ダンジョン・ハンターは学生です

名無しの男

第1話 プロローグ

その生物の巨大な体躯は黒い鎧のような鱗で覆われ、鉄板をも貫く銃弾も、一撃で命を刈り取る鋭利な刀も、その存在の前には意味を成さない。

巨大な鎌の形をした前足には夥しい鮮血がこびり付き、その様子からもどれほどの数の人々が、目の前の怪物に命を奪われたのかを容易に想像できる。

虚ろな目は眼前に映る存在を抹殺対象としか見做さず、命乞いも媚びも死の苦しみを増やすのみ。


その怪物と真正面から向かい合う存在がいた。

百九十センチを超える長身に、フルフェイスのヘルメットを被るその人間の手には刃渡り一メートルはあろうかという日本刀が握られている。

機動性を重視した戦闘服は防刃用のカーボン繊維で作られ、腰脇には手に握られている日本刀よりは若干短めの日本刀と脇差を帯びている。

ブーツ型の靴にはいろいろと仕込まれているらしく、飾り気の少ない上半身と比べて若干分厚い、ゴツゴツした印象を与えるが、それを煩わしく思っている様子は無く、機動性に問題はないようだ。


だが、いくら人の中では長身だろうと、十メートルを超える目の前の怪物に身体的メリットは存在しない。一目見た瞬間に死を覚悟するであろう圧倒的な恐怖に体は硬直し、逃げようとした瞬間には、一刀のもとに体を両断される。


だからこそ、その怪物にとって目の前の小さな人間の存在は何よりも異質に映ったのだろう。

目の前のその人間には、緊張感というものが感じられなかったのだ。

むしろ退屈しているかのような印象を感じさせるその人間の余裕な態度は、その行動にも表れている。

おもむろに腕に仕込まれた腕時計のような機械のスイッチを入れると、腕時計から発せられた光が空中に文書のようなものを映しだした。

すると、何とも緊張感のない声で空中に投影された文書の内容を読み始める。


「ポイントB-4地区にダンジョン発生。ダンジョンコアは推定ランクB。処理に向かったハンターは消息不明。直ちに応援要請求む、ねえ・・・・」


ヘルメットを被っているせいで若干くぐもったその声は、若い男の声だ。


「相当固そうだけど・・・余裕で斬れるな」


そう呟くと彼は、手に持った日本刀の切っ先を目の怪物に向ける。

体勢を僅かに屈め、足を脱力させるその構えには一寸たりとも隙が見当たらない。

すると、野生の勘だろうか。目の前の怪物も、前足の巨大な鎌を構える。

今まで殺してきた雑魚とはレベルが違うことを感じ取ったのかもしれない。


「こいつは、昆虫タイプの蟷螂型か。ここ最近のでは最強クラスだな」


その直後だった。

目の前の怪物が僅かに動きを見せたかと思うと、受け止めるには余りにも強大すぎる一撃が、横なぎに男に向かって放たれた。


目の前の怪物---いや、ダンジョンの最下層で人間の精気を吸い続けた魔物、十メートルを超える体躯と大型トラックすら一撃で両断するであろう巨大な鎌の形をした前足を持つダンジョンの主、コードネーム『蟷螂』が放った一撃は、男を確実に捉えた・・・はずだった。


「いや悪いね。この程度じゃ俺は斬れないよ」


意識で捉えることすら難しい、ましてや回避など不可能のはずだ。

気が付いたころには絶命している、それが今まで蟷螂の凶刃の前に儚く散っていった戦士たちの辿ってきた道のはずだった。

だがその男は絶対不可避の攻撃を躱していた。胴体を両断するように横なぎに放たれた一撃を、自身の身を地面にくっつけるようにして最大限体勢を低くした彼の頭上を、一撃必殺の攻撃が通り過ぎる。


そこから先は、実に0.2秒にも満たない刹那の時間だった。

体勢を屈め、居合の体勢になったその男は視線を上げる。

蟷螂に攻撃できる唯一のチャンスは、攻撃直後に必ず生じる体勢の僅かな乱れを狙うしかない。

そして、今まさにその瞬間が訪れた。


男の黒刀が一閃する。

屈んだ体勢から放たれた、居合の一撃は蟷螂の胴体を完璧に捉えた。

脱力された状態から、完璧な角度、完璧な速度、そして刃先が全くブレない芸術的な居合の一撃は、蟷螂の体を覆う固い鱗をも貫く。

蟷螂の巨体が僅かに傾くと、胸元を境目にして二つに分かれる。


蟷螂は自覚すら出来なかっただろう。

それほど無駄のない美しい一撃だった。

怪物は男の手によって一刀両断されたのだ。

そして次の瞬間には、黒い霧のような形で跡形もなく霧散した。


「ミッションコンプリート・・・でいいよな」


目標達成の感傷に浸ることもなく、男は早くもその場を後にする。

推定ランクB、国指定の『名前持ち』を倒したにしてはずいぶんとドライな反応だが、これが彼の美学だった。


「これで名前持ちは今月二体目か。ランキングも上がりまくってるだろうなあ・・・」


軽く溜息する彼の姿は自分の偉業を誇るというより、むしろ憂いているようだ。

手に持っている日本刀を背中の鞘に納め、歩き去るその姿に充実感や高揚感の類はまるで見られない。

先ほどの超人的な戦いぶりとはまるで正反対のその姿は、彼自身のやるせなさを表しているようだった。


そしてその数日後・・・・

地方新聞の一面、全国放送のニュースにある名前が浮上した。


『謎のダンジョンハンター現る。現在ハンターランキング急上昇中』

『日本人5人目のA級ダンジョンビースト(DB)撃破者。今月は既に二体のダンジョンコア(DC)を撃破』


突如として現れた、謎の凄腕ハンターに世間は騒然となった。

日本人であるという情報以外、年齢、性別、経歴、出身などの情報が一切不明のニューヒーローの実績は、日を追うごとにさらに強烈なものとなっていく。

僅か半年ほどで、世間で謎のダンジョンハンターの存在を知らぬ者はいなくなり、積み上げる戦果は、日本のみならず世界でも異彩を放ち始めた。


『史上最短の日本ランキング一位を達成。日本人初のワールドランキングトップ10入りも同時達成』

『世界4人目のS級DB撃破。第一級朱雀賞受章』


そして、その存在はある呼称を付けられた。


『臥龍』

一流のダンジョンハンターにはいわゆる通り名を付けられるのが一般的だったが、その中でも特に傑出したハンターには、本名とは別にダンジョンハンター本部公認の通り名が付けられる。

本名不明のその存在は、後にその通り名が世間で一般的な呼び名となる。


そして臥龍は、登場して僅か一年半後に究極の栄誉まで獲得した。

『騎士王』、世間では「ナイト・オブ・ナイツ」と呼ばれる称号であり、これ即ちワールドダンジョンハンターランキング(WDHR)の一位に君臨した証である。

彼はたったの一年半で世界最強になってしまったのだ。


比較的変動が大きかったハンターランキングは、彼の登場により大きな転換期を迎える。

まさに騎士の中の騎士、真の世界最強の登場によって一位の座は揺るぎないものとなったのだ。


世界の誰もが、同業のダンジョンハンターたちですら彼の統治は永遠に続くのではないかと思っていた。実際に、彼が一位の座に君臨していたのは何と一年半であり、一週間ごとに一位が入れ替わっていた時期が数年続いていたことを考えれば歴史的な長期政権である。


だが彼が騎士王となって一年半経ったある日、衝撃的なニュースが世界中を震撼させた。


『臥龍が引退を発表。現役騎士王の引退は史上初』


最強のダンジョンハンターの余りにも早すぎる引退発表だった。

当然、世界中のメディアが詳細や引退までの経緯を知るべく日本ダンジョンハンター本部に殺到した。


しかしながら、そもそも本部ですらまともに正体を把握していなかった臥龍についての回答は世間を納得させるようなものではなく、唯一世間に知られたことと言えば、『臥龍本人から引退申告があった』ということと、『本人による引退会見は行わず、引退申告をされたその日のうちにダンジョンハンター登録は抹消された』ということだけだった。


突然現れて突然姿を消した臥龍の正体や人物像は、世間の妄想を大いに掻き立て、史実に基づいた予想から、まさかの臥龍宇宙人論など突拍子のないものまで、あらゆる予想が世間を賑わせた。

そんな中で、引退した臥龍の実績はさながら伝説の如くクローズアップされることとなる。


『通算5体のS級DB撃破。及び69体のA級DB撃破。S級撃破数5体は歴代一位』

『騎士王在籍期間18か月は歴代6位。連続在籍期間18か月は歴代2位』

『DC撃破数189体。歴代3位の記録』

『年間獲得ポイント歴代最高得点を二度更新』

『迷宮学における数多くの学術的発見に大きく貢献。長年の謎とされていた白楼山集団失踪事件の解明など』

『三年のキャリアの中で十二の国家勲章を受章。現役ハンターでは最多。歴代でも二番目』 


異業どころの騒ぎでは済まされない、恐るべき成果の数々は僅か三年で人々の記憶に残る究極のダンジョンハンターとなった臥龍の凄まじさを明瞭に物語っている。

だが、その臥龍も最早伝説の人となった。

絶対的存在を失ったダンジョンハンター(通称DH)業界は再び荒れ始め、動乱の時代を迎えることとなる。


だが、一つ伝えておこう。

伝説はまだ死んではいないのだ。


臥龍が引退を発表した一か月後、日本最高のDH育成学校である山宮学園(やまのみやがくえん)で、入学式が行われた。

一流のDHを多く輩出している名家の関係者や、非凡な才能を秘めていると判断されたDHの卵たちが多く集うその場所に現れたその存在は、一見すれば凡人の域を出ない普通の少年。


だが、彼の本当の姿を知る者はまだいない

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