第31話 敗北

次々と黒い霧となって消えていくDB達。

まるで無人の荒野を進むかの如く、二人は前へと進んでいく。


DBはひっきりなしに襲い掛かってくるが、それをさも問題ないとでも言うかのように難なく退けていく姿はとても高校一年生とは思えない。

だがそれもそのはず、何故なら彼らは生まれながらに王座に就くことを義務付けられているのだ。


先頭に立つ少女は、手に持つ扇子をゆっくりと宙で振った。

すると襲い来るDB達は、突然にピタリと足を止めていく。

それを見たもうひとりの少年が、後ろから氷の弾丸を雨のように降らして一網打尽にしていく。ものの数秒もしないうちにDBは黒い霧となって爆散していった。


彼らは世代最強の二人にして、近年稀に見る怪物と称される若き才能。

両者ともに日本三大名家に属する光城、榊原の長男、長女として生を受け、幼いころから実戦を伴う、非常に過酷かつ厳格な環境の下で訓練を積んでいる。

中学生になるころには既に並のダンジョンハンターを凌駕する力を持ち、当初は山宮学園へ入学せずに、飛び級で大学に進学することも考えられたが、両家の教育方針に基づいた結果、飛び級はせずに山宮学園に進学することになった。


だが本来なら今すぐに一流大学に進学してもトップを取れたであろう存在だった。


「もうこれで終わりかしら? 随分と歯ごたえのない軍勢だこと」


「油断は禁物だよ榊原さん。まだ、倒し切れていないDBもいるはずだ」


静寂に包まれた空間の中で、光城雅樹と榊原摩耶の二人は注意を張り巡らせる。

敵の気配は感じない。物の気一つない空間は得体の知れない不気味さがある。


「仁王子君と俊彦も頑張ってるようね。辺りのDBの反応が急激に減っていってる」


雅樹もまた神経を尖らせて辺りの散策を行う。

実は雅樹の数少ない苦手分野の一つがいわゆる索敵能力なのだが、幸いここは人気のない森の中だ。外的要因にあまり左右されない分索敵しやすい。


光に関する能力を筆頭にして多くの索敵能力に優れている摩耶にとっては、周りの状況確認など呼吸するのと同じくらいに容易いことだったが、攻撃に特化した性能を持つ雅樹にとっては、これくらいのことでも少々集中が必要だった。

とはいえ、補助器具を使わずに辺りの索敵を行える高校生など、この二人以外にはまず存在しないのもまた事実ではあるのだが。


「ところで、若山さんの気配は感じるかい? 僕にはあまり感じられないんだ」


「あの女の生存確認なんてする必要あるかしら? どの道、私はあの女を無事で合宿から返す気はないわよ?」


榊原家のボディーガードを軒並み気絶させた夏美のことを、摩耶は相当に根に持っているようだ。この調子では、この一件が収まり次第今すぐにでも決闘を始めそうな程に彼女は怒っている。

すると雅樹は軽く溜息をつくと、摩耶を諫めるように彼女の肩に手を置いた。


「今はそんなこと言っている場合じゃない。僕は榊原さんにも、仁王子君にも、目黒君にも、当然若山さんにも無事でいて欲しいんだ。そのために僕はここに居る」


雅樹の眼をジッと見つめる摩耶。

暫くした後、少し視線を伏せ気味にして彼女は頷く。


「私とて、名門榊原家の看板を背負う身。粗相が許される立場じゃないことも分かってるし、それを律するくらいの自制心は持っているつもりよ」


彼女は肩に置かれた雅樹の手を、ゆっくりと肩から放した。


「迂闊な発言だったわね。私が一時の感情に身を任せて暴挙に走ったとお父様がお聞きになったら、きっと悲しまれるでしょう」


それ以上は何も言わず、彼女は手に持つ扇子をパチリと閉じた。

するとその瞬間、周りの空間が僅かに震えたのを雅樹は感じた。

彼はそれが彼女が作り出した異能力、襲い来るDB達の足を止めていた彼女の結界が解除された瞬間であることを察していた。


「まだ未完成だし名前も付けていない技だけど、ある程度の実用の目途はついたわ。

上級のDBに通用するかは分からないけど、これくらいなら問題ないでしょうね」


彼女の試していた技は、異能力としては超高位に属する大技だ。

己の周りの一定の空間を指定し、そこに踏み入った存在の『体感時間』を操作するという超大技にして、危険な技である。

正式な審査を経ているわけではないが、様々な分野に応用できる汎用性の高さとその凶悪性も相まって遂に国内三人目の『S級』判定される可能性もあるほどの技であり、榊原家全員がその完成を心待ちにしていることも彼女は知っていた。


「⋯⋯光城君には今後迷惑を掛けるかもしれないわね。私の一族は光城家を強く意識している節があるし、この技が完全な実用段階に到達したらいよいよ挑発がエスカレートするかもしれないわ」


「国内でS級能力を使えるのはたったの二人だけ。そして光城家でS級能力を使えるのは⋯⋯」


これ以上、雅樹の口からは出なかった。

彼は強い。同世代では敵なしで、18歳以下では断トツトップの成績だ。

自分が他と比べて秀でていることは雅樹も分かっているし、自分の将来が非凡な物になるであろうことも彼は分かっている。光城の看板を背負い、将来は当主になるであろう立場であることも。


「S級異能力の開発は光城家の悲願。いずれは僕も、S級能力の開発を強制させられる日が来るのかな⋯⋯」


するとその時、近くの茂みで何かが動いた。

突然の音に、二人は即座に身構える。


「私の索敵は完璧なはずよ。それをすり抜けるとは⋯⋯!!」


摩耶の感覚では、辺りには誰もいないと感じていたはずだ。

だがしかし、そこには確実に誰かがいる。


「出てきなさい! 出ないならこちらから先制攻撃するわよ!!」


摩耶の直感は、それがDBの類ではないことを察していた。

異能による索敵をすり抜けるには、それに相反する防御能力でカモフラージュするほかに方法はない。だがそれが出来るのは彼らと同じく、異能を使う人間。それも摩耶の索敵能力をも欺くほどの力量の持ち主である。


すると茂みから、ゆっくりと一人の人影が現れた。


「おやおやとんだ邪魔者がいると思いきや、まさかお前たちとは」


全身を黒マントで覆い、顔は見えず、その風貌から性別は判別できない。

声も中性的に変換されているが、姿を見た二人は瞬時に気づいた。


「⋯⋯まさか!」


「信じられない程の汚らわしいエネルギーを感じるわ。身の毛がよだつような⋯⋯」


黒いマントに身を包んだその人物は、見るからに得体の知れない雰囲気を放っている。加えて、体からは悍ましい負の魔力が滲み出ているのを二人は感じていた。


「悪くない察知能力だ、榊原摩耶。神の子である私の全知全能の力を『汚らわしい』などと呼ぶのは癪に障るが今日は気分が良いのでな。殺さずに勘弁しておいてやる」


摩耶の視線がキュッと細められる。それは自分の名が知られていたことに対する動揺か、はたまた目の前の人物から発せられる異常な力が原因か。

だがそれ以上に彼女の隣に居る雅樹の動揺の色は強い。


彼は感じていた。この人物こそ山宮で起きたあの事件に絡んでいるのではないかと。


「⋯⋯北野先生を殺したのは貴方か?」


静かにそう問いかける雅樹の声は、少し震えている。

暫くの間の後、その人物は口を開く。


「であれば、お前は何をするのだ?」


問いに対して、問いで返される返答。

だがそれは暗に、肯定と同義であることを示していることは明白だった。

ゴクリと唾を飲む雅樹。彼は心の中の覚悟を決めた。


「貴方を捕らえます。不法侵入、傷害、そして殺人。貴方がこのまま放っておいて良い存在であるとは思えない!」


だが、それを聞いた目の前の人物は突然体を震わせた。

腹を抱えるように身を縮めたのち、噴き出すような声が聞こえてくる。

そしてそれが、さもバカバカしいことを聞いたかのような嘲りの笑いであることに気づくのにそう時間はかからなかった。


「ハッハッハッ!! 成程、確かに今の私は本来の全開時には遠く及ばぬコンディションであることは間違いない! それこそお前たちのような天才には勝てぬかもしれぬなあ!! ハッハッハッ!!」


闇に響く笑い声は、その人物が言う言葉とは真逆の意味を含んでいることを如実に表している。雅樹を完全に見下し、自分の勝利を微塵も疑っていないのは明らかだった。


「さて、『仕込み』は既に済ませておいたのだが、如何せんアレは中々言うことを聞かぬのでな。お前たち程度の力量なら、途方もなく強力なあの悪魔のようなエネルギーを感じ取ることが出来るのではないかね?」


だが、雅樹も摩耶もこれ以上この人物の言葉に耳を傾ける気は無いようだった。


「私達には貴方の気持ちの悪いオーラしか感じないわよ。意味不明なことを言うのは止めて頂戴。私達はもう貴方にしか興味はないの」


「同じく。これ以上の戯言は警察署でお願いします」


そして二人同時に、内包するエネルギーを増加させる。

目の前の人物は相当な手練れ。手加減する気はさらさらなかった。

だがその人物は、二人の様子にも動じる様子は無い。


「ふむ、確かに言われてみれば森がやたらと静かだ。森が消滅するくらいのことは起こり得ると思っていたが、思わぬ誤算が起きた可能性は否定出来ん。臥龍を滅するにはやはり足りなかったか⋯⋯?」


「意味の分からないことを言うなと言ってるでしょ!!」


その瞬間、摩耶はあの術式を発動させた。

未完成だが、この存在に対抗するにはこれを使う他ないと判断したのだ。


「体感時間を希釈させる結界よ! 貴方は止まりかけた時間に囚われ続けるわ!」


名も無きその結界は体感時間を改変し、一年すらほんの一瞬の僅かな時間と錯覚させる。それはすなわち、その結界に囚われた存在は端から見ればまるで止まった時間の中で永遠に動くことが出来ないように映るのである。

つまり結界に囚われたら最後、身動きできぬまま裁きの時を待つのみなのだ。


(捉えた!!)


一日一回が限度の大技を、連発で使うのは非常に厳しい。

だが、力を振り絞って彼女は結界を発動した。

そしてその結界は完璧に目の前の敵を呑み込んで⋯⋯⋯


「やはり私が直接往こう。どうにも不安だ」


その存在は、何もしなかった。

対抗能力も発動しなかったし、意識することすらなかった。


「そんな⋯⋯⋯!!」


なのに、結界は粉々に砕かれた。

体に触れたその瞬間に跡形もなく、消し飛ばされた。


そして結界が砕かれると同時に、雅樹と摩耶の二人を途轍もない圧力が襲った。


「「ヴッ⋯⋯!!」」


宙に飛ばされる二人。そして地面に叩きつけられる。

二人は、自らを襲った謎の攻撃が『空気銃エアライフル』だと気づくことは無かった。

そもそも空気銃は、空気を圧縮してピストルの弾のようにする異能だ。だがこの時二人を襲ったのは、まるで何メートルもある鉛の弾をぶつけられたかのような、それこそ大砲のようなパワーの空気の塊だった。


「おっと、どうやら私の内包する魔力が、貴様の妙な異能を無効化してしまったようだな。なに、気に病む事は無い、私の神の如き力の前では皆等しく平等なのだから」


地面に倒れる雅樹と摩耶を一瞥した後、その場を立ち去る黒マント。


「ま⋯⋯て⋯⋯」


立ち去る姿を追いかけようと、再び立ち上がりかける雅樹。

摩耶はもう動けない。落下の衝撃と魔力の枯渇で行動不能だった。

雅樹の方も落下の際に足を負傷している。だがそれでも彼は立った。


「僕と⋯⋯戦え!」


足を止める黒マント。

振り返り、何ということもなげにそれは言った。


「⋯⋯神は暇ではない」


その瞬間、雅樹に巨大な空気の塊が直撃した。

空高く吹き飛ばされる雅樹と、最早それを見すらしない黒マント。


そして森の茂みに墜落する雅樹。

だがその時にはもう、黒マントの姿はどこにもなかった。

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