第13話 世界最強の一撃

彼は直前まで迷っていた。

自分は果たして動くべきなのか? いや、バレれば全てが破綻する。

それだけは、絶対に知られてはならない。

だが、もし動かなければ眼前でクラスメートが首を飛ばされる。


『俺は、強い』


他の誰よりも強い自負があった。

たとえ相手が神であろうと、斬る自信があった。

だからこそ、全てに興味を失った。


『俺より強い奴は一人もいない』


彼は孤独だった。

孤独で、孤独すぎて、そして誰よりも周りから頼られた。

時に己の強さを恨み、時には他人の弱さを恨んだ。


『消えたい。消え去りたい。全てを無に帰したい』


でもダメだった。

彼は頼られることが嫌いだった。頼るなら、先に自分で何とかしろと言ってやりたかった。

芸術と謳われた剣捌きも、ごくありきたりのことをやっているに過ぎない。

でも周りはそれに億単位の価値を付けた。


『金なんて要らない。俺は伝説なんかじゃない。一人の小さい男なんだ』


誰も耳を傾けない。

誰も彼の悲痛な叫びを聞いてくれない。

彼は逃げ出したかった。いつしか戦いが嫌いになっていったのだ。


『・・・・やめよう。何もかも』


そして彼は逃げ出した。

全てを捨て、無の世界に飛び込んだ。

何もない無の感情の中で、彼の心はどんどん冷たく、そして冷えていく。



だが、それでも彼は剣を手放さなかった。



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何かが光った、ような気がした。


「・・・・え?」


気が付いた時、怪物はもうそこにはいなかった。

今までの喧騒が嘘のように静まり返った訓練場で、身動きする人間は一人もいない。


「で、出来ました! 何とか抑え込むことが・・・・」

「この馬鹿者が!!!」


ゴチン!という音と共に頭を押さえて俊彦が地面に蹲る。

ギリギリのタイミングだった。あと0.1秒遅ければ、夏美の首と胴は泣き別れになっていただろう。


「身の丈に合わない力を使うなという私の言葉を無視したお前の罪は重い! 罰則については後日、生徒連合団を通じて言い渡す!」

「ハイ・・・・・」


波動は、俊彦を一喝した後一呼吸置いた。


「若山、本当に申し訳なかった。今すぐ医務室の手配を・・・・」


夏美はピクリとも動かない。

へっぴり腰ながら慌てて健吾が夏美の元に駆け寄って様子を見た。


「は、波動先生! 若山さんが気絶してます!」

「今すぐ医務室に運べ! 万が一のことがあっては大変だ!」


極限の恐怖に晒されたからか、夏美は立ったまま気絶してしまっていた。

健吾は周りにいた他の生徒たちと協力して、夏美を何とか担ぎ上げると、そのまま医務室の方に直行していった。

それを見届けた後、未だに騒然としている生徒たちに向かって波動は言った。


「本来は別のカリキュラムを行う予定だったが、不測の事態の発生により今日はこれにて特殊訓練を終了とする。次の特殊訓練がいつになるかはまだ分からないが、いつ行われても問題ないように準備をしておくように。では、解散!」


訓練終了の声と共に、生徒たちはバスに向かう。

何人かの生徒はレベル5クラスだったようで、目の前の巨大な校舎に向かって歩き出した。

すると、ここで波動が俊彦の前に歩み寄る。


「少し、聞きたいことがある。職員室にくるように」

「ハイ・・・・すみませんでした」


今回の不祥事について咎められることを覚悟しているのだろう。

俊彦の目は早くも潤み始めている。

迷路のような校舎の中を歩き続け、二人は職員室に辿り着いた。


「波動先生? まだ特殊訓練の時間ではないんですか?」

「その件については後日報告致しますので・・・それでは」


入り口にいたスキンヘッドの教師の質問を受け流すようにして、波動は職員室の隅っこに設置されていた個室のドアを開けた。

俊彦もその中に入り、置かれていた椅子に座る。


「目黒。君のしたことは魔眼使いとして最も避けなければならないことだったということは分かっているか?」

「ハイ・・・・・」


魔眼の制御を失うことは、もしそれが現役のDHなら一発で免許剥奪にされるほどの重罪で、場合によっては更に重い罰を課されることもある。


「君はまだまだ未熟だ。君のご両親からも学校以外で魔眼の使用は禁止されているのではなかったかね? 君ほどの実力者なら、数をこなせばいずれ魔眼の完全な制御も出来るようになるだろうが、その過程でこのような事態を引き起こすのであれば、それは人を守るDHとしての資格がないということだ」


ここで波動は一呼吸置く。

俊彦は早くもグスグス泣き始めていた。


「今回は奇跡的に大事に至らなかったが、今後は十分に気を付けるように。医務室に若山がいるから彼女にも一言謝っておくべきだ。何らかの処罰は避けられんだろうが、少しでも軽くなるように私からも生徒連合団には一言言っておこう」

「・・・・ありがとうございます」

「では、話はこれで終わりだ。今日はもう遅いし、気を付けて帰れ」


俊彦は袖で涙を拭きながらゆっくり立ち上がる。

そしてペコリとお辞儀をすると、そのまま職員室を出ようとした。

だが、ここで俊彦は立ち止まると、クルリと波動の方を向く。


「先生、ありがとうございました。先生の力がなければDBは止められなかったと

思います」

「・・・・? どういうことだ?」

「? 僕がDBをギリギリ止められたのは、波動先生がDBに致命傷を与えてくださったからじゃないんですか? 突然、DBのパワーが落ちたので、その隙に何とか魔眼の力を断ち切ることに成功したんですが・・・・」

「知らんぞ? 少なくとも私は完全に間に合っていなかった」


一瞬の間、二人の間に静寂が流れる。


「・・・・まさか、若山さんが?」

「分からんことを論じても意味がない。取り敢えずお前はもう帰れ」

「は、はい・・・・」


半ば乱暴な形で、波動は俊彦を職員室から退出させる。

波動は先ほどの大惨事について思い返していた。恐らく自分にも相当なペナルティーが付くことは覚悟していたが、それ以上に俊彦の先ほどの言葉が波動の脳裏で何度も思い起こされる。


(少なくとも私は動いていない。周りの生徒も完全に無力化していた。光城や榊原、仁王子がいれば彼らがやったのだろうが、彼らもいなかった・・・・)


何かを見落としている。そんな気がした。

阿鼻叫喚のパニック状態の中で、飄々と突っ立っていた誰かがいた気がする。

だが、何故かその姿も名前も全く思い出せない。

それでも、波動の目はある瞬間だけはしっかりと記憶していた。


(あの時の光・・・・まさか、剣か!?)


DBが消えるその瞬間、確かに何かが光った。

剣による一閃。それでB級DBを倒すなど果たしてあり得るのか。

一昔前まで、剣や槍で直接DBを倒すことは当たり前の行動ではあったが、直接攻撃の代償としてDBから手痛いカウンターを受けるケースも多く、ヒットアンドアウェイや遠距離から異能で少しずつ削っていく戦い方が主流になってきていた。


だがもし、たったの一撃でB級を葬り去れるのであればそれは話が別だ。

それはまさしく『必殺』であり、高い戦闘力を誇るDBに対して数の暴力で殲滅することを重視していた、山宮学園とは真逆のスタイルとも言える。


だが、どちらにせよあり得ない。いや、あり得てはならない。

もし本当にB級を一刀で切り捨てたのならば、それは最早人間ではない。

今の日本DHランキング上位者ですら、B級の完全単独撃破が出来る人間など数えるほどしかいないというのに。


そうだ、そうに違いない。

きっと、俊彦が土壇場で魔眼の制御に成功したのだ。それ以外にあり得ない。

・・・・それ以外はあり得てはならない。


そう心に言い聞かせながら、波動義久は部屋を出た。

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