邂逅

 吸い込んだ空気は湿気に溢れ、じんわりと不快感を齎す。


「なにせあのPWの関連会社。切り替えないと無い可能性が更に無くなる」


 そう、よくもまあこんな時期まで求人が残っていたものだと言いたい所だが、こちらとしては願っても無いものだ。

 PW関連会社一覧の最下部、消えそうな程小さな文字で記載された社名と募集要項を見つけた時は、天にも昇る気持ちだった。

 要項に記載された必須項目の『秀でた能力』というのは、正直持ち合わせているようで持ち合わせていないが、まあ行くだけ行ってみる価値はあるだろう、と信じている。何より、書類選考は通ったのだから。


「業務内容が、自分の得意分野を活かす業務っていうのも引っかかるけど」


 再び眼前に表示させた電子モニターを操作し、送られてきた住所を確認する。

 現在地周辺のマップを表示させ、送られてきた住所を転送すれば、電子モニターの奥、歩道上に青い矢印が浮き出る。


(AR様様)


 独り言を止め、目的地まで先行してくれる矢印に従い、歩みを進めて行く。

 現在時刻は13:40、面接予定は14:00。目的地までの所要時間は10分。

 という情報を、スマートコンタクトレンズが文字と共に脳へと直接音声を叩き込んでくれる。


(にしても、PWの関連会社が、都心部から離れた場所にあるとは思わなかったな)


 何本目かの路地を折り返し、人が擦れ違える程度の通路を歩んでいく。

 左側は人工的に設けられた雑木林が、右側には廃屋が立ち並んでいる。

 一言で言うならば、不気味。

 雨の滴る薄暗い正午では、あまりに雰囲気が有り過ぎる環境下だ。

 当然、擦れ違う人の姿も無い。


(都心から僅か20分足らずで、この人気の無さ。家屋の朽ち果てようから推測するともう15年は住んでいない。やっぱり、都市部から地方に人が流れてるのは本当か)


 仕方の無い事だとも思う。

 今だ都市部の人口は過密であることに変わりはないが、だとしても一時期よりは随分と減った。有る意味それは、少子高齢社会と発展した社会が合わさり齎した結果とでも言おうか。

 老齢と呼ばれるようになった人々が、こぞって静寂かつ平穏な地方へと流転しているのだ。

 流転のきっかけは、知れた事。 

 物資の供給が、地方でも円滑に行われるようになったからだ。

 加えてPWの普及。

 都市部で働いていた際の貯蓄を上手く活用出来れば、ルノーに困る事もない。心配性の者であれば労働を惜しまないのであろうが、それでも地方の賃金帯で十分賄える所である。


(利便性の高まりが、首都圏からの人の流出に繋がるとはな)


 結果的に言えば利便性の高まりは利ばかりを生む訳ではなかったということになるのだが。

 日本国内におけるオルゴエンジンの普及率は98%(対象年齢内)。

 主戦場であるPWへ参入せず、物資供給の路線外に位置した中小企業は、廃業の一途を辿っているのが現状だ。


(時代の流れを敏感に感じ取った奴だけが生き残るんだろう)


 そう結論付けて、今だ廃屋が連なる路地を歩き続ける。

 風に靡いた笹が、ざわめきを周囲に散りばめた。


(あ、れ)


 薄暗い路地、雨の滴る笹、倒壊し掛けの廃屋。

 10メートル先、開け放たれたままの門扉の前で、一人の色白な女が、俯いたまま佇んでいる。その髪は、塗れている。


(なんだあいつ、嫌だな)


 女がこちらに気付いたのか、項垂れた頭を持ち上げる。身に纏っている白い浴衣らしきものからは、雫が滴っている。


(何も見てない、何も見てない)


 足早に、女の前を通り過ぎる。

 こういう得体の知れない人間とは関わりを持たないが一番だと、短い人生ながらも学んでいる。

 だがしかし、どんなに避けようとも、避けれない事態というのは存在しているのだと、このときの自分はすっかり忘れていた。


――見たわね。


 擦れ違う寸前、耳にした声に、全身の肌という肌が一斉に拒絶反応を示す。

 自分は震える足を叱咤し、足裏へと力を込めた。


(ゆ、ゆ、幽霊!)


 やはりと言うべきか否か。走り去る寸前、合わさった目は赤黒く、電子媒体装着時特有の鈍い光は愚か、生の光さえ宿していなかった。

 つまりは、そういうことだ。

 目的地まであと数歩と言う所で、絶え絶えの息を整える。

 追ってくる気配は無いが、鳥肌は今だ立ち続けていた。

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