第17話 青銅の騎士

直人たちは、バーの奥へと入っていく。

バーの奥を見ると、そこにはやや困り顔のマキと、身長二メートルはあろうかという大きな男が一人、席に座っていた。


「来てくれて助かるよ。この子山宮の生徒だろ? 早く適当なところに連れて行って欲しいんだけどね」


確かに山宮の制服は着ている。

だが、直人は一度も見たことがない生徒だ。

すると、後ろにいた光城雅樹が唐突に驚きの声を上げる。


「君、仁王子君かい!?」


すると、巨大な大男がゆっくりとこちらを向いた。

厳つい顔に、筋肉質な体。一目見て相当な猛者と分かる圧倒的な存在感を放っている。何も言わないが、あまり機嫌は良くないようだ。


「こんな所で何をしているんだ、仁王子君。一度も学校には来ないし、皆だって心配して・・・・」

「嘘は良くないわ光城君。元々、こういう人だっていうのはみんな知っているでしょう」


光城雅樹のそんな発言を、一刀で切り捨てる榊原摩耶を、横にいる俊彦はハラハラした顔で見ている。

すると、仁王子と呼ばれた大男がゆっくりと口を開いた。


「・・・クソみてえな場所で、チマチマつまんねえお勉強してるテメエらの方がアホじゃねえのか?」

「なっ・・・・・!?」

「そうだろ皇帝さんよお。強い奴なんてあの学校には一人もいねえよ、テメエらも含めてな。点数稼ぎして皇帝とか言われて、満足してるお前らみたいな小物と一緒にされたくねえよ」


流石の雅樹もその言葉にはムッとした表情を見せる。

唐突に、雅樹をボロクソに糾弾し始めた仁王子に割って入ったのはマキだ。


「喧嘩はよしておくれよ。しかし、仁王子君だったっけ? 随分と自分の力に自信を持っているようじゃないか」

「当たり前だ。俺は『青銅の騎士』だからな」


それは、己の力に絶対的な自信があるからこその発言だったのかもしれない。

『青銅の騎士』それは仁王子を語る上で絶対に欠かせない二つ名だ。


「俺はな、人生で一度も負けたことがねえんだよ。数えきれないくらい、壊したし、奪ったぜ。誰の言うことも聞かねえし、俺より弱い奴に従う理由もねえな」

「成程・・・君は強いんだね」


すると、それを聞いた摩耶も僅かに頷く。


「まあ、強いことだけは認めるわ。そいつは、『強さ』だけで山宮学園への入学を許可されたんだから。私達とはまた別種の人間ね」

「偉そうに言うな、クソ女が。どの道、お前も弱いことに変わりねえよ」


その時だった。

カウンターで座っていたマキが、僅かにニヤリと笑う。


「つまり・・・君は強い人と戦いたいんだね?」

「そうだ。ここに来たのも、アンタがあの伝説の戦士について知っていると聞いたから来ただけだからな」

「もしかして、直人君のお連れさんも似たような理由かな?」


伝説の戦士。

それが誰のことを言っているのかは、言外に伝わっている。


「皆の憧れ、人類最強のDH。残した戦果は数知れず、生涯無敗にして人類史に残る唯一のS級DB単独撃破者。あの戦士について、君たちは知りたいと?」


すると、マキはゆっくりとバーの向こうのドアを開けた。

そしてドアの奥をクイっと親指で指さす。


「来な。アンタ達に見せたいものがある」


そう言うと、マキはドアの奥へと入っていった。

席を立った仁王子と、雅樹、摩耶、俊彦、そして直人も後に続く。

真っ暗な道は足元も殆ど見えない程暗く、思いのほか湿気が多い。


そんな中、歩き始めて少し経った頃マキはある地点で止まった。

目の前には、若干薄汚れた扉がある。

その扉は開けるのに電子キーが必要で、分厚い二重構造の扉になっていた。


マキは、扉に手を翳す。

すると、横のランプが赤から緑に変わり、カチッと扉から音がした。


「ここは、普段誰にも見せない場所だけど、君たちは特別に見せてあげるよ」


扉がゆっくりと開くと、そこには巨大な広い空間があった。

高さ五十メートル、横幅と奥行きは二百メートルくらいあるかもしれない。

見ると、空間の圧倒的な広さに気圧されて、俊彦は腰を抜かしていた。


「な、な、何ですかこの広い部屋!?」

「臥龍御用達の訓練場さ。アイツは獲得賞金を使ってこれを作ったんだよ。ホントこれが出来るまでは大変だったからね・・・・いろんな意味で」

「凄いな・・・僕の家にもここまで広い室内訓練場はないよ」

「私の家にもないわね。流石、臥龍様だわ」


だが、仁王子だけはさも不満げにマキのことを睨みつけている。


「それで、デカい部屋見せて終わりってか? 冗談キツイぜババアよお。俺はこんなモン見るために来たんじゃねえよ」


途端に、ピタッとマキの動きが止まる。

ヤバい。後ろで直人は危険を察知した。


これでも、マキは三十前半だ。結婚やら何やらで、年齢関係には少々彼女は敏感になっている。

すると、マキは低い声でフフッと笑う。


「アタシがそんな無意味なことをする人間に見えるかい?勿論、アンタには相応のアトラクションを用意してるさ。今日一日の営業妨害で、店は結構な損害を受けてるんでねえ」


すると、マキは暗い笑みを浮かべて仁王子の前に立つ。


「確かに、アタシが頼めば『臥龍』はここに来て、かつアンタと戦ってくれるだろうさ。でも、それは無理な話だよ。アンタはまだ旅を始めたばかりの旅人、いきなりラスボスとは戦えないし、レベル上げもしていないアンタみたいな雑魚じゃ瞬殺されるのがオチさ」

「テメエ・・・俺が弱いって言うのか?」

「そう解釈したけりゃ勝手にしな。どの道、あんたがアンタじゃ話にならないのは確かなんだから」


不思議と、直人はこの先の展開を察していた。

彼女がこういう場面で、一体どんな発言をするのか、彼は理解していた。


「臥龍に挑戦するにはアンタはハッキリ言って弱すぎるんだよ。だからこそ、アンタにピッタリな対戦相手を、今ここに用意したんじゃないか」

「対戦相手・・・だと?」

「そう、異能に恵まれて増長したアンタの鼻をへし折ってくれる、絶好の対戦相手だよ。そうだろ? 直人!!」


分かっていた。彼は全部分かっていたのだ。

マキをババアと呼んだ時点で、彼女の怒りのボルテージが十倍近く跳ねあがったのも、長い付き合いだからこそ全て察していた。

そして、傲慢かつ無知な男に『制裁』を加えたがることも分かっていた。


「紹介するよ。コイツは直人、山宮学園1-5クラス所属の凄腕戦士だよ」


直人はゆっくり仁王子の前に出る。


「何だコイツ? 弱そうだな」

「見た目で判断しない方が良いよ。直人は見た目に似合わず相当強いからねえ」

「ほう・・・俺の『青銅の騎士』をコイツなら破れると?」

「それが、アンタの固有スキルなのかい? 勿論、破れるだろうねえ」


すると今度は、マキが直人の方へ歩み寄ってくる。

その瞬間、直人の頭の中にマキの声が直接飛び込んできた。


(あの、ロクでなしクソ野郎をボコボコにしてやってよ。アンタなら、小指だけでも出来るだろ?)

(わざわざ、テレパシー使わなくても口で言えばいいじゃないですか。大体、何で急にこんなことに・・・・)

(最初は、この訓練場見せて『大きいでしょ? 凄いよね』で終わらせるつもりだったんだけどねえ。恨むなら、余計なこと言ったあのクソガキを恨みな)

(・・・・やっぱり、その場の思いつきだったんじゃないですか)

「ちょ、ちょっと待ってください!」


だが、それに異議を唱えたのは後ろにいた雅樹だった。

大慌てでマキの元へ駆け寄った雅樹は、彼女に訴える。


「仁王子君は危険です! いくら何でも、彼とタイマンなんて直人君がタダで済むとは思えません!」

「ああ、いいよ君は引っ込んでな。むしろ心配するなら、そこのデカブツのことを心配したほうがいいよ」


だが、マキは雅樹の言葉に耳を貸さない。

見れば、直人も仁王子も制服のブレザーを脱いで既に臨戦態勢だ。

最後の望みとばかりに、雅樹は後ろの摩耶の方を振り返る。

だが、当の摩耶は涼しい顔だ。


「慌てる必要はないんじゃないかしら。最悪のことが起こりそうなときは、私達で彼の救出を優先すれば良いと思うし。それに・・・・」

「・・・・? それに?」

「・・・直人君、と言ってたわね。もしかして、彼の苗字は『ハジマ』じゃないのかしら?」


彼女は、一か月前のことを思い出していた。

入学式のパフォーマンスをするために光学迷彩の練習をしていたのを、体育館裏で寝転んでいた謎の少年に見破られた。

出来は最高クラスだったはずだ。少なくとも、光系統の異能力に余程精通したDHでもなければ存在を感じることすら難しいほどに。


しかし、まるでごく当たり前のように見破られてしまった。


「個人的に、彼にはちょっと興味があるの。もし、彼が私の光学迷彩を見破った 『ハジマ』なら、なおさらにね」

「で、でもさっき彼の所属しているクラスは・・・・」

「1-5クラスだったわね。でも、今それを論じることに意味はあるのかしら?」


二人は、既に向かい合って戦う準備を終えている。


標準体型かつ、パッとしない顔つきの直人。

片や二メートルを超える巨体と、圧倒的な威圧感を放つ仁王子。


「目黒君だったら、どちらが勝つと思う?」

「ど、どちらも何も、これ直人さん下手したら死んじゃうんじゃ・・・」


仁王子の強さを既に知っている俊彦は早くも、スプラッタな光景を見たくないと思ってか、顔を覆っている。


「そう、そうね・・・そのはずなんだけど・・・」

「・・・? 榊原さん?」


彼女は違和感を感じていた。

これでも彼女はある程度の実戦を経験し、戦いに関しては多少場慣れしている。

そのせいか、彼女は対戦相手の雰囲気を敏感に感じ取ることが出来た。


戦場でのタイマンは、『狩る側』と『狩られる側』に分かれるというのが、彼女が一つの理論として考えていることだ。

そういう意味では、仁王子はまさに『狩る側』の典型。いや、狩るために生まれてきたと言っても過言ではないだろう。


彼を前にした人間は皆委縮し、『狩られる側』に成り下がる。

摩耶自身も、自分の力をある程度認識しているとはいえ彼と対峙した時に捕食する側になれるかと聞かれれば、自信を持って首を縦には振れなかった。


なのに、なぜだろうか。

なぜ、彼女は『彼』に恐怖しているのだろうか。


なぜ直人から、あれほどまでの『狩る側』のオーラが放たれているのか、

摩耶には理解することが出来なかった。

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