第12話 魔眼を持つ少年
広大な敷地、白く輝く宮殿の如き校舎。
圧倒的な存在感は、弱者を寄せ付けず、そのオーラはまさに生半可な人間は通用しないであろうことを生々しくその身に知らしめる。
「凄い・・・ここがレベル5専用の訓練場か」
山一つ丸々買い取って改造されたその訓練場は、見ているだけで目が回りそうなほどに広く、よく見るとその周りを囲むようにして大きめの体育館のような建物が立ち並んでいる。
「あの建物は、二人一組で使える訓練場だそうよ。何から何まで規模が違いすぎるわね」
「若山さん! もう来ていたの?」
「貴方達が遅すぎるだけよ。他のクラスの人はもう来てるわ」
「ウソッ! 早く行かないと!」
夏美、健吾、そして直人の三人は走って訓練場の中心部に向かう。
余りの広さに、中央に向かうだけでじっとりと汗が滲んでくる。すると、人が何人も集まっている一団がやっとのことで見えてきた。
「遅いぞ! もっと早く来れたはずだ!」
「す、すみません! 行く道が中々分からなくて・・・」
「言い訳はいい。早く座れ!」
ボードを片手に待っていた男性教員が喝を飛ばした。
長い髪をオールバックにして、眼鏡をかけた眼光の鋭い男だ。
だが、遅れてきた二人に対しても周りの生徒たちは大した反応も見せず、集中力を高めるかのようにストレッチなどを繰り返している。
明らかな空気の違いに健吾は思わず直人の方を振り返った。
「何か空気が違うね。ピリピリしていて緊張感が凄いよ・・・ってあれ?」
「ん? ああ、確かになんか違うね」
いや、一番違うのはお前だというツッコミが健吾の喉の奥まで出かかる。
緊張感などそっちのけで、何と直人は推理小説を読み始めていた。
しかも、地べたに寝転がって堂々と読んでいる。
「貴様ア・・・!! 誰が本を読んでもいいと言った!!」
「あ、すいません。そういうものだと知らなくて」
「レベル1は一般常識も知らんのか!!」
「ご、ご、ごめんなさい!! ホラ、葉島君も早く謝って!」
まるで直人の保護者かと思うほどのテンプレ行動で、健吾は無理やり直人の頭を手で下げる。
余りにも場違いかつ滑稽な光景に、周りからは失笑にも似た笑いが起きた。
「まさか、レベル1から3人来ると聞いた時は実に驚いたがね。蓋を開ければ何という事は無い。相変わらずのポンコツ集団だな」
「あら、聞き捨てならないわね。私をそこのバカと一緒にしないでくれる?」
挑発的な教師の発言に噛みついたのは夏美だ。
だが、夏美の発言に対しても男性教師はフン、と鼻を鳴らすとさも当然のように言った。
「おやおや、誰かと思えばやはり君か。入学試験の時に勝手に入り込んで直談判をしたトラブルメーカー、おまけに史上初の実力測定テストでレベル1にも関わらず第三位になったという生徒は。多少実力はあるようだが、君の人間性には残念ながら赤点を付けざるを得ないというのが私個人の見解だが・・・・」
だが、その言葉に対しても夏美は同じく挑発的に返す。
「随分と軽い発言でビックリしちゃうわ。貴方のことは知ってるわよ、波動義久『先生』。私の素行に文句をつけるなら、貴方の所の超トラブルメーカーを何とかする方が先じゃなくて? 確か仁王子・・・とか言ったわね」
嫌味たらしく『先生』と強調する夏美の言葉に、少しカチンときたのだろうか。
眼鏡を中指で押さえながら、彼は集まっていた他クラスの生徒の内の一人を指さした。
「
「は、ハイ!!」
呼ばれたのは、童顔で可愛らしい印象を受ける男子生徒だった。
一見すればごく普通の男子生徒だったが、夏美は早くも違いに気づく。
「貴方、『魔眼持ち』ね?」
魔眼持ちとは、異能力が目に宿った結果通常とは明らかに異なる視野を獲得した特殊体質の持ち主のことだ。
能力として目に関する異能を使うことは珍しいことではないが、先天性の能力として生まれ持つ人間は相当珍しい。
「折角だ。デモンストレーションも兼ねて一勝負してみないか?」
「勝負ですって?」
「そうだ、君の伸び続ける鼻をこの目黒君は粉々に粉砕してくれることだろう。テストの成績が良かったからといって、『実戦』で勝てるとは限らないということを、彼は教えてくれるはずだ」
ここまで言われて引き下がるような夏美ではない。
ポニーテールで纏めていた髪を解くと、堂々と言い放った。
「いいわ、受けて立つわよ。貴方の思惑も全部私が叩き潰してあげる」
「よし、では全員後ろに下がれ!」
俊彦と夏美を囲むようにして全員が移動する。
それに合わせるようにして、健吾と直人も移動を始めた。
「大丈夫かな・・・勝てると思う? 確か目黒君って・・・・」
「さあ、よく知らないから何とも言えないけどね」
予備知識ゼロの直人に対して、健吾は俊彦のことを知っていた。
いや、そもそも俊彦は同年代では知らぬ者無しの超有名人なのだ。
「目黒は世界的にも珍しい魔眼を持つ『魔眼使い』だ。ウチのクラスには光城と榊原のエースがいるが、残念ながら今日は参加していないのでね。今回は変わりに入学試験総合第7位の
「よろしくお願いします!」
礼儀正しく俊彦は、ペコリと頭を下げる。
「珍しい物を持っているようだけど・・・負ける気はしないわね」
「よし! では、構えろ!」
夏美の髪の毛が僅かに逆立つ。
既に臨戦態勢に入っているようだ。
それに対して、緊張した面持ちの俊彦は手をギュッと握って夏美を見ている。
「では、始め!!」
夏美が大きく踏み出して、異能を発動しようとした。
・・・・・のまでは全員覚えていた。
「・・・・アレ?」
異変はその直後に起こった。
いや、正確には『明らかな異変を目撃した』という方が近いか。
夏美と対峙していたのは小さな童顔の男子生徒だったはずだ。
それ以外の相手など存在していないし、存在するはずがない。
だが、ならば今目の前にいる『アレ』は何なのか!
鋭い牙、鋭利な鉤爪、そして真っ黒なボディ。
周りが一斉に凍り付く。先ほどまであれほど敵意を剥き出しにしていたはずの夏美すらその場から一歩たりとも動かない。
男子生徒の姿は消え、そこにいたのは一匹の怪物だった。
それは本来彼らが真っ先に倒さねばならないはずの相手。
だが実戦経験も乏しく、何よりまだまだ未熟な彼らが相手にするには余りにも強大すぎる相手だった。
「B級ダンジョンビースト、『獅子型』です。僕の魔眼の力は限りなく実体に近い幻影を生み出すこと。僕の魔眼の力を上回る、精神防御術を使えない若山さんは僕の幻影を倒す以外に勝つ術はありません」
何処からともなく声が聞こえてくる。
だが、最早誰一人としてその声は聞いていない。
「うわあああああああああああバケモノだあああああああああああ!!」
「助けて!! 嫌だ死にたくないっ!!」
「に、に、逃げないと・・・・・」
一目散に逃げだす生徒たち。
何人かの女子生徒はその場で失禁してしまい、大きなブツを漏らしてしまった哀れな男子生徒もいる。
そんな惨状を、溜息交じりに波動は眺めていた。
「やれやれ・・・・これでは話になりませんね。もういいですよ目黒君。どの道、彼女にあのB級DBは倒せませんから・・・・」
そう言って、魔眼による幻影を解かそうとした時だった。
「まだ、負けてないっ!!!」
若山夏美はまだ闘志を失っていなかった。
ほぼ全員が逃げだした中で、彼女はまだその場に立っていたのだ。
恐怖で足は動いていない。それでも目の前の巨大なDBを睨みつける眼光の鋭さは全く変わっていなかった。
「逃げるくらいならこの場で死んでやるわ。さあ、戦うわよ!」
「む、無茶だ! 相手は一流DHでも単独撃破は難しい・・・・」
「黙りなさい中村君! それでも私は逃げない!」
腰が抜けてへたり込んだ健吾の声を、夏美は一蹴した。
勿論勝つことはほぼ不可能だ。だが、その闘志と何よりDHに最も必要な勇気そのものを彼女は持っている。
だからこそ、恐怖でいくら震えようと逃げることだけは彼女の信念が許さなかったのだ。
(若山夏美、お前は・・・・)
その姿を見た波動は遥か昔のある日のことを思い出していた。
絶対的な侵略者に対して臆せず立ち上がっていた彼女のことを。
殺戮の化身に対して、勇敢に立ち向かった小さな戦士のことを。
(お前は似ている。何もかもアイツに・・・)
「先生!! 先生!! 先生ッ!!」
誰かが波動のことを呼んでいる。
ふと我に返った波動は、それが魔眼を使っている俊彦の声だとすぐに気づいた。
「どうした目黒?」
「マズいです!! せ、制御が出来ません!!」
「何だと!!??」
見ると、動きを止めていたはずのDBがジリジリと動き始めていた。
幻影とはいえ、能力に支配されている人間に対しては『実体』として作用してしまうため、もし魔眼で押さえきれなくなればそれは新たなB級DBを世に放つのと実質同じことだ。
「B級なんて全然出したことなかったから・・・・もう僕の力では・・・・」
「馬鹿者!! 自分の力で御しきれる範囲でしか力を使うなと言っただろう!!」
「このままじゃ、他の皆が・・・・いや、まず若山さんが危ない!!」
DBが大きく足を踏み出した。
目の前にいる弱者を噛み砕かんと前に進むその歩みは止まることを知らない。
その目の前には動けない夏美がいる。
「イカン!! 止めねば!!」
だが、波動の心の中にも恐怖の念が芽生えた。
波動は山宮学園の教師であり、同時に一流のダンジョンハンターでもある。
しかし、相手はB級DB。足止めこそできても倒すことは出来るか?
その一瞬の迷いが、彼の足を止めてしまった。
刹那、怪物が動いた。
目にも止まらぬ速さで、夏美の首筋に鉤爪が飛んだのを波動は確かに見た。
夏美自身も気づいていない、それほど早い死の一撃。
『終わった』
波動はその刹那、心の中で呟いた。
若山夏美は死ぬ。無慈悲な獣の一撃によって。
それが、本来辿るはずだった運命だった。
誰も見ていない、遠く離れた一角で、それは動いていた。
『太刀落とし 第二式』
無慈悲な一撃を放っていたのは、獣だけではなかった。
いや、それはある意味では獣だったのかもしれない。
究極の一撃が、誰も見ぬ完全なる死角から放たれた。
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