第34話 スカルとの対面

薙ぎ払われる日本刀と共に、大型DBの首が飛ぶ。

そしてそれは、残る最後のDBが討伐された瞬間でもあった。


黒いヘルメットに、体を金属のスーツで覆われた謎の男。

長身で、脱力され尽くした佇まいからは一片の隙も見当たらない。

誰もいない静寂と、森の暗い空間が辺りを静かに包んでいる。


森の奥に男は目を向ける。

男の眼は特別性だ。異能などなくとも暗闇の中で視界が開けている。

そして男は感じていた。この森の奥に『怪物』がいると。


ゆっくりと前に進む男。

するとここで、何かが突然男の行く手を阻んだ。


物体の形としては存在していないが、確かにそこには壁がある。

まるで障壁に邪魔されているかのように、男の体は見えない壁によって森の先に行くことを阻まれていた。


だが男は全く動じる気配を見せない。

コンコンと軽く障壁を叩いた後、掌を障壁に張り付ける。

男は掌の感覚に全神経を集中させる。障壁の中に流れる魔力も、物理的な感触からそれがどれ程の強度を持っているのかも全てが文字通り掌の中にあった。


「砕けろ」


バキン!!という粉砕音が辺りに響く。

カランという乾いた音の後、まるで何かが焼けていくようなシューという音が聞こえて来た。それと同時に、煙のようなものが見えない障壁から立ち昇る。

その煙は高濃度の魔力を秘めているのを男は感じ取っていた。


「小細工はよせ。どうせ私を止められるとは思っていないんだろう?」


足を一歩踏み出す男。

目の前の障壁は完全に消え去っていた。


森の枯れ葉を踏みしめて先に進む男。

いつのまにか彼は手に持っていた日本刀も鞘に戻している。

ブーツのジェットエンジンを起動してそのまま敵陣に突っ込むことも可能ではあったが、その男は敢えてゆっくりと歩きながら進んでいくことを選んだ。


暫く歩いた後、男の前に古びた建物が現れた。

前もって男はその建物のことは調べてある。何十年も前に営業していた旅館の名残であり、今はもう使われていないはずの建物である。

だがその建物からは、チラチラと光が零れていた。


それは、その建物を使う何者かの存在がいることを示している。


「遂に科学で異能を制御出来るようになったのか」


建物に向かって男はそう呼びかける。

だが、反応は無い。辺りには相変わらず静寂が垂れ込めている。


すると、男が続けて言った。


「お前の大事な研究成果を壊しに来た。何もかも全てな」


その時だった。

建物から杖をついた、一人の人影が現れた。


暗闇の中でゆっくりと男に向かって歩いてくるその人影は、足取りもあまりはっきりしておらず、体全体の動きもぎこちない。

だが男はその動きにあまり違和感は感じていなかった。


「久しぶりだな。未だに死んでいなかったとは驚きだ」


「ケケケ⋯お前を殺すまでは絶対に死なぬと決めておる。ワシの肉体をボロボロにしたツケをここで払ってもらうぞ!」


その人物の体は、言うなら異形の風貌だった。

右腕は金属製の義手で、ズボンに隠された足はウィンウィンという機械音が聞こえることから、右腕と同様に義足だ。そして何より異様なのは、顔の半分以上の部位、右目や後頭部の一部、耳や口の半分といった箇所がないのである。

代わりにその部分は機械で造られた代用部品で埋められていたが、それでもその風貌は言うならサイボーグのようなありさまである。


「ワシをこんな姿にし、研究成果もメチャクチャにし、そして遂にはワシの最高傑作まで破壊しに来るとは、やはり貴様は悪魔よ!!」


「お前もお前でやりすぎたんだ。異能研究と言いながら、自分の研究の副産物を利用して市場に多くの不正な異能具をバラまいていたのは知ってるぞ」


「何を言うかこのクズめ。科学の発展には大いなる実験と犠牲が必要なのだよ、貴様もあの女に付き従っているなら知っているだろう!」


「研究過程で何十人もの仲間を『研究成果』の餌にしたのも科学のための犠牲なのか? お前もまた私と同様にクズだな」


「ケケケ⋯⋯彼らは命を捧げるに足る理由で喰われたのよ。 大義もなく、ただ剣を振るうだけの貴様のような殺戮マシーンには我らのことなど一生理解は出来まい!!」


「だからお前は『スカル』と呼ばれるんだ。人間の心を持たない怪物め」


日本刀を抜き放つ男。

だが目の前の男、スカルに怯えるような様子は見られなかった。


その男、スカルはかつて第一研究所の主任研究員だった男だ。

十代の頃から未来を渇望され、迷宮学研究では最高の成果を残して重鎮とまで呼ばれるほどになった男でもある。さらにこの男は異能研究にも精を注ぎ、今の異能教育における基礎を築いた、まさに研究分野のレジェンド。

そんな男が、なぜこんなことになってしまったのだろうか。


「ワシが最後の研究成果をここで匿っているのに気づいたのは、『立地条件』に気づいたからか?」


「ああ。ダンジョンの発生にはブラックミストが大きく関わっているが、アンタが最近別名義で発表した論文に、こんな内容が書いてあったからな」


すると男は、ゆっくりと語り始める。


『ブラックミストは、未だに正体を掴むことの出来ぬ異次元の物質であるが、ダンジョン内において発生するブラックミストの濃度は、地上で発生するブラックミストよりも内包する魔力が数十倍も濃密である。これはDBとブラックミストとの間で『魔力ブースト』の連鎖が起きていることを示している』


すると目の前の男、スカルがニンマリと笑みを浮かべながら言う。


「DBはダンジョン内で発生したブラックミストを吸収して成長するが、ある一定の領域まで成長したDBは、成長する中で最初に吸収したミストの何倍もの魔力密度を持つブラックミストを放出する。これによってダンジョンが成長すればするほど、内包するミストの魔力が増大し、DBが放出した濃密なミストを更に他のDBが吸収することで指数関数的にDBは強く強大になっていく⋯⋯これをワシは『魔力ブースト』と名付けたのよ」


そしてスカルは、両手を広げて大きな声で言い放った。


「そしてブラックミストは森の木々などに囲まれた、潤沢なエネルギーを保有する土地の中で多く発生し、かつ余計な不純物のないピュアで良質なブラックミストを生み出すには、若く豊かなエネルギーを内包する人間を喰ったDBを更に別のDBに喰わせるにするのが最も効率的で早い! 数数多の研究員をDBに喰わせてやっと分かった世紀の大発見よ!」


「⋯⋯だから人里離れたここに研究拠点を構え、山宮学園の生徒が多く集まるこのタイミングでお前が生み出したDB達を解き放った。そして生徒たちをDBに喰わせたところで例の『恐竜型』に生徒を喰ったDBを更に喰わせる。そして恐竜型は⋯⋯」


その瞬間だった。

スカルの持つ杖の頭の部分がパカリと割れると、中から銃口が覗く。


「貴様のせいで計画は狂ったがな!!!」


火を噴く銃口。

その刹那、男の日本刀が薙ぎ払われた。


キン、という音と共に銃弾が弾かれる。

それと同時に、スカルの持つ杖が真っ二つに割れた。

スカルは折れた杖を投げ捨てると、震える足を抑えるようにして立つ。


「ワシはこの魔力ブースト現象を利用して、人工的に作りだしたダンジョンから一体のDBを選抜し、魔力ブーストを用いてそやつを徹底的に育成した! そして計画はあともう少しの所まで来ていたのだ!」


するとスカルは憎々し気に男を睨む。


「ワシの悲願、『S級DB』の人工培養を邪魔した罪は重いぞ!! 当然、お前にはこれから相応の罪の代償を払ってもらう。そう、何もこんなに回りくどいことをせずともよかったのだよ。お前自身がワシの最高傑作、恐竜型の餌になってもらうのだからな!!!」


その瞬間、旅館の建物が物凄い勢いで爆散した。

スカルの高笑いと共に、暗闇から一体の怪物が姿を現すのを男は見る。


体長は二十メートルは下らないだろう。

一歩踏み出すだけで轟く轟音と、クルル⋯⋯という怪物の唸り声が響く。

それは言うなら図鑑で見るT-Rexのような姿である。


「ワシが人工的に作り出した最強のDB、恐竜型の脅威に震えるがいい!! 

お前を殺し、ワシはコイツと世界を変えて見せるぞ、臥龍!!!」


臥龍、それはその男が持つ二つ名である。

五年前、臥龍は目の前に立つ男、スカルを襲撃した。


許可なく違法に作った異能具を売ることで莫大な利益を得ていたスカルは、異能を付加した道具を使って多くの人間を己の部下とし、同時に影で彼らの多くを研究成果である己が生み出したDBの餌にしていた。

かつては大所帯だったスカルの仲間も、もう彼を除いては誰もいない。

そしてスカルは警察でも手に負えない凶悪犯罪者としてDH協会からA級犯罪人の登録を受ける。その結果、影で非人道的な研究を行っていたことが判明したスカルを抹殺するため、DH協会からの命令によって臥龍は研究所に乗り込み、そしてスカルに致命傷を負わせたのである。


「我が忠実なる僕、北野譲二は救いようのない無能だったが最後に良い仕事をした。お前がまさかあの山宮学園に入学したと知った時は驚いたが、ここであの無能を利用して結果的に貴様をここにおびき寄せることに成功したのだからな!」


興奮したスカルは膝をバンバンと叩きながら話を続ける。


「コンプレックスを持っている人間は、ほんの少し傷を癒してやるだけで簡単に懐柔できるから楽なモノよ。ワシの持つ異能グッズの中でも特に質の悪い粗悪品を与えただけで、まるで犬っころのように従順になりおったわ。とはいえ、奴もそろそろ使う理由がなくなってきておるのでな、適当なタイミングで名誉の『餌』になってもらうかのお」


そういうや、ケケケと笑うスカル。

対して臥龍は、何も言わない。


目の前の恐竜型は間違いなくA級クラスだ。

だが迫りくるその脅威は、それでもなお完全には成長しきってはいない。


「だが、まずは貴様が餌になってもらおうか、臥龍よ!!」


すると臥龍はポツリと言った。


「お前は、北野譲二が心に深い傷を負っていたことを知っていたのか?」


するとスカルは顔を大きく歪ませる。

半分が機械になった顔が、醜い笑みに変わっていく。


「ワシが狙うのはそういう『落ちこぼれ』だ。奴らは皆心に大きなコンプレックスを持っているのが手に取るようにわかるから楽なモノよ。中でも特に、山宮のレベル1クラスの連中は非常に扱いやすい。それはワシ自身が若い頃は、レベル5の生徒だったから良く分かるわ、奴らがどれ程あの学校で苦しみ、そして疲れ果てていくのかをな」


恐竜型はもうすぐそこまで迫っている。

恐らくスカルによってそうプログラムされているのだろうが、恐竜型DBは臥龍を敵として捉えており、対してスカルには目もくれない。

臥龍は腰に帯びた短刀をクルクルと片手で回している。


「そもそも、北野が学校を追放される原因になったトラブルはワシが引き起こした物だからのお」


短刀を回す臥龍の手がピタリと止まった。


「落ちこぼれに存在意義などない、そう思う若き日のワシは実に有能じゃった。同じクラスのバカ共にレベル1クラスを煽るよう仕向け、サル未満の知能しかないレベル1の連中は軒並みそれに引っかかりおったわ。所詮あの学校の教師共はレベル5の生徒には何も言えんのは知っておるからな。ゴミ掃除をするのは実に容易かったぞ」


ニヤニヤと笑うスカルの後ろから、恐竜型DBが迫る。


「ワシの素晴らしい策略は、後続の後輩にも無事引き継がれたようでな。それ以降レベル1への迫害は徐々に強まっていったそうじゃ。そしてワシは、そこから生まれた強いコンプレックスを持つサル共を懐柔して、己の僕とする。実に素晴らしい!! これぞ究極の持ちつ持たれつの相互関係というものよ!!」


目の前の恐竜型が、大きな口を開く。

真っ黒い牙が臥龍に向けられ、彼を飲み込まんとするのが見えた。


「だが今そんなことはどうでもいい! 死ね!! 臥龍よ!!」


その瞬間、恐竜型は大きな口で臥龍を捉える。

ビルほどもあろうかという巨体は、そのまま臥龍を飲み込んで⋯⋯


「話を聞くだけ、時間の無駄だったな」


それは一瞬だった。

背の日本刀を光速で抜き放った臥龍は、抜いた日本刀の柄の尾を持つ。

そして刃先をピタリと襲い来る恐竜型の咽頭目掛けて狙いを定めた。


『太刀落とし 第五式』


ズドン!!という、まるで大砲を思わせるような轟音が響く。

それと同時に、まるでスクリューのような軌道を描いた斬撃が、恐竜型の顔面をブチ抜くのをスカルは確かに見た。

捻りを加えた日本刀による刺突は、臥龍の超絶奥義によって大砲の如き破壊力を秘めた対大型DB用の殺戮剣技へと変貌を遂げたのである。


吹き飛ぶ恐竜型DBの顔面を見るスカルの左目は大きく見開かれる。


「スカル、お前に一つ言っておきたいことがある」


気が付いた時、スカルの目の前に臥龍が立っている。

急いで杖の仕込み銃を使おうとするスカルだが、もう杖はない。

臥龍を見るスカルの顔に恐怖の色が映った。


「ま、待て⋯⋯⋯!」


拳を握りしめる臥龍。

ボイスチェンジャーを介した臥龍の声は怒気を含んでいた。


「一回死んで来い!!!」


滅多に感情を表すことない臥龍の怒り。

そして臥龍の鉄拳が、スカルの顔面に叩き込まれた。

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