第2話 入学初日 その一
大きな幅広の校門の奥には、大きく聳え立つ講堂が見える。
校門には大きな金文字で『山宮学園』と刻まれ、多くの新入学生とその父母がその横で写真を撮っている。
ここは天下の超名門校にして、日本一のDH育成校である山宮学園。日本各地から才能を認められた実力者達が三年間かけてその才能を磨く、孤高の学び舎だ。
入学式となると、有名な次世代DH予備生達を一目見るべく多くの人々が学校の周りに押し寄せる。
そんな人々の間をすり抜けるようにして、一人の少年が校門を通り抜けた。
黒色をベースとしたブレザー風の制服に身を包み、同じく黒色のリュックサックを背負っている。
中肉中背で、目つきはボンヤリしており、何とも頼りがいのなさそうな風貌だ。街中を歩いていても、誰も振り向かないであろう平凡な顔つきに、欠伸交じりの眠気を押し殺したような様子だが、これでも名門山宮学園に入学を許された立派な新入学生である。
少年の名前は、葉島直人(はじまなおと)
定員150人の入学試験を、ギリギリ150位で突破したこの少年だが、入学式当日にしては、入学に対する喜びのようなものがあまり感じられない。
開式の時間まで余裕があることを確認するや否や、近くのベンチの上に寝転がると、リュックから取り出した本を読みだし始めた。
我、関せずと言うかのような態度だが、せめてもの救いは彼が寛いでいるベンチが講堂裏の人目につかないような薄暗い場所だったことだろう。
でなければ、通りかかった上級生や教職員から早くも不評を買いかねないほどの横柄な態度である。
「はあ・・・早く終わんないかな」
どうやらこの少年、入学式に真面目に参加する気はさらさらないらしい。
ボヤキながら、家からわざわざ暇つぶしに持ってきた推理小説を寝転がりながら堂々と読んでいる。
30分もしてくると表の人通りも減り大半の入学生は講堂内に移動したようだったが、それでも直人がいる講堂裏には、やかましい人の話し声が聞こえてくる。
「全く・・・いつまで騒いでるんだよ。親か?」
そう呟きながら直人は本を読み進める。
実際のところ、直人が聞いている人の喧騒は親ではなく、中学時代から有名だった何人かのDHのスター予備生を取材したがっているマスコミや、その取り巻きだったりするのだが、見かけの主張度も元々の知名度も、加えて言えば人に対する態度も底辺を這っている直人には関係ない話だ。
だが暫くしたころ、彼はふと本から目線を外した。
直人以外は誰もいないはずの講堂裏だが、本をリュックの中に仕舞うと直人はベンチから立ち上がった。
「誰だ? そこにいるんだろ?」
直人がそう呼びかけたのは、講堂の少し横に植えられていた木の辺りだ。
人の姿は見当たらないが、直人は姿の見えない誰かに呼びかける。
「隠れてんじゃねえよ。人の気配には敏感なんだ」
すると、少し驚きを含んだ口調の声が聞こえてきた。
「まさかバレるなんて・・・貴方も同じ新入生?」
すると木の横の辺りの空間が歪み始め、同時に一人の少女が現れた。
どうやら光学迷彩のような異能で、身を隠していたようだ。
「静かな場所があったから休もうとしたら・・・って知らない顔ね」
長い黒髪を腰まで伸ばし、端正な顔立ちをした美少女だ。
鋭い目つきに腰に手を当てたその様子は、自信に満ちた印象を感じさせる。
見るからに育ちの良さを感じさせる雰囲気で、高度な光学迷彩を平然と使っていることからもかなりの実力者なことが分かる。
だが、自身の光学迷彩を見破られたことに、少なからず動揺しているようだ。
「同年代で私の『身隠し』を見破るなんて、光城君以来よ。貴方何者?」
「・・・・名前は葉島」
対して直人はボソボソ小さい声で呟く。
威勢のいいことを言った割には声が小さいが、実はこの少年、元々数少ない知り合い以外にはまともに話したことがない、超が付くほどのコミュ症である。
すると少女は何かを考えるかのように視線を宙に泳がせる。
だが暫くすると、軽く首を捻った。
「聞かない名前ね。中学じゃ無名だったのかしら。まあいいか、覚えとくわ」
「あ・・・なんで光学迷彩なんか使ってたんだ? 別に使う必要なんて・・・・」
「別にいいじゃない。折角だからパフォーマンスの練習でもしようとしてただけよ。これから本番なんだから。貴方もそうなんでしょ?」
パフォーマンス、本番、練習。聞けば聞くほど頭の中の疑問符が増えていく。
「ちょっと何言ってるか分からないな。俺は本を読んでただけで・・・」
「じゃあ1-1教室でまた会いましょ。レベルの低い人しかいないと思ってたけど、少しは楽しめそうね」
直人の言葉も聞かずそう言い残すと、何処かへ歩き去ってしまった。
結局彼女の名前も、何者なのかも聞きそびれた形だ。
「誰だあの人? でも何処かで見たことがある気が・・・・」
しばらく考え込んだが、結局思い出せない。
直人は、無頓着にリュックから本を再び取り出すと、再びベンチに横になろうとして・・・・腕時計を見た。
途端に彼の思考から、先ほどの少女やその他もろもろが軒並み吹き飛ぶ。
彼の記憶が確かなら入学式は午前九時から始まり、そして腕時計には九時十分と表示されている。
世間ではこういった現象を俗に遅刻と呼ぶ。
ましてや『暇だったので、ベンチで本を読んでたら遅刻しました』という言い訳は、彼の社会的信用を失墜させるには十分すぎる。
この時点で直人の脳裏によぎった選択肢は3つだ。
1、そのまま体育館に入る
2、後日言い訳するとして、家に帰る
3、その他
1が一番現実的な手段だが、テレビ中継もされている山宮学園の入学式に乱入するのは心情的な意味合いでも厳しい。さらに入学早々同級生に『遅刻野郎』として認知されるリスクを伴う。
2は入学式当日にしか受け取れないであろう情報があることや、そもそも学校には来ているのに式をサボるという愚行を強いられることを考えると、よろしくない。
では代わりの案はあるだろうか。
この時点で直人の脳裏にはある考えが浮かんでいた。
講堂で恥をかく必要もなく、それでいて入学式当日から欠席という展開も防ぐことが出来る方法だ。
直人はリュックを肩にかけると講堂ではなく、校舎に向かって歩き始めた。
彼の考えはこうだ。
今日の日程では、入学式の後に各自割り振られたクラスに集まってHRを受けることになっている。
入学式自体には全く意欲的ではなかったが、HRで受け取るであろう書類や連絡はあまり逃したくないことを踏まえると、ならいっそ入学式は適当に理由をつけてサボりHRだけにはしれっと入ってやろう、という感じだった。
普通に考えれば2を遥かに超える愚行なのだが、知ったこっちゃねえ、とでも言わんばかりの様子で、直人は校舎に向かう。
だが神様も言語道断の行動を起こした直人をタダでは済まさなかったようだ。
下調べも何もしていなかった直人は、広大な敷地面積を誇る山宮学園の校舎内で散々迷った末に完全に迷子と化し、挙句の果てに学校の職員に見つかった直人は入学式終了までの間、こってり絞られる羽目になってしまった。
別室に連行される直人は、心の中で呟いた。
「ハァ・・・ツイてない。人生初めての学校だってのに」
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説教は二時間近く続き、結局解放されたのは入学式終了の三十分後だった。
教室までの道を教えてもらうと、直人は歩みを進める。
入学式が行われていた横ではすでに通常授業が行われていたようで、上級生達が真剣な表情で授業を受けている。
正面のプロジェクターには『世界の転換期、ダンジョンの出現とそれらが与えた影響について』と銘打たれている。
人類が初めて『ダンジョン』を確認したのは、今から二百年ほど前の話だ。
突如として出現した黒い霧状の物体が、周囲の人のみならず動物や虫、植物などのありとあらゆる生命の精気を吸収し、『ダンジョン』と呼ばれる黒い迷宮のような空間を形成した。
黒い霧状の物質は見たままの形からブラックミストと名付けられ、正体の解明に多くの科学者が尽力したが、二百年たった今でも解明されていない。
黒い霧は地球上のありとあらゆる地形を歪ませ、そこに生息していた生物の精気を吸い取り、そしてある怪物を生み出した。
それはダンジョンビースト(DB)と呼ばれる、黒い姿をした生物。
物理攻撃を受ければ霧状に変形して受け流し、当然ながら熱攻撃や冷気も効かないその生物はダンジョンの中で成長し、ある一定のレベルまで成長するとダンジョンごと破壊しながら、地上に現れる。
ダンジョンには大小多くの物が存在するが、特に厄介なのがまさにダンジョンを破壊する寸前まで成長したB級DBが生息するダンジョンである。
そこまでのレベルになるとダンジョン内もかなり複雑になるのだが、その最深部に潜んでいるダンジョンコア(DC)と呼ばれるDBは、並みのハンターでは到底太刀打ちできないほど危険だ。
DCのレベルは5段階評価の3番目に属するB級だが、DCが存在していると認定されたダンジョンが発生した場合は、他の何よりも優先すべき事案となる。
何故なら仮にそのDCが、自らを育てたダンジョンを破壊するほど強力になってしまった場合、それは億単位の被害をもたらす大災害を世に放つも同然だからだ。
そのレベルまで達したDBはA級と呼ばれ、DBに対する明確な対処法が存在する今でも、A級DBは国家レベルで対処しなければならないほど危険な存在だ。
ダンジョンの中はDBが最低二体以上は存在し、DBの排除方法が確立されるまでに数十万人の人々が犠牲になったといわれている。
そして科学者たちが血眼で対処法を探し続けた結果、最初のダンジョンが確認されてから十年後に、とある科学者から衝撃的な研究結果が報告された。
『DBにとって人間の生命エネルギーは有害』
ダンジョンの中で生物の精気は、DBにとって無害な形に変性されている。変性されていない純粋な生命エネルギーは、DBにとっては有害。
膨大な数の研究資料を基にして単純明快に一文だけ書かれたその研究結果が、今の対DB手段、いわゆる異能を生み出すこととなった。
幼いころから特殊な訓練を受けることで、生命エネルギーを新たな形に変換することが可能になり、今や99パーセントの人間が何らかの異能を持っている。
加えて今まで通用しなかった銃や剣といった物理攻撃も同様に、エネルギーを付加することで通用することが判明し、それが対ダンジョン対策の決め手となった。
頻繁に発生するダンジョンに対応すべく、ダンジョンハンター(DH)と呼ばれる職業が誕生したのは、異能が開発されてからさらに二十年後の話だ。
世界各国の政府主導で有能なDHの育成に取り組んだ結果、今やDHは国の国力そのものと言っても過言ではないほど重要な戦力となっている。
山宮学園のようなDH育成専門の学校が相次いで創設されたのも、一人でも多く優秀なDHが欲しいと考える国の意向によるものだ。
広大な山宮学園の校舎は、教室を探すだけでも一苦労なほどのの敷地面積を誇り、一流のダンジョンハンターを育成するために数十億円もの予算が投入されている。
それらの多くは国から負担されている予算だが、国立とはいえ決して生徒の負担金も安いわけではなく、一部の特待生を除けば相応の額の入学金は払っている。
勿論それは直人も例外ではない。
私立大学レベルの学費を、高校で払うことに関しては全く違和感がないわけではないが、それをしてでもなお山宮学園が日本最高峰の学校であり続ける理由は、その実績と通常ではありえないような特別待遇にある。
ダンジョンでの実地訓練だけでなく、大学すら滅多に所有していない高額な訓練器具や広大な訓練施設を完備し、有力大学やDH協会へのパイプも太い。
山宮学園で優秀な成績を収めれば、それだけで今後の進路は他のDH予備生と比べて大幅に明るくなったと言える。
すると直人が横を通った教室から、授業を行っている教員の声が聞こえてきた。
どうやら、DHになるための心構えについて熱弁してるらしい。
「B級のDBは、主に陣営を組んで連係による撃破が重要だ。よって基本に忠実に、ワンマンプレーは絶対に避けなければならない。我が校では、レベル5クラス以外には徹底した集団連係を身に着けてもらう。リスクを最低限に減らし・・・」
『・・・・くだらない』
直人は心の中でそう呟いた。
リスクを減らした量産型のDH、人海戦術を基本にするなら有効だ。
だが直人はそう言った考えが、反吐が出るほど嫌いだった。
『そういう戦術が通用するのはB級DBまで。じゃあ『それ以上のDB』は誰が処理するんだよ・・・しかも、その戦術はある程度の犠牲も前提にしている・・・』
すると、目の前に『1ー5』と書かれた看板が見えてきた。
直人が在籍することになるのはレベル1クラスだ。
入学試験を最下位で通過した直人は、一年生に用意されたカリキュラムの中で最もレベルが低い1-5クラスに在籍することになる。
因みに、最もレベルが高いのはレベル5クラスの『1-1』だ。
入学式は既に終わり、ほぼ全員の新入生は教室に入っているだろう。
結果的にHRすら遅れるハメになったが、それは完全に自業自得だ。内心自分に対する溜息が止まらない直人だったが、観念した様子で教室の扉に手をかけた。
山宮学園が誇る、最新鋭の設備は教室にも多く配備されていると聞いている。
あれだけの授業料を払ったのだ。それに見合うだけのものは確実に用意されているだろう。
そして、扉を開けた。
『・・・・は?』
教室の中には直人を除いてたったの一人しかいない。
だが、そんなのは直人にとって問題ではなかった。
最新鋭の多機能性デスクに、360度対応のプロジェクター、一人に一つ支給されるVR機能付きタブレットなど、多くの特典があると紹介されていたはずだ。
直人の目に飛び込んできたのは、学校紹介のパンフレットに書かれていた教室風景とは似ても似つかない光景だ。
机は何の変哲もない木の机。その上には山のように紙の教科書が積まれている。
今時、紙の教科書など小学校でも使わないというのに。
教室の正面には黒板が設置されているが、傷だらけでひび割れが目立つ。
「すまんな、葉島直人。少々HRが早めに終わってしまったため、このレベル1クラスだけは、他のクラスよりも早く解散してしまった。君を待つのはこの私のみになってしまったが、まあ大きな問題はないだろう」
そして教壇には長身の女性が立っていた。
180センチに迫る長身は直人よりも背が高く、教壇に立っているせいでなおさら強い威圧感を感じさせる。
髪は短く、全身スーツに身を固めているその女性は、直人の突然の登場にも動揺の素振りすら見せず冷徹な声で言った。
「入学おめでとう。そして可哀そうに。これが君の立ち位置だ」
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