第32話 健吾、動く

第1ホールでは、残された山宮学園の生徒たちが不安げに外を見つめている。

そしてその横では、大慌てで誰かと連絡を取り合っている生徒が一人。


「はい⋯⋯、一年生が外に出てしまって⋯⋯はい」


涙目で、今にも号泣してしまいそうな様子の元木桃子だった。

その横では、「ヤバいなあ⋯」と呟きながら天を見つめている海野修也もいる。

夏美によって気絶させられた榊原家のボディーガードと、DBの襲撃によって負傷したDHの数名は、桃子によって治療されていたが、特にDBの攻撃を受けたDHの何人かは今すぐ救急隊を呼ばねばならない程に衰弱していた。


「何人かのDHは殉職されました⋯⋯はい、今も一年生の居場所は分かりません」


DBによって殺されてしまったDHも多数いるのは分かっていたが、その正確な人数までは流石に分からない。だが、今の桃子が本当の意味で恐れているのは、勝手に外に出て行った挙句、行方不明になってしまった一年生にあった。


「光城雅樹様と榊原摩耶様も行方不明です。後は仁王子烈、目黒俊彦の両名と、1-5クラス所属の若山夏美と葉島直人が⋯⋯⋯」


その途端、横にいる修也からも聞こえるほどの怒号が電話越しに聞こえて来た。

具体的な言葉までは聞こえなかったが、雅樹と摩耶が行方不明になるなど俄かには受け入れがたいとでもいうような趣旨だろうと、修也は勝手に解釈していた。

対して桃子は、今にも崩れ落ちそうな様子だ。


「はい⋯はい⋯分かっています。責任は彼らを管理する立場にあった私達に⋯⋯」


「そりゃないでしょ。ボディーガード全員気絶させて、DBがウヨウヨいる外に自分から出て行く一年なんて想定してる方がおかしいって」


そんな言葉を漏らす修也。

すると電話が切れたと同時に、桃子はフラフラと後ろによろめいた。


「モモッチ、まずは落ち着きなよ。コーラ飲む?」


崩れかかった桃子の体を後ろから支えると、彼女の意思は一切聞くことなく、彼は彼女の口に手に持っていたコーラを流し込んだ。

桃子の顔は青を通り越して真っ白になっている。低血圧でそのまま気絶してしまいそうな様子だ。


「海野君⋯⋯学園長が大変お怒りだったわ」


数口ほどコーラを飲んだ後、桃子は微かな声で言った。

修也も空になった缶を近くのゴミ箱に投げ捨てると、フウと軽く溜息をつく。


「あのお二人に万が一のことがあったら、相応のことは覚悟しておけ。学園長はそうおっしゃっていたわ⋯⋯」

「あのお二人、ねえ。俺は年下に敬語使うの好きじゃないんだけど」


そう軽口を叩く修也だったが、彼の内心も穏やかではなかった。

先程まで至る所で聞こえていたDBの叫び声や鳴き声が、突如として何一つ聞こえなくなったのは、勇敢にも外に出た彼らの働きによるものかもしれない。

だが同時に桃子と修也の二人は感じていた。


「二人の魔力が明らかに微弱になってる。しかも、今まで感じたことのないような奇妙な魔力のうねりも起きてるんだよね」


「このままでは最悪の事態が起こり得る。そう思って今すぐに応援部隊を呼ぶようには頼んだけど⋯⋯」


すると、桃子が顔を覆う。

それはある種の絶望から来るものだったのかもしれない。


「⋯⋯応援は呼べないって言われた」


「はあ!? 犠牲者が出ていて、あの三大名家の跡取りが行方不明になってるのに応援が呼べない!? 何言ってるんだ!?」


「分からない。光城家と榊原家はDH部隊を編成してこちらに向かっているみたいだけど、DH本部と警察からは一切対応できないと言われたの」


「そんなの一歩間違えれば最大派閥同士の戦争になるレベルだろ! 今、何が起こってるのかマジで分かんねえよ⋯⋯!!」


DHの世界は決して一枚岩ではない。

DH本部と、それにほぼ追従する形で警察が存在しているが、DHの世界ではそれらと相反するような形で、三大名家が存在している。


三つの名家は各々が非常に強力な派閥になっていて、その中でも特に巨大な最大派閥と言われているのが光城家だ。政治、経済、交通、芸能、出版に至るまであらゆる多方面に絶大な影響力を持っている光城家だけに、DH本部もないがしろには出来ず彼らの意向に合わせて動いているのが現状だ。


「しかも今回は光城家に加えて榊原家まで絡んでるのに、DH本部が動かないなんてあり得るのか!?」


「分からない⋯⋯もう私には何も分からない⋯⋯!!」


光城家が最大派閥筆頭なら、榊原家は武力を中心として成り上がった新生派閥だ。

元はダンジョンハンターとして活動を始める以前に存在していた、国防特殊陸軍の総司令だった榊原家初代当主が大成させた一族で、今ではDH本部や警察にも榊原家の関係者が重要なポストに多く就くなど、その存在感は絶大だ。


そして武力を中心として成り上がっただけあって、榊原家の基本スタンスは非常に過激なことでも有名なのだ。報復、暗殺は当たり前、買収や脅迫も含めた非常に過激かつ狡猾な手段の数々で彼らは組織を巨大化させていったと言われている。

ただし、それはあくまで噂であって確固たる証拠があるわけではないのだが。

残念なことに真実を知るであろう人間は皆、この世にいないのが実情だ。


だが、そんな二つの名家の後継ぎになるであろう存在が窮地に陥っているこの状況で、DH本部がまるで動く素振りを見せないのは異常である。

ましてや過激派閥である榊原家に対してこのような態度に出るなど、一連の判断を下した関係者は榊原家から歓迎できない客人が来るのは間違いないレベルだ。


困惑した様子の桃子と修也。

山宮学園からは既に教員が何人か向かったようだが、到着するまでは時間がかかる。

こんな状況では流石の二人もお手上げ状態、と言った様子だ。


だが、ここで一人の生徒が立ち上がった。


「⋯⋯僕、頼れそうな人を一人知っています」


振り返る桃子と修也。

声を上げたのは健吾だった。


「貴方が、中村健吾君ですか?」

「そう、この子がケンちゃん。例のアレだよ」


例のアレ、という表現に少し首を傾げる健吾。

彼はまだ生徒連合団で、次期団員候補に自分の名前が挙がっていることは知らない。


「君はあの子たちに付いていかなかったんだね」


すると健吾は呟くように言う。


「付いていけるものなら付いていきたかったです。でも、僕にそんな力はありませんから⋯⋯」


すると、健吾は携帯を取り出して何処かの誰かに電話を掛け始めた。

暫くの間の後、携帯が繋がったようで彼は話し始める。


「お久しぶりです⋯⋯はい、ちょっとお聞きしたいことがありまして⋯⋯」


相手側の話を聞く間、少しの静寂の間が流れる。

すると健吾の表情が驚きの表情に変わった。


「今すぐに来れるんですか!?」


驚きの声を上げる健吾。

何が何なのか分からない修也と桃子はお互いに顔を見合わせる。


「はい、分かりました。では失礼します」


そして健吾は電話を切った。

すると彼は、修也と桃子に向き直る。


「ダメ元でしたが、力を貸してもらえるそうです」

「そ、それはいいですが、一体どなたなんですか?」


一瞬口を開きかけた健吾だったが、すぐに閉じる。

彼は何となく、ここであの名前を言うべきではないことを察していた。


「先輩方にはお教えできません。ですが、間違いなく助けになる方だと思います」


すると健吾は、外に繋がる通路の扉を開けた。

ヒンヤリと冷たい外気がホールの中を吹き抜ける。


「急いで皆を助けに行きましょう! 今ならまだ間に合います!」

「ちょっと待て! 今外に出たら⋯⋯」


突然に外に出ると言い出した健吾に、修也は慌ててストップを掛けようとする。

しかし、その言葉を遮るようにして健吾は言った。


「僕が助けを求めた人はこう言っていました。『DBの心配をする必要はない。皇帝様と舞姫様が窮地ならそちらの救出を優先しろ』と」


「でも、何でそんなことが⋯⋯⋯」


「その人には答えが分かってるのかもしれません。 少なくとも僕は、その人の言葉に従った方が良いと判断します!」


きっぱりと言ってのける健吾。

それを聞いた桃子と修也は判断に迷っていた。


「⋯⋯どうする?」


「私は反対です。助けを求めた人というのも良く分からないし、素性が分からない上にこの場に居ない人の助言を聞くなんて⋯⋯」


「そう⋯⋯だよな。論理的に考えるなら」


だが、修也には謎の確信があった。

直感に近い形であって、論理的に説明できるような代物ではない。

だが健吾の行動が『最適解に近い』ことを感じ取っていた。


「⋯⋯モモッチごめん。俺はケンちゃんを信じたい」

「!? 海野君、これは遊びじゃないのよ!?」

「分かってる。でも、俺は何かケンちゃんが正しい気がするんだよね」


絶対的な確信があるわけではなかったが、修也にはもう一つ健吾の言葉を信用するにあたって感じていることがあった。


「それに、ケンちゃんは団長に似てる気がしない?」

「え? 私は余りそう思わないけど⋯⋯」

「確かに団長みたいに何でも出来ちゃう万能感は無いけどさ、でもどこか似てるんだよね。俺は今回の件でケンちゃんをテストしたいな」

「テストって⋯⋯例の団員選抜の?」

「これでケンちゃんが正しかったら、志納さんたちを説得するいい材料にもなるじゃん。それに、ここで何もしないよりはマシじゃない?」


少しの間の後、桃子は軽く頷いた。

まだ完全には納得できていないようだったが、ここで燻り続けているよりは良いと考えたのかもしれない。


「⋯⋯私は学校と連絡を取らなければいけないので残りますが、その代わり海野君と中村君は外で一年生たちの救出をお願いします。先生方が何か言ってくるかもしれませんが、私の方で適当に誤魔化して時間を稼ぎますよ」


「おおっ! 真面目なモモッチがそんなことを言うなんて!」


「ヤケクソです。どの道このままでは私たちの責任問題を問われかねませんからね」


すると、桃子が健吾と修也の肩に手を置いた。

途端に二人の目元に魔力が集まると、視野が突然大きく広がっていく。


「視界補助と、夜の暗闇でも良く見えるように異能を付加しました。あまり長くは持たないので、手早く探してきてください」


するとホールの裏口から人の声が聞こえだした。

どうやら山宮学園の関係者がホールに到着したらしい。

一瞬後ろを振り返った桃子。だがすぐに二人の背を押した。


「時間が無いです! 早く行って!」

「分かった!モモッチありがとう!」

「ありがとうございます元木先輩!!」


そして修也と健吾は外に飛び出した。

桃子の視界補助のおかげで、暗闇でもまるで昼間のように外が良く見える。


「ケンちゃんの助っ人さんの言葉信じるよ。さあ行こうぜ!」

「急ぎましょう!」


二人は消えた一年生たちを探すべく、暗い森の中へ足を踏み入れる。


そして、第一ホールから数キロ離れた森の入り口にて、

轟音轟く雷鳴と共に一人の人影が人知れず現れていたのだが、それを見る人は誰もいなかった。

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