第6話 元天才と影を纏う少年
「マキさん。本当にあれが最高峰の学校なんですか?」
「ん・・・そうだね。まさかレベル1からのスタートとは思わなかったよん」
「ちゃんと答えてくださいよ。マキさんが卒業生だっていうから信用してたのに」
「アタシはレベル5だったからね。まあエリートだったんだよ」
ここは、一見すれば薄暗いバーのような場所だ。
色とりどりのボトルがカウンターに並べられ、カランカランと氷がぶつかり合うような音が心地よく暗い部屋に響く。
その席に座っているのは、ボロボロの白衣を着た女性と、山宮学園の制服を着た少年だ。
「工藤さんとかいう先生も凄かったですね。圧があるというか・・・・隙がない感じで」
「工藤?
グラスを傾けながら、その女性は事もなさげに呟く。
「結局、凄い怒られましたよ。テキストを渡されて、「お前の腑抜けた根性を一から叩き直してやる」って宣言されちゃいましたし」
「まあ、それくらいされた方がいいんじゃない? 流石のアタシも初日から入学式サボって校内探索なんてやったことないよ」
「・・・・マキさんが言うと、変な説得力がありますね」
バーの中で同じくグラスを傾けるのは、入学式をサボった結果大目玉を喰らった直人だ。
勿論、グラスに入っているのは酒ではなく普通のオレンジジュースだったが、バー特有の独特の雰囲気が、雰囲気酔いを誘発させそうになる。
「で、トップ軍団には会ったのかい?」
「トップ軍団? 確かに少し出来そうな人には会いましたね。ええと、誰だったかな・・・かなりビジュアル点が高い人だったですけど。女性でしたね」
「へえ、直人君もそういうところに目が行くんだね。てっきりそういうのには無頓着なのかと思ってたよ」
「茶化さないでくださいよ・・・・かなり精度の高い光学迷彩を使ってました」
「光学迷彩・・・高校生になったばかりでそれは凄いね」
マキと呼ばれた女性のグラスの中身は既に大きく量を減らしていたが、近くのボトルを雑に掴むと、彼女はグラスに並々と酒を注ぐ。
よく見ると、バーのあちこちに書類のようなものがぶちまけられている。
その中のいくつかの紙には、人のプロフィールのようなものが書かれていた。
「マキさんもいい加減部屋の整理したらどうですか? そんなんじゃ結婚なんか夢のまた夢ですよ?」
「心にもないこと言わないでもらえるかな。どーせアタシは一生結婚なんて出来ないんだから。今まで何人の男に逃げられてると思ってんの?」
すると、直人は呆れたようにバーの奥に放り出されていた写真入れを拾い上げた。
その写真には、純白のドレスに髪をアップにした美人が映っている。
まさか、目の前で飲んだくれている女性と写真に写っている女性が全くの同一人物だとは、直人自身もにわかには信じがたい。
「結婚できないのはマキさん自身の問題でしょ。年々この写真とのギャップが広がってきているじゃないですか」
「・・・・悲しい話だね」
「他人事みたいに言わないでください」
「もう全部昔の話だよ。学生時代もそう、真面目に働いていた時期もそう、直人君と会ったのだって・・・・凄い昔に感じるよ」
直人は敢えて何も言わなかった。
時間は何の前触れもなく淡々と進んでいく。テレビや電波もこの部屋には全く届かないし、外で何が起きているのかもこのバーに閉じこもっている限り全く分からない。
彼女はもう十年もこの部屋に引きこもっている。
「・・・・復帰しないんですか?」
「難しいね。アタシはもう面を上げて表の世界を歩けないんだから」
「アレはもう許された話じゃないですか。そもそもマキさんが悪いんじゃないですから・・・マキさんだって被害者なのに」
「・・・・それを、『第九十九研究室』の連中に言ったらどんな顔をするかね」
彼女はかつて罪人だった。いや、正確には罪人に『なりかけた』。
ある人間に嵌められ、恐るべき計画に加担させられたのを、ギリギリの所で救われたのだ。
「・・・・直人君には感謝してもしきれないよ。もし君がいなかったら、アタシは今頃、魔導大監獄の最下層で氷漬けにされてたよ」
「マキさんも僕の恩人じゃないですか・・・・・」
だが、現状はそれでもなお明るいとは言えない。
「今じゃ、アタシの名前はダンジョンハンター業界じゃブラックリストもいい所だよ。雇う人間なんかまずいない」
「じゃあ、一般の世界で・・・・・は無理か」
目の前の女性のポンコツっぷりは直人も良く知っている。
異能研究の才能に、基礎能力を殆どを吸い取られたのではないかと本気で疑っているくらいなのだ。
「今のアタシは過去の貯金と他の仲間から貰った酒で何とか生きているだけのダメ女なんだよ」
「・・・・そんなこと言わないでください。マキさんにも、ちゃんとあるじゃないですか」
「何がだい? まあこう見えてもバストのサイズには少し自信が・・・・」
直人はハア、と溜息をつく。
話が通じない、そう判断した直人は戸棚に直行すると、古びた雑誌を取り出した。
埃が被り、紙も経年劣化が進んでいたが、今時にしては珍しいデジタル化されていない紙の雑誌だ。
「ネットの情報は殆ど削除されてしまったけど・・・・ちゃんと物証として残っているじゃないですか!」
雑誌の表紙には大きなトロフィーと賞状、そして銀色に光る鞭のようなものを持った山宮学園の制服を着た少女がいた。
『電脳次元の魔女』 その雑誌にはそう書かれていた。
「電気を操る、極めて珍しい希少能力の持ち主。高校二年でA級DBを撃破し、二十歳で日本ランキング二位まで上り詰めた近代を代表するDHじゃないですか!」
マキは何も言わない。
まるで遥か昔を思い出すかのようにグラスの中の氷を回す。
「今DHのトップを走っている人の大多数は、皆マキさんの背中を見ていたはずの人たちなのに・・・・」
「今となっては過ぎた話さ。今更それについて言うのは女々しい話だよ。それに・・・」
すると、マキは立ち上がると乱暴にバーの横に会った扉を蹴った。
ボロボロの蝶番が外れ、扉が吹き飛ぶとそこには夥しい数のファイルの山がある。
その傍には、実験器具と思われる機械と異能術式が書かれた紙が置いてあった。
「アタシが食って寝るだけの生活を送っているのは事実だけど、ちゃんとやることはやってるんだよ。アタシは住む世界を変えただけ、『電脳次元の魔女』は完全には死んでないさ。・・・まあ、辛うじてだけどね」
そう言うと、マキは指をパチンと鳴らす。
すると扉が自動で動き、再び扉枠にはめ込まれた。
「電気操作の応用だよ。実戦からは離れたけど、技術はまだまだ現役さ」
「・・・・それを、表の世界で発揮出来たら今頃世界的な大科学者になってたでしょうね」
「いいんだよそんなことは。アタシはこの世界で居場所を見つけたし、君もアタシも進まなきゃいけない身だろ?」
そう言うと、マキは反対方向にある別の扉を親指でクイクイと示す。
「さっさとシャワー浴びてきなよ。メチャメチャ古い型だけど、洗濯機もあるし生活には困らないと思うよ。空いてる部屋は幾つかあるから好きなとこ選びな」
「・・・・ありがとうございます」
「他人行儀にする必要ないよ。ま、カビ臭い部屋だけどないよりはマシだろ」
直人は、バーの部屋から少し離れた一室で生活することになっている。
山宮学園からそう離れていないこの場所には現在、マキと直人、滅多に帰ってこないがもう一人住民がいる。
「で、『ブルース』はまだ帰ってこないんですか?」
「アイツはダメだね、暫く帰ってこないよ。何しろ賢いし、自分の置かれている立場をちゃんと分かってるっていうのが余計に厄介なんだね」
するとマキは、グラスを雑に流しに投げ捨てるとそのままシッシッと直人を部屋から追い出すように手を振った。
「んじゃ、お休み。明日からまた学校だろ? いやあ大変だね、まさかレベル1クラスに入るなんてさ。健闘を祈るよ」
「マキさんも体壊さないでくださいよ。医者だってこんなとこには呼べないんですから」
そう言うと、直人は部屋を出て行った。
すると直人が部屋を出て行くと同時に、マキは地面に広げられていた書類の一枚を掴む。
「昔はいい顔してたのに、いつからこんな辛気臭くなったんだろうね・・・」
本来は手に入れることなど出来ないはずのその書類は、かつてマキが山宮学園に入学したときに学校に提出した履歴書だった。
今とは似ても似つかぬ希望に満ち溢れたような明るい表情をしているその少女の顔を、マキは物憂げに見つめる。
「過去は捨てたはずなのに、まだ忘れられないか・・・・」
彼女は、手に持っていた雑誌と一緒に履歴書を持つと、大事そうにそれらを戸棚に仕舞った。
「・・・・イヤになっちゃうよ。若い才能ってのはさ」
彼女は気づいていた。
気付いても言う気は無かったし、それは彼も自覚しているだろうと考えていた。
仕舞った雑誌の端の辺りが、僅かに黒く変色している。
ついさっきまで変色していなかったことは、マキ自身が良く分かっていた。
「アイツなら変えられるかもね・・・・『毒には毒を』だよ」
それだけ言うと、彼女はバーの明かりを消し、再び電気操作で扉を開ける。
そして、漆黒に染まる実験室の奥へと消えていった。
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