第15話 主任の誤算

ここは、山宮学園一般校舎のとある会議室。

そこにいたのは、四人の教師たちだった。


「波動先生。今回の件がいかに重大か理解されているのですか?」

「はい、勿論承知しております。特殊訓練中の一件は全て私に責任に・・・・」

「勿論それもありますが、この一か月間の流れは近年稀に見る『誤算続き』なのですよ? そもそも、私が特殊訓練に1-5クラスの人間の参加を許可したのは、1-1クラスの生徒のレベルの高さを見ることで、少しでも自分自身の力の自信を失わせるための措置ですよ? それがまさかこんな結果になるとは!」


そう話すのは、一学年主任の北野譲二だ。

その横で頭を下げるのは、1-1クラス担当の波動はどう義久よしひさである。


「工藤先生。貴方にも少々お話ししなければなりませんね。レベル1クラスに要求されている『使命』をお忘れになったのですかな?」

「・・・・私は何度も言ったはずです。実力主義を謳う山宮において、あのような不平等極まりないやり方は見直すべきだと」


眼光鋭くそう言い放つのは、1-5クラス担任の工藤雪波だ。

しかし、その返事を北野は気に入らなかったようで、北野の目がどんどん細くなる。


「お忘れになったとは言わせませんよ工藤先生。貴方はあくまでクラスが崩壊しないギリギリの所を受け持つ『モチベーター』であり、彼らを教え、導くなどと言う大層なモノは求めていない、いや、そもそもする必要などないんです」

「私は教師です。生徒を教えるのは当たり前で・・・・・」


彼女の言葉は、北野のドン!という激しく机を叩く音で掻き消された。


「特に、若山夏美! 彼女はレベル1クラスの存在理由を根本から覆そうとしている! 中村健吾も大概ですが、彼女に比べればまだマシだ! 何ども言ったはずですよ工藤先生! あのクラスは大いなる才能のための『生贄』だと!」


だが、その横にいた一人の男性が口を開く。


「いい加減認めてあげた方がいいんじゃないですかねえ、北野先生。僕は、若山さんは面白い存在だと思ってますよ。最も、今までの風習からすれば良くも悪くも目立つ子ではあると思いますがねえ」


会議中にも関わらず、盛大にタバコをふかしながらそう言うのは1-3クラス担当の大吹おおぶきひろしだ。


「北野先生のおっしゃりたいことも分からなくはないんですよお。上の子たちを焚き付ける一方で、半ば『見せしめ』のような形の存在を作って、更なるモチベーションアップに繋げたいという考えはね」


たが、咥えていたタバコを灰皿に押し付けながら、大吹は静かに続ける。


「しかし、その結果がここ近年の1-5クラスの壊滅的なクラス状況なのではないですかねえ。ただでさえ今年は一風変わった子たちが多いのに、今までのやり方じゃあむしろ展開が悪くなることも十分に考えられるってもんでしょう」


「・・・・それでもです。大きな才能を育てるには、それに伴う犠牲が必ず必要になってくるのですよ。それは長年の結果がすべて物語っています。若山夏美に関しては異端分子と一括りにするのも危険なほどに力がある・・・・彼女だけは何としても止めなければならないのですよ」


波動は心の中で迷っていた。

実はどちらかと言えば、彼も考え方は北野と似ている。

しかし、一か月前に見た若山夏美の姿は波動の脳裏に焼き付いている。

魔眼暴走事件で、波動は圧倒的劣勢の中でも立ち上がる夏美の姿にある種の才能を感じていたのだ。

彼は静かに右手を上げた。


「波動先生。何かおっしゃりたいことでも?」


中指で、眼鏡を軽く押し上げながら波動は言った。


「彼女を1-1クラスに編入させるべきではないでしょうか? 実力は疑いようがありませんし、今すぐにも実戦練習に・・・・」


だが、彼の言葉は途中で止まった。

それに異を唱えた人物がいたからだ。


「ダメだ、波動。彼女はレベル1クラスからは出せん」


そう主張したのは、1-5担任の工藤雪波だった。


「若山がまだ実力の底を見せていないのは明白だ。学力面は兎も角、彼女に関しては異能が余りにも得体が知れん。それに・・・・」


間を少し開けた後、雪波は言った。


「お前のクラスに、榊原の分家の長女がいたはずだが、彼女との関係で少し興味深い事実が分かってな・・・・」


雪波は波動に近づくと、耳元で何かを告げる。

すると、それを聞いた波動の目が一回り大きくなり、驚きの表情に変わった。


「何と・・・それでは・・・・」

「ムリ、とまでは言わんが厳しいだろうな。レベル5クラスに相当する実力があるのは承知しているが、彼女を取り巻く環境には色々と疑わしい部分も多い。ただでさえ、微妙な関係で成り立っているお前のクラスの人間関係が、彼女を中心にして崩壊することも可能性としてあり得なくはないと思うぞ」


だが、ここで北野が二人の話に割って入る。


「詳しい事情はどうでも良いのです。問題は、レベル1が近年稀に見る躍進を続けているということですよ。彼女を押さえる方法を考えて頂きたいのですがね」


しかしながら、誰も二の句を告げられない。

それもある意味当然だ。何故なら、この一か月で若山夏美の実力も名前も、簡単には抑えきれないほどに広まってしまったのだから。


「結局、学力面も優秀ですし、異能力指数はとっくに高校レベルを超えていますしねえ。抑えるも何も、これじゃ抑える側が逆に抑えられてしまいそうですねえ」


そう言って、ハッハッハッと笑う大吹。

それを横目に、切り出したのは工藤だった。


「ならいっそ、三年生の実地訓練に連れて行けば良いのでは? 確かあれは一か月の長丁場ですし、規定では二年生以下でも手続きを踏めば参加できたはずですが」


それを聞いた、その他三人は一応に顔を見合わせる。


三年生の実地訓練とは、6月の初めから終わりまで山宮所有の別荘で行われる実地訓練のことだ。

ある程度実力を認められた生徒であれば参加を見送ることは出来るが、その他の生徒は全員参加を義務付けられている。


「確か、今年の三年生は八重樫君と星野さんが欠席だったよねえ」

「あと、志納もだ。代わりに海野と元木が二年生ながら参加するようだがな」

「海野君と元木さんですか・・・・なら、彼らも纏めて合宿に送るべきでは?」


ここで一つ、提案したのは波動だった。


「1-1からは光城雅樹と榊原摩耶が参加しますが、いっそ若山と一緒に中村健吾も合宿に行かせるべきではないでしょうか?」

「・・・・? 何故だ、波動? 流石に中村の実力では実地訓練は厳しいのではないかと思うが・・・・」

「工藤先生はご存知ないのですか? 生徒連の八重樫団長が、中村君を団員に呼びたいと言っているようですが・・・・」


会議室が凍り付いた。

北野の目が、信じがたい物を見るような目つきになっている。

流石の雪波や大吹もこれには驚いたようで、二人同時に席から立ち上がる。


「八重樫は本気で言っているのか!?」

「いいねえ若いっていうのはねえ。発想が柔軟ですよお」

「・・・・まさか、主任である私がそれを許可すると、八重樫君は本気で思っているのですか?」

「彼ならやりかねないでしょう。決めたことには忠実な男ですから」

「成程・・・つまり波動は、合宿に来る海野と元木に中村の資質を見てもらおうと考えているのだな?」


雪波の言葉に波動は軽く頷く。

だが、北野の表情は極めて厳しい。到底首を縦に振りそうもない。

が、彼の口から出たのは意外な言葉だった。


「・・・・分かりました。中村君の実地訓練同行を許可します」


意外なことに、まさかの一発OKだった。


「へえ、意外ですねえ北野先生。てっきり許可されないかと思いましたけど」

「ただし!!」


そう言うと、北野は立ち上がり、波動の前に立つ。


「・・・・主任命令です。1-5クラスから、もう一人生徒を同行させましょう」

「? 誰ですか?」

「葉島君。葉島直人君ですよ。確か彼も特殊訓練に参加していましたね?」


突然の予期せぬ名前に、会議室には微妙な空気が流れる。

意外な選出に、波動は一瞬戸惑いの表情を浮かべた。


「しかし、彼のレベルでは実地訓練に対応できないのでは? 確か、中村君よりも成績は下だったと思いますが・・・・」

「いえいえ、問題ありませんよ。彼が付いていけないようであれば、海野君か元木君に対処してもらえるように取り計らいますから」

「意味が分かりません。クラス担任として、彼は行くべきではないと思いますが」


だが、北野はこれ以上何も言わなかった。


「葉島君の実地訓練同行。これは絶対条件ですよ。八重樫君にはそう伝えておいてくださいね」


それだけ言うと、北野は会議室を出て行ってしまった。


「・・・・意味が分からないねえ。彼を連れていく理由なんてないと思うけど」

「同感だ、主任は何を考えているのか・・・・」


その時、波動の脳裏にある光景がフラッシュバックした。


「そういえば・・・・あの時・・・・」


波動は何かを思い出した。

俊彦の魔眼が暴走した時の、あの不可解な現象のことだ。


彼は思い出した。

全員が逃げ惑う中、誰かが「何か」をしたのだ。

キラリと光る閃光と共に、怪物が割れたのを波動は確かに見ていた。

が、それをした本人の顔は何故か全く思い出せない。


(・・・いや、まさかな・・・・)


それでも、波動は思い違いだと自分を納得させた。

あり得ない。そんなことあり得るはずがないのだと。


波動はその剣の太刀筋を知っていた。

その太刀筋に、紛れもなく『臥龍』の名残があることを彼は知っていた。


だからこそ、彼は絶対にそれを受け入れられなかった・・・・



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そんな中、北野は『ある人物』と連絡を取っていた。

校舎の裏側で、身を隠すようにして電話で誰かと話している。


「ええ・・・ええ、間違いないと思います。確かなソースから貰った話ですから」


先程とは打って変わって、ペコペコ頭を下げながら話をしているその姿は、別人のようだ。


「勿論、承知しております。彼の手配はもう済んでいますが・・・」

『それは当たり前の話だ。で、我が技術班の報告では、例の『恐竜型』の調整にかなり難航しているとの話だったがな・・・・本当に間に合うのか?』

「も、勿論でございます! 調整は万全を期し、厳重な管理体制の元、行われておりますので・・・・」

『失敗した場合は分かっているな? 無論真っ先に貴様がエサになってもらうぞ』


滝のような冷や汗が、北野の背筋を流れ落ちている。

だが、声色をなるべく変えずに北野は言った。


「ヤツを仕留めるには、十分な出来であります。失敗などあり得ません!」

『宜しい。散々、冷や飯を食わされたあの屈辱を忘れるな!!』

「ハッ!!」


北野はその場で敬礼する。

そして、電話を切る間際、電話の向こうの主が叫んだ。


『臥龍よ・・・貴様の命はここで終わるのだ!!』

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