第3話 入学初日 その2

直人がタイムオーバーの事実も知らずに読書を続けていたころ、講堂内では山宮学園第126回入学式が挙行していた。

既に授業が始まっているため一部の生徒を除いて上級生は全員欠席だが、それを補って余りある観衆が講堂を埋め尽くしている。


壇上から一番手前には、約140人の新入生。その後ろには家族などの身内が座っている。そして、そこから後ろにはカメラを持ったテレビ各局や新聞記者、DH本部の関係者がさながら記者会見の如く座っている。

観覧席は一般客でも出入りでき、およそ1000人弱の席は立ち見もいるほどの盛況ぶりだ。


「今年も人が入ったねえ。まあ殆どの人たちは『皇帝』とそのお仲間が目当てなんだろうけど・・・」


「ちょ・・・ダメですよ、大吹おおぶきさん!! 教員が生徒を差別しては・・・」


「フン。毎年こんなものだ白野しらの。まあ例年に比べて今年はかなり酷いがな・・・」


「そうだよお、マコちゃん。今年はもう入学式ってよりちょっとした公演だねえ」


そんな中、講堂の隅で話す人影が4つほど。

大吹と呼ばれたのは、白衣を着た中年の男。その横には白野マコと呼ばれた一見学生と見間違えてしまいそうな童顔の小柄な女性がいる。さらにその横には小柄な女性とは対称的に、かなり長身で目つきが鋭い女性が立っている。   


「1-1は安泰だねえ、波動はどう君。一人でも十分なタレントが両手が埋まるほどいるんだからねぇ」


すると大吹と呼ばれた白衣の男が、三人から少し離れたところに立っていた男性に向かって呼びかけた。

眼鏡をかけ、黒いスーツに若干長めの髪をワックスで固めた、長身の女性同様に目つきの鋭いその男は和やかな口調で答える。


「両手で埋まるほどは言いすぎでしょう。今年は近年でも例がないほどの『当たり』の年ですからね。北野主任が提案されたから良いものを・・・危うく私のクラスがロクでもないメンツで埋まるところでしたよ」


そう言うと、波動はフフッと笑う。

だが、長身の女性と大吹は見るからに『白々しい』とでも言うかのように呆れた態度を見せている。


「今回は例外措置として、完全な成績順ではなく実力が均等になるようにクラス作りをしたと聞いたが・・・それにしては不思議だな波動。光城雅樹を始めとした、トップ5を1-1に入れたと聞いたときは、耳を疑ったぞ」


そう言うのは、長身の女性だ。

腕を組み、見下ろすようにして波動を睨んでいる。


「基本的に『1-5を除いて』クラスの戦力は均等にすると聞いていたが。貴様は奴らの力を過小評価しすぎているようだな。まあ間違っても、自分の成果を水増しするために学園長に便宜を図った、なんてことはないだろうが・・・」


すると、それを聞いた波動の目付きも険しくなる。

眼鏡を押し上げる仕草をすると、先ほどより若干強めの口調に変わった。


「私に疑念をかける余裕があるなら、工藤先生の用意したカリキュラムはさぞ有能性に溢れているのでしょうな。毎年毎年、悪い意味合いで職員会議を賑わせる1-5クラスの生徒たちを管理されているのは何を隠そう工藤先生では御座いませんか?」


「ダメっ!ダメですよ! 入学式なんですからっ! 仲良くしないと・・・」


「「ムリだ、諦めろ」」


必死に場を収めようとするマコだが、二人そろって和解拒否を宣告した以上、最早どうすることも出来ない。


「どのようなメンツだろうと、生徒を取り纏めるのが私の役目だ。上のゴミどもが良からぬ取引をしていることくらい私も知っている・・・・完全実力主義を名乗る山宮の流儀など、金と権力が惜しい理事会の意向と逆行しているからな」


「ええそうですよ、工藤先生。実力重視ならば、毎年1-5クラスがあそこまで賑やかになることはないでしょう。暴力沙汰や成績不振による多数の退学者。そのくせ金と権力だけは一流の生徒が、毎年クラスを混沌カオスに陥れる地獄のクラス、ってところでしょうか。つくづく5年間も1-5を担当されている工藤先生の精神力に敬服いたします。流石は日本有数の精神系能力者ですな」


波動と背の高い女性、工藤の視線は既に強烈な火花を散らしまくっている。

だが険悪な二人の様子をオロオロしながら見ているマコと対称的に、涼しい顔をしながらそれを眺めているのは大吹だ。


「まあ二人は学生時代から仲が悪いからねえ。喧嘩するほど仲がいいって言うけど、彼らに関しては適用外だよおマコちゃん」

「い、いつもこんな感じなんですか!?」

「当然じゃない。前には職員室で『異能』を使った大喧嘩をやらかしてねえ。僕と北野さんが校長や理事達に弁解しなかったらどうなってたかねえ。まあ二人はDHとしても優秀だから、案外うまくやってたかも・・・・」


そう言いながらハッハッハッと笑う大吹を、唖然とした顔で見るマコ。

だがここでマコはあることに気づく。


「そう言えば、大道先生はいらっしゃらないんですか? 1-2の担任なのに・・・」


「大道君は無期限の謹慎中だねえ。取り敢えず今は非常勤講師の人たちにローテーションで担任をしてもらうよお。もしかしたら工藤ちゃんと波動君の首が飛ばなかったのは大道君の影響もあるかもねえ。いくら何でも一学期から担任が3人もいないなんて勘弁してほしいからねえ」


この時点でマコの視線は、何か遠くの物を見るような状態になっている。

明らかに現実逃避の兆候だ。


「ま、この学校は生徒もそうだけど、先生方も曲者揃いだからねえ。マコちゃんも教師にならずにソロのDHとして活動してたほうが楽だったと思うよお。しかも今年は良くも悪くも逸材が多いからねえ。下手な指導をしたら新任一年目で首チョッパなんてことも・・・」


再び爆笑し始める大吹、己の未来に絶望し始めるマコ、そして未だに口論を続ける工藤と波動。

彼らは、山宮学園の1学年担任達だ。

1-1を担当する波動、1-2は現在不在、1-3を大吹、そして1-4をマコが担当する。

そして、彼ら4人から少し離れたところで入学式の壇上をにこやかな笑みを浮かべながら眺めている男が一人いた。


白髪が混じった髪を短く切り揃え、比較的温和な雰囲気ながらも、得体の知れない威圧感を感じさせる。

彼の名前は北野きたの譲二じょうじ

生徒、教師ともに曲者揃いの一学年を纏める主任だ。

入学式は既に大半のプログラムを終え、残すは1つのみとなっている。

そして観覧席にいる多くの人々、そしてマスコミはそれを見に来ているのだと北野は既に察していた。


北野は4人の担任達の前に歩み寄る。


「そろそろ始まるよ。彼らの実力を見せてもらおう」


北野の低いバリトンの声は、さほど大きい声でなくともよく通る。

すると、先ほどまで入学式そっちのけの態度だった担任達が一斉に背筋を正した。

喧嘩していたはずの工藤と波動すら、口論をやめて壇上に視線を送る。


ここで、講堂内にアナウンスが入る。


『ここからは、入学試験上位10人の紹介に入ります。卓越した才能と、技術を併せ持つ彼ら彼女らの実力を御覧ください』


途端に観覧席から黄色い歓声が湧き出した。

厳粛な入学式のはずだが、周りにいる人々はそれを咎めようとせず、むしろ観衆のみならず新入生やその保護者までもがボルテージを上げ始めている。

それもそのはずだ。山宮学園には入学選抜試験上位トップ10の新入生にある特権が与えられる。

入学式の最後に壇上に上がって紹介してもらえるという内容なのだが、実際のところはそんな生易しいものではなく、彼ら彼女らが持つ異能を使ってパフォーマンスを行うのだ。しかもDH本部の役員や、テレビカメラがいる前で。


まさに自分の実力を内外に知ってもらうには最高の機会。

そして山宮学園のハイレベルな入学試験をトップ10以内で通過するような天才たちにとって、その程度のパフォーマンスなどできて当然なのだ。

ましてや今年は数年に一人の天才が数多く、数十年に一人の怪物が3人も現れた文句なしの豊作年である。

観覧席に目をやれば、入学式開始直後は1000人弱だったのが、今や僅かなスペースを争って奪い合うような状態になっている。


「凄いですね・・・さっきまで静かだったのがウソみたい・・・」

「毎年パフォーマンスの時はこんな雰囲気になるけど、流石に今年は尋常じゃないねえ。何しろ『皇帝』とそのお仲間、あと『舞姫』と『青銅の騎士』だっけ?全く・・・数か月前まで中学生だったなんて思えない話だよねえ」

「中学生なのにもう通り名があるなんて・・・私はないのに」

「君に関しては、付けられそうになったけど恥ずかしいから辞退したって聞いたけどねえ。それに本部公認の通り名じゃなくて、世間が勝手に言ってるだけだって聞いたけど」


大吹とマコが小声で話している横では、波動と工藤の二人が腕を組んで壇上を見ている。

北野も表情は変わらないが、かなり集中しているようだ。


すると壇上が暗転し、横から九人の人影が現れる。一人足りないところをみると欠席者がいるらしい。

暗くて顔は見えていないが、彼らからは緊張しているような仕草は全く見られない。


「エネルギー波がブレていません。一部怪しいのはいますが、ほぼ全員が自分の異能を制御できているようですね」

「まあ一人は欠席のようだがな・・・しかし最近まで中坊だった連中とは思えん精神力だ。これほどの観衆を見ても精神の乱れが殆どない。明らかに他の新入生とはモノが違う」


工藤と波動も、彼らのレベルの高さを感じとったようだ。

するとスポットライトが現れ、一番真ん中にいる少年を照らした。


爽やかな顔立ちに、長い手足、それでいて高身長かつ見る人すべてを引き付けるようなカリスマ性すら感じさせるイケメンの権化のような少年だ。

手にはすでにマイクが握られている。どうやら新入生を代表して挨拶をするようだ。パフォーマンスはその後なのだろう。


するとここで工藤が踵を返すと、講堂の出口に向かって歩き出した。


「ちょ、ちょっと工藤先生! どうして帰っちゃうんですか!?」

「個人的に興味はあるが、教師としては見ても何の意味も無い。取り敢えず顔だけ見れば後は十分だ」

「で、でも・・・」


突然帰り始めた工藤を引き留めようとしたマコだったが、近くにいた男がそれを止める。

止めたのは、北野だった。


「いいんですよ白野先生。止めないであげてください」

「な、なんでですか!! 実力を見せてもらおうとおっしゃったのは北野先生ではないですか!!」


すると今まで穏やかに笑っていた北野の表情に、黒い影が浮かぶ。

小さくヒッ、と声を上げたところを見ると、マコも北野の表情の変化に気づいたようだ。

北野はそれでも笑みを浮かべると言った。


「言い方が悪かったようですね・・・『工藤先生以外の』先生方は彼らの力を見て今後の教育方針の糧にしていただきましょう。残念ながら、今の壇上にいる彼らが1-5クラスと関わることは今後ありませんから」


「で、でも・・・1-5クラスの生徒たちだって、授業は受けるんじゃないですか!? 3年間頑張れば、優秀な生徒だって現れるはずですよ!!」


盛り上がる観衆の声に負けじと声を張り上げるマコだったが、北野は、マコの目の前で軽く指を振る。


「ここ最近は夢を見る生徒が多すぎて困るんですよ・・・なに、入ればすぐに現実は分かるはずです。後天的な技術や努力など、人外を相手にするDHにとっては大きな意味を持たないのですから・・・我が山宮学園の理念に基づけばこうなるのは当然の理なのですよ」


まるで努力を全否定するような北野の言葉に反論しようとしたマコだったが、北野の表情を見た途端に、口をつぐむ。額に皺が寄ったその表情は、得体の知れない恐ろしさを感じさせるものだったからだ。


「賢明ですよ白野先生。貴方もいずれ分かるでしょう・・・1-5はお世辞にも才能豊かとは言えないメンツ。誰とは言いませんが、今年もいますからねえ・・・俗に言うコネで入ってきた生徒は。工藤先生はそんなクラスを5年間も担当してくださっているのですよ・・・だからこそ私たちは彼女を尊敬すべきなのです」


再び笑みを顔に張り付けてそう語る北野の後ろにいた大吹が、先ほどとは別人のような険しい表情を浮かべて、声は出さずに口だけ動かして何かを言っている。

だが、何を言っていたのかまでは分からなかった。


目の前では、すでにパフォーマンスが始まっている。だが、その内容は最早マコの頭の中には入ってきていなかった。

去り行く工藤の後姿を見ながら、マコは心の中で思わず呟いた。


『この学校は一流のダンジョンハンターを育てる場所なんですよね・・・本当にそれだけなんですか?』

「ええ、もちろんそれだけですよ白野先生。私がいなければあの天才たちは集まらなかったのですから」

「・・・・・!!! なんで!?」


心の中だけで呟いたはずなのに、そんなマコの心を見透かすかのような北野の発言にマコは驚きを隠せない。

マコは小柄で可愛らしい見た目から勘違いされることが多いが、これでも一流のDHであり、精神系の攻撃にも耐えられるように、常に特殊な精神保護のシールドを張っている。決して、『心を読まれる』ことなどないはずだ。

だが北野はそれ以上何も言わなかった。

しかし、今のマコの表情は明らかに怯えを隠せずにいる。

すると、見るに堪えないとでもいうように横にいた大吹がマコの傍に近寄ると、肩を軽く叩く。今の彼の表情は完全な無表情だ。


「白野先生、大吹先生。もっと真剣に生徒たちを見てください。明日から彼らもまた、私たちの教え子になるのですよ」

「何人かは別、とかいうんじゃないですよねえ」

「・・・・さあ、何のことでしょう?」


北野の言葉に噛みつくように、大吹が嫌味っぽく言った。

だがそれでも、北野の黒い思惑を含んだ笑みは消えない。

大吹は、軽く溜息をつくと呟いた。


「だからイヤなんだよ・・・・入学式ってやつが」

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