少女、笑う

 情けないのは承知の上だが、ああいう人外はどうにも苦手だった。


「ついてない」


――目的地 到着。


 眼前に表示されている文字を手荒く消し去り、頬を伝う汗とも冷や汗とも取れぬ、汗を拭い去る。

 目の前には、廃屋と廃屋の狭間に設けられた、小さな民家が佇んでいた。


「これ、か?」


 あまりにも小さな建物だ。

 ダークブラウンとホワイトをベースにした、おそらく2010年代から様相を変えていないだろうデザイン。年季の入り方からすれば然程時代の流れは汲んでいなさそうではあるが、今のご時勢からみると随分古風な趣だ。

 きっと、扉を開ければ鈴の音が鳴るのだろう。

 扉には小さく『cafe mitama』と彫り込まれている。


「本当に、PW関連会社なのか?」


 思わず疑ってしまう。

 だがしかし、PW内で確認した、公式直々の関連会社情報だ。

 間違いがある筈がない。と、思う。


「す、すみませーん」


 カランカラン。

 予想とは少し変わって響いた鐘の音。

 カウンター席が3席にテーブル席が2席という、極めて小さな店内では十分すぎるその音色に、奥から慌しく駆けてくる足音が聞こえる。

 店内に充満している紅茶の香りが、鼻腔を擽った。


「あ、お待たせしました!」


 カウンター脇に設けられていた、小洒落たアンティーク調の扉。それが勢いよく開いたかと思えば、中から一人の女性が飛び出してくる。


(いや、これは女の子か?)


 背丈は目測140センチ程度。肉付きは程よく、頬を突いてみれば適度に反発されるだろうと予測出来る。

 愛らしい様相に適して、イエローブラウンの髪は頭部下方で両サイドに纏められ、一直線に整えられた前髪が、より一層幼さを搔き立てる。

 パタパタと駆け寄ってくる様からも、幼さを連想させて仕方が無い。


(12、3歳って所か)


 出てきた店番らしき少女に、自分は緊張によって硬直していた体を解き解す。

 滅多に人が来ないのだろう、少女はあたふたと目の前で慌てている。


「あの、面接をお願いしているんだけど、何か聞いてる?」


 出来るだけ困らせないように優しく問い掛けてみれば、少女は合点が行ったかのように目を輝かせた。

 どうやら、何か聞いているらしい。


「杜槻彰紘(トキ アキヒロ)さん!お待ちしてました」


 語尾に音符でも付きそうなテンションでそう告げられ、こっちへどうぞと、窓際の一席へ案内される。

 自分が扉を背にして椅子に座れば、少女は二人掛けの丸テーブルに、もう一席を用意し出した。


「ちょっと待っててね、もう直ぐ来ると思うから」


 ウィンクと一緒に、人差し指を立ててそう言う少女。

 正直、こんな愛らしい少女一人に店番をさせるなど、危険極まりないのではと思えて仕方が無い。(念の為言っておくが、ロリコンではない)

 と、いらぬ心配をしていたその時の事だった。


「ただいま」


 再び鳴り響く鐘の音と共に、落ち着いた声音の女性が入ってきたのは。


「あ、おかえり、うきちゃん!」

「ただいま、紗霧さん」

「杜槻さんがいらっしゃってるよ」

「ああ、知ってる」

 知ってる?


 その言葉に、自分は立ち上がり、背にしていた扉へと振り向く。


「あ、あ、あ」


 言葉にならないとは、このことか。


「先程はどうも」


 全身濡れ鼠の女。纏っている服は、白い浴衣。

 目の前にいたのは、自分がつい先程脱兎の如く逃げ出した、あの幽霊女だった。


(落ちたな)


 確信する、この面接は終わった。

 あれが審査の一貫だったかどうかは知る所ではないが、少なくとも自分は困り果てていたであろう(仮)人物に対し、失礼極まりなく逃げたのだ。

 慈悲も情も無い奴だと思われたに違いない。

 けれど、ここであっさりと諦めるわけにもいかないのは事実。

 自分に、後はないのだ。


「着替えてくるんで、先に始めてて下さい」


 うきちゃん、と呼ばれた女はそう言うと、紗霧さんと呼ばれた少女が飛び出してきた扉の中へと入っていく。

 はて、先に始めると言っても、少女と自分でどうしろと言うのか。


「アールグレイは飲める?」

「うん、飲めるよ」


 微笑と共に問われ、自分も返す。

 程無くして持ち寄られた紅茶を前に、自分は一息つくべく、カップへと口を吐ける。

 荒ぶる精神が、僅かに落ち着く。


「それじゃあ、始めよっか」


 言うなり、自分の真向かいに座る少女。

 自分は首を傾げた。

 はて、先程の女性が普通、前に座るのではないのか、と。少女は特に考えもなく座ったのだろうか、と。様々な推測が脳内を飛び交う。

 しかしながら、自分の疑問は程無くして解決する。


「御魄ミタマ屋、社長の御魄紗霧(ミタマ サギリ)です。よろしくね」


 差し出された名刺には、しっかりとしかと、告げられた通りの名前と役職が記載されている。


「さっきのは鐘刻羽城(キンコク ウキ)ちゃん。御魄屋の副社長です」


 楽しげに告げられた言葉だったが、もう自分の背筋は凍るばかりだ。

 つまり、自分は社長にタメ口をきいて、副社長の前で逃げ出したということか。


(終わった…)


 打ちひしがれる自分に、止めをさすように少女は笑う。


「始めよっか」


 この時ばかりは、少女の満面の笑みに畏怖するより他になかった。

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