第5話 荒れ狂う教室

「どうなってんだよこれ!! 誰か説明しやがれ!!」

「六道君落ち付いて! まずは先生の話を聞いてから・・・・」

「うるせぇ! 何が話だボケ!! こんなのムショじゃねえか!!」


怒りで荒れ狂う大男を、何人かの男子生徒が必死に止めている。

ここは山宮学園一階の一番端、今の時代では骨董品レベルの電気が切れかけた蛍光灯に、風通しの悪い狭い窓、そして木でできた机に、湿っぽい紙の教科書と、確かに刑務所と言われても強い否定は出来ない、劣悪な環境の部屋だ。


「騒いでも意味なんかないわ。まずは説明があるまで待つのが賢明よ」

「そうかいそうかい、だったら何年でも待ちやがれ!! バカ高い授業料取られて3年間カスみたいな部屋で生活しろってか!! 俺はそんなの御免だぜ!!」

「全く・・・サルは餌がないとその場で待つことすらできないのね。哀れなこと」

「んだとぉ・・・テメエ覚悟はできてんだろうなあ!!」

「いい加減にするんだ!! 暴れても立場が悪くなるだけだよ!」


身長190センチを超える大柄な男子生徒が声を荒げるのを、冷淡に見つめる女子生徒。そして挑発に乗った大男をさらに必死になって周りが止める。


「若山さんもこれ以上六道君を怒らせないで! 彼は冷静じゃないだけなんだから・・・」

「冷静じゃないだけ? DHを目指す分際でよく言うわね。自分の一時的な感情でDBに殺されるのは愚かの極み・・・ましてやこんな無能に足を引っ張られるなんて私は死んでも御免だわ」

「若山テメエ!! 調子に乗りやがって!!」

「ああもう・・・どうしたらいいんだ・・・」


冷徹な態度で大男を糾弾するのは茶色の髪をポニーテールでまとめ、本を片手に鋭い目つきを送る美少女、そして必死になって仲介するのは、正義感の強そうな委員長タイプにも見える少年だ。


ここは山宮学園のカリキュラムレベル1を重点的に行う1-5教室。だが、レベル2からレベル5まで最新の教育システムと機器で固められた教室だったのに対してあまりにもかけ離れた待遇に、大男に限らず教室にいるほぼ全員が何かしらの不信感を抱いているようだ。

すると教室の扉が勢いよく開き、一人の女性が現れる。


「着席すら出来んのか。やはりレベル1はこの待遇が一番似合う」


入って来て早々、明らかに荒れているクラスの雰囲気に動じる気配すら見せないこの女性は工藤だ。手には大量の書類の束が握られ、冷徹な視線はクラスの全員を見据えている。


「まさか貴様ら、自分たちが入学出来て人生安泰だとでも思っていたのか。思い上がりも甚だしいな」

「クソみてえな説教はいらねえ!! 何が日本最高の養成機関だ、こんな場所で生活するなんて聞いてねえぞ!!」


だが工藤の視線はさらに鋭く、そして冷徹に変わる。

気が付くと、クラス全体がまるで冷水の如く冷たい雰囲気に変わり始めていた。


「フン、良かろう。なら出て行ってもらっても構わん」

「そうかよ!! だったら今すぐ・・・・」

「ただし!!」


書類の束から工藤は一枚の紙を取り出す。

紙には所狭しと文が書かれていたが、工藤はその一点を指さした。


「これは貴様らが署名したであろう入学誓約書だ。そしてこう書かれている。『退学時には、担任、学年主任、教育主任、学園長、そして理事長の5人から退学認定を認められなければならない。認定なしに学園の全業務及び学習を放棄した者は、除名処分となる』とな。退学ならまだしも、除名は貴様の今後に途轍もない負の影響を及ぼすぞ・・・DHはおろか、一般高校すらどの程度貴様を受け入れてくれるか・・・・」


それは大男のみならず、クラス全体に対する警告だったのかもしれない。

クラス全体が凍り付くような雰囲気に包まれた。


「山宮の名前を出せば、いくらでも引き取り手はあると思ったか? とんだ楽観主義者だな。除名処分は俗に『常軌を逸した問題児』という意味だ。出ていきたければいつでも出て行ってもらって構わん。だが、学校は容赦なく貴様らを『除名』するだろう。そもそも山宮学園は公になっていないだけで除名処分者は毎年相当多い。私の知る限り、そいつらの殆どは中々ハードな状況らしいがな」

「テ、テメェ・・・脅迫かよ!!」

「脅迫ではない。嘘偽りなく事実を述べただけだ」


大男は乱暴に自分の席に座る。

すると完全に冷え切ったクラスの中で、片手を挙げた生徒がいた。

なんの偶然か二人、しかも同時にだ。


「中村、まずはお前から聞こう」


立ち上がったのは、先程必死になって大男を抑えていた正義感の強そうな少年だ。


「先生、まずは六道君の件について謝罪します。僕らがしっかりしていればこんなことにはなりませんでした。申し訳ありません」


そう言うと深々と頭を下げる。後ろに座る六道と呼ばれた大きな男子生徒は、面白くなさそうにケッと横を向いた。


「社会において重要なスキルを持っている分、あのバカよりは評価できる。だが、他にも言いたいことがあるのではないか?」


すると、少年は机に置かれていたテキストを一つ取り上げると、その中のページを開く。ページには『クラス変更について』と書かれていた。


「この教室だけ明らかに対応が違うのは良く分かります。このクラスで3年間過ごすのは流石に他のクラスと比べてしまうとモチベーションに関わることは否定できません。ですが、これも学校の先生方が考えてくださった一つの訓練なのでしょう。このクラスの中には、クラス変更したいと考えているもいると思います。だからこそこの件について詳しく教えて頂きたいです!」


熱の入った力説に、クラスの雰囲気も若干変わる。

それを聞いた工藤も少し間を置いてから答えた。


「中村の言うことは正しい。我々も全く意図せずしてこのような待遇を取っているわけではないし、クラス変更も可能だ。だが、そのためには相応の努力も必要になる。最も1-5クラスから最上級の1-1クラスに上がった例もないわけではないだけに、貴様らにも下克上のチャンスは十分にあるだろう」


これにはクラスの生徒たちも驚いたようで、歓声にも似たどよめきが起こる。六道だけでなく、若山と呼ばれた少女の顔にも少し驚きのような表情が浮かんだ。


「分かりました。有難うございます!」


そう言うと、少年は着席した。

すると工藤の視線は、若山と呼ばれた少女に向けられる。

二人目の質問者はこの少女だった。


「何が聞きたいんだ、若山」


少女はゆっくり立ち上がると、半ば睨みつけるようにして工藤の顔を見る。

敵意とまではいかないものの、あまり友好的な様子ではない。


「私の名前は若山夏美。正直、こんな学校には来たくなかったわ。でも、家族が煩いので渋々来た次第よ。別にDHになる手段はこの学校に入る以外にもいくらでもあるし、詐欺同然の仕打ちを受けている今の現状は私に対する侮辱も同然・・・・」


クラスが騒然とし始める。

突然自己紹介を始めたかと思えば、敬意の欠片も見られないその態度は先ほどの少年の質問で若干和らいだクラスの雰囲気を、再び硬直させる。


だが、工藤の表情は変わらない。


「私の言いたいことは中村君に言われてしまったから、この際はっきり言っておくわ。私はすぐにでもこの教室を出るつもり、もちろん私の技量を認めさせたうえでね。こんな豚小屋に私を送った教師陣の目が節穴だったことを証明してやるわ」

「・・・・言いたいことはそれだけか?」

「ええ、それだけよ。何か問題でも?」


もはや挑発的などと言う生易しいレベルではない。完全な挑発だ。

だが、それでも工藤の表情は全く変わらない。


「山宮学園は徹底実力主義だ。敬意、礼儀、授業態度、といった物よりも実力が上に来るのは当然。若山の態度がどうだろうと、それで私を驚かせるような成績を残せると言うならそれ以上私が言うことは何もない」

「話が早くて助かるわね。じゃあ、そういうことで」


そう言うや否や、彼女は荷物をまとめると席を立った。


「わ、若山さん!? まだ席を立つのは早いんじゃ・・・・」

「あら、これ以上この場所にいるのに何の意味があるのかしら? 家に帰って技能練習でもしてる方が時間の使い方は有効じゃなくて?」


そう言い残すと、彼女は教室のドアを開けて外に出て行ってしまった。


「アンの、クソアマァ・・・・!!」


六道は怒りが収まらない様子だ。

だが、騒然とする教室の中でも工藤の表情は全く変わらない。


「これ以上質問がないなら、クラスルームは終わりにする。いないな?」


手を上げるような生徒は一人もいない。

若山夏美の見下すような態度といい、六道の荒れっぷりといい、仮にあったとしてもこれ以上場を刺激したくないというのが本音なのだろう。


「では、これで解散だ。詳しい話は後日連絡する。精々精進することだな」


そう言うと、工藤はそのまま部屋を出てしまった。

怒りが収まらない様子の六道は、大きな音を立てて席を立つと工藤と同様にそのまま部屋を出て行く。

周りの生徒たちも彼の後を追うように、ぞろぞろと荷物を持って席を立った。


「・・・・ハア、大丈夫かな・・・・」


中村と呼ばれた男子生徒も席を立つと、そんな独り言と共に教室を出た。



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それから十分ほど経った頃だろうか。

誰もいなくなった教室に、近づいてくる足音が一つ聞こえた。

現れたのは工藤だ。


「・・・・何なんだコイツは」


見ていたのは一人の男子生徒のプロフィールデータだ。

そのデータは、一見すれば何の変哲もないごく普通の一般生徒の標準的な成績が示されている。


だが、彼女はそのデータに一抹の不信感を抱いていた。

彼女の教師としての勘が、それを感じ取ったのだろうか。


「・・・・まあいい。全部後で調べれば分かることだ」


すると、表から再び足音が聞こえてきた。

何でも入学式早々、無断欠席と不法侵入のダブルギルティをかました問題児のようだったが、今更一人や二人問題児が増えたところで彼女にとってはどうでもいい話だった。


ガラガラと音を立てて扉が開く。


「入学おめでとう。そして可哀そうに。これが君の立ち位置だ」


謎の多い、不信感全開の男子生徒に向かって彼女は静かにそう言った。

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