに居るのは」


すると臥龍はある一点を指差した。

それにつられてマキもまた臥龍の指さす先を見る。


「⋯⋯ちょっと待って。これは大問題になるねえ」


「薄々感づいていましたが、やはり彼女は『生き残り』ですね」


爆心地の中心には、そこにいてはいけないはずの人間がいた。

マグマのように煮えたぎった灼熱の中で、素肌のまま横たわる少女が一人。

爆発の熱で制服は吹き飛んでしまったのかもしれない。衣一枚とて身に付けず、生まれた時のままの姿で横たわっているその少女の顔に、臥龍は覚えがあった。


ただ唯一、栗色だった髪の毛が燃えるような赤になっていることを除けば。


「これをDH本部に知られるわけにはいきません。相応の処置が必要になります」


「分かってるよ。後はアタシに任せな」


臥龍は、頭にあるヘルメットを外すとマキに渡した。

ボイスチェンジャー付きのマスクも外すと、現れたのは平凡な顔立ちの少年だ。


少年は、気を失っている少女を感情のない視線で見下ろす。

その少女の名が、若山夏美であることも彼は知っていた。

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