第30話 俊彦、覚醒

「おうらあああああッッ!!!」


野太い咆哮と共に、丸太のような腕がDBに振り下ろされる。

防護術式で腕を強化したその男のパンチは、下級DB程度ならペチャンコに押しつぶしてしまう破壊力を秘めていた。


「オラオラオラア!! その程度かよつまんねえなあ!!」


「仁王子さあん!! ちょっとペース落としてくださいよお!!」


目の前のDBが三体纏めて吹き飛ばされるのを見ながら、烈の肩に掴まっている俊彦が絶叫する。とはいえ、彼もまたDB撃破に大きな貢献を果たしていた。

彼は己の魔眼の力を利用して、彼は近づいてくるDB達に幻覚を見せていた。

これによって、DB達は目の前に迫りくる烈の攻撃を躱すことが出来ずにいるのである。大振りであるがゆえに攻撃のモーションを野生の勘で盗まれやすい烈の弱点を完璧に補う、俊彦の最高のアシストだ。


「さてと、この辺りの敵は全部潰したか?」

「ええと、森の奥にまだたくさんいるかもしれないです⋯」

「それはありがてえな。この程度じゃ準備運動にもならないと思っていたところだ」


ウエッ!?と奇妙な叫び声をあげる俊彦。

息も荒い俊彦の様子を見るに、ガス欠寸前なのかもしれない。


「なんだ、もう限界か? 貧弱すぎるぞ」


「そ⋯そんなことないです! まだまだやれます!」


そういって、魔眼を再度解放しようとする俊彦。

俊彦の瞳孔が一瞬蒼く輝き魔力を発するが、蒼の輝きが今度は点滅している。

魔力の揺れも酷く、明らかに解放が上手く行っていないのが分かる。


「ううっ⋯何でこんな時に⋯」


俊彦は代々優秀なダンジョンハンターを生み出してきた目黒一族の末っ子で、魔眼を持って生まれてきたその瞬間から、彼が持つ天性の魔眼の性能を損なうことがないように徹底した管理を受けてきた身だ。

専門家チームの作ったカリキュラムに準拠した訓練を受け、それにほんの少しでもそぐわぬ行動をとることなど、何があっても許されなかった。魔眼の使用回数も厳しく制限され、眼を摩耗しないように一時は眼帯の装着を義務とされていたほどなのだ。


『眼の輝きが点滅したら、絶対に魔眼をそれ以上使ってはなりません。魔眼の点滅は過剰暴走オーバーヒートの兆候であり、貴方の稀有な才能が未来永劫失われる原因にもなり得るのです』


昔、魔眼を研究する大学教授から言われた言葉が思い起こされる。

それ以降俊彦は魔眼を使うことを極力控え、摩耗しないことを第一にした訓練を受け続けてきた。


「すみません仁王子さん⋯これ以上はもう魔眼を使えません」


絞り出すように、俊彦は烈に言う。

これ以上は魔眼を使えないという現実を、溢れ出る申し訳なさと共に。

すると仁王子は言った。


「何で使えねえんだ? それがお前の限界か?」


「⋯⋯え?」


「魔眼がそれ以上使えねえって、それはお前が決めたことなのか?」


「これ以上使ったら、オーバーヒートすると言われたんです。そうなったら、僕の持つ魔眼の性能が失われる可能性があると⋯⋯」


すると、仁王子はケッと舌打ちする。


「魔眼、魔眼、魔眼、ってよお。お前の存在理由は魔眼だけか?」


ウッ、と息が詰まる俊彦。

心臓がバクバクと音を立てる。だがこれは魔眼の疲労によるものではないのは分かっていた。


「俺はお前の力はそんなもんじゃねえと思ってるぜ。お前を縛っているのが何なのかは知らねえが、そんなんじゃお前の言う魔眼の性能って奴も一生開花しないままなんじゃねえのか?」


「で、でもこれは専門家の人が何年も研究した結果に基づいた方針で⋯⋯⋯」


「じゃあそいつらは魔眼を持ってんのか? オーバーヒートした経験があるのか? 結局は大して魔眼を知りもしねえ頭でっかちが、それらしいこと言って誤魔化してるだけなんじゃねえのか?」


「そんなこと言っても⋯⋯⋯」


だがこれ以上は時間の無駄だと烈は判断したようだ。

俊彦の頭を親指で軽く小突くと、顎で森の奥に注意を促す。


「魔眼が使えねえなら、異能で援護しろ。俺もここからは本気出すからよ」


すると、烈の魔力が爆発的に増加し始めた。

そして彼の肌の色が少しずつ青銅せいどう色に変わっていく。

烈は遂に最強の武器、固有スキルである青銅の騎士を発動することを決めたのだ。


「あのヤロウにボコられてから、ほんの少しだけ修行してやったぜ。そのおかげで、俺様の今の青銅の騎士の発動時間は、前の倍以上に延びてるがな!」


あの後烈は己の非効率なエネルギー配分を根本から見直すため、とある人間の元で修行を積んだ。その結果として今までは力を無尽蔵に垂れ流すだけだったのを、ある程度は制御することが可能になったのである。

それを見て驚嘆した俊彦はポツリと呟く。


「あの青銅の騎士が、こんな短時間でここまで進化するなんて⋯⋯」


すると、烈が俊彦に言った。


「お前も同じなんじゃねえのか? 限界を超えたことない奴が、自分の限界がどうとか言ってんじゃねえよ。俺にはお前の魔眼の声が聞こえるぜ。『まだ戦える』って言ってるテメエの相棒の声が聞こえねえのか?」


「まだ⋯戦える?」


魔眼の点滅は更に激しくなってきている。

同時に、眼にキリリと突き刺すような痛みも生じ始めた。


「僕の眼は⋯⋯まだ戦えるの?」


すると藪から大きな体躯をしたDBが姿を現した。

特殊能力こそないが、パワーが他の個体の数倍はある大型種だ。

クワガタのような形をして、大きなアゴを持っている。


「俺の青銅の騎士が、この程度の虫けらに負けるかよ!!」


大きく跳躍する烈。

両手を合わせ、宙で一回転しながら彼は渾身のパンチを放つ。

青銅の鎧から放たれる渾身の一撃は、DBの固い体殻を粉々に粉砕した。


グギギ⋯⋯と苦し気な呻き声を上げるDB。

固い殻の隙間から、DBの心臓が僅かに見えたのを俊彦は見た。


「今だ俊彦!! 心臓を射抜け!!」


だがその時、烈が跳ね飛ばしたDBの体殻の欠片が俊彦の右目に入る。

それほど大きくない殻だったが、俊彦の右目に入るのとほぼ同時に殻は黒い霧になって消えてしまったようだ。


「いつッ!!」


手を開き、魔力を集中させる俊彦。

右目は激しく痛むが、俊彦は左目だけでDBに狙いを定める。

放つ異能力は空気銃エアライフル、彼の得意な異能力であり磨き上げられたその精度はミリ単位での狙撃を可能にしている。

俊彦は見え隠れするDBの心臓目掛けて狙いを定めた。


だが、異変はその時起きた。


「う、うあああああああっ!!??」


瞼を閉じることすらままならない熱と共に、チカチカと視界が虹色に点滅する。

突然彼の魔眼の色が澄み切った蒼から、燃えるような赤へと変わった。

そして、体中から魔力が吸収されていくのを俊彦は感じていた。


「どうした俊彦!?」


「僕の魔眼が⋯⋯暴走しています!! 何で!? 今までこんなことなかったのに!!」


魔力を吸収し始めたのは、DBの殻が入った俊彦の右目だ。

徐々に蒼に戻っていく左目とは対称的に、右目はまるで血のようなドス黒い色味を帯びた赤色へと変色していく。


「熱い!! 仁王子さん助けて!!」


突如として生じた俊彦の異変。

だが烈の方も、俊彦に構う余裕はなくなっていた。


唯一生じた隙を仕留められなかった中、DBは突如としてスピードを大幅に上昇させたのだ。それは強力な防御壁の役割を成す体殻が、同時にDBのスピードを大きく損なう拘束具の役割も成していることが原因である。

それが砕かれたということは、DBは今までの比にならない程の速度で牙を剥いてくるということなのだ。


天性の勘で、青銅の騎士の強度を大幅に上げる烈。

魔力削減のために下げていた装甲の強度を上げた決断は、知識によるものではなくこれら一連の出来事を、本能に近い形で理解したからだろう。


その瞬間、DBの巨大な上アゴが烈の胴を捉えた。

クワガタの巨大なアゴが、青銅の騎士を纏う烈の胴をホールドする。


「ウグッ!!!」


死に際の馬鹿力と言うべきか、恐るべき力で烈の胴を切り刻まんとするDB。

手で何とか間を開けようともがく烈だが、完全にホールドされてしまった状態では流石の青銅の騎士でも、抜け出すことは困難だった。


「俊彦ッ⋯⋯!! テメエ早く何とかしろッツ!!」


異能で撃退しようにも、全ての魔力が青銅の騎士の装甲につぎ込まれている状況ではもう烈から出来ることは何もない。

それは暗に仁王子烈に残された命が、ただでさえ燃費の悪い青銅の騎士の装甲が消滅するまでの時間しか残されていないことを示していた。


そして俊彦もまた魔眼の暴走によって異能力を失っている。

右目から生じる恐ろしい熱に悶え苦しむ俊彦は、目の前で烈が窮地に陥っていることをぼやける視界の片隅で捉えていた。


(仁王子さん!! このままじゃ⋯⋯!!)


異能は使えない。であるなら、残された道はただ一つ。

極限状態で暴走した魔眼の力に頼るしかない。


『貴方の稀有な才能が未来永劫失われる原因にもなり得るのです』


刹那、意識に蘇るあの言葉。

無理をすれば、もうこの魔眼は使えなくなるかもしれない。

そうしたら、自分の未来はどうなるのだろうか?


耐えがたい苦しみの中で、俊彦は悩む。

目の前で窮地に立つ命と、窮地に立つ己の眼。

どちらを選べばいい? 正解とは?


右目に血の涙が浮かぶ。

何が正しいんだ? いっそ逃げ出したい!


だがその時、烈の叫び声が聞こえて来た。


「俊彦オオオオオオオオオオッッ!!!」


顔を上げる俊彦。

そこには窮地でもなお、もがき戦い抜こうとする烈の姿があった。


そこで、彼は気づいた。


「⋯⋯越えればいいんだ」


単純な話だった。

自分が為すべきことは簡単だった。


「僕は、限界を超える!!!!」


その瞬間、彼は右目を見開いた。

何故左目ではなかったのかは分からない。ただ、彼の内に秘める本能がそう言っていたのかもしれない。


不思議と眼の熱はもう気にならなかった。

ただ全ては、目の前の命を助けるために。

その技の名前は、使ったことがなくとも知っていた。


天霧染あまのきりぞめ


血のように赤い霧が辺りを覆う。

突如として現れた霧は、渦を巻くようにしてDBと烈の周りを囲んでいき、そして赤い霧が二人の姿を覆うようにして完全に隠していく。

その瞬間、烈は己の胴を掴むアゴの圧力が消滅したのを感じ取った。


霧隠きりがくし


そして霧が晴れた時⋯⋯⋯


「⋯⋯⋯やった」


DBは影も形もなく消えていた。

残された烈は、何が起きたのか理解できず困惑している。


「お母さん⋯⋯僕、やったよ」


「おい、今お前何やったんだ!?」


だが、それに対する応答は無かった。

力を使い果たした俊彦は、力無く崩れ落ちる。

彼はその場で意識を完全に失っていた。

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