第一幕 純然たる必然
22歳と12ヶ月
20XX年6月某日某所。
梅雨時期と言うのに雨が降らない例年と比べ、今年はやけに雨が多く、かく言う今日も地雨が延々と地面を濡らし続けている。
沿道を走る無人運転の車が、時折風圧によって弾いた水を此方へと寄越す。
自分が生まれる前には、傘、なんてものが有ったらしいが、今となっては手首に装着した万能型ウェアラブル端末によって全身に薄い空気層が張られ、雨に打たれる心配も、水を掛けられる心配も無い。
本来であれば、こうして道端を歩く必要もないのだが、今は地に足をつけて歩きたい気分だった。
沿道を、赤い有人運転のスポーツカーが駆け抜ける。
珍しいと思いつつも、自分はただただ溜息を吐き出すばかりだ。
「77回目か」
記念すべき、77回目の記録を刻んだ今日というこの日は、奇しくも一生に一度しか来ない、自分の23回目の誕生日だった。
22歳と12ヶ月。
自分の周囲は、新生活に慣れ始めた初々しい社会人で溢れ返っている。
ということはつまりはそういうことなのだ。
「もう勘弁してくれよ」
就職浪人。
77回目の不採用通達を、無気力な腕を動かし、AR(拡張現実)上から消し去る。
眼前に広げたメールボックスは、こうしていつもの様相を取り戻す。
だが、現実は変わらない。
「ラッキー7なんて、先人はよくもまあ言えたものだな」
皮肉気に呟き、自分は今だ降り続ける空を見上げる。
「仮想世界なら、楽なのにな」
掘り返す記憶。
仮想現実ファントムワールド(略してPW)中の一般活動エリア、通称『パンドラ』。
PWの運営規模は計り知れないが、今や大企業はおろか中小企業さえ参入を果たしているこの仮想空間内で、自分はそれなりの稼ぎを得ていた。
「ルノーだけ見れば、もう一生遊んで暮らせれるのに」
仮想通貨であるルノーを稼ぎ、ログインに必要な『寿命(タイムレコード)』を買うのが、PWをプレイし続ける上での必須条件だ。
ログイン可能となる5歳から18歳までは無条件で寿命と言う制限を免除され、その上で貯蓄可能な余剰分まで与えられるが、18歳と1日目からはそうはいかない。自分で、自分の手で、稼がなければならなくなる。
それこそ、時は金なりを地で行くような世界だ。
「まあ、リアルマネートレード出来ない時点で詰んでるんだよな」
稼ぎ方は様々。パンドラ内に設立された無数の企業で実直に働き稼ぐも良し(プレイヤーの反芻は酔狂な事にこれだ)、はたまたカジノで一攫千金を狙うも良し、併設された数百に及ぶオンラインゲームで稼ぐもよし、時にはリスクを承知でプレイヤーから奪うも良し、方法は様々存在する。
だが、いずれにしても仮想通貨は現実通貨には変えれないのだ。
そう、現実通貨を仮想通貨に変える事は出来たとしても。
「とは言え、食うものと着るもの、生活に必要な物資には困らないのが救いか」
しかしながら、企業に関してはその枠から除外される。
PW内に籍を置く企業は、運営に相応の設立資金と賃料、及び取引に生じる手数料、他多数を納める事によって、ゲーム内マネーである仮想通貨を、現実通貨である現金へとトレードすることが可能となっているのだ。
故に、企業はゲーム内マネーであるルノーを稼ごうとする。
PW内における総プレイ人口を踏まえた上での収益を考えれば、現実での店舗運営やサイト運営などにおける収益など、微々たるものでしかないからだ。
だがしかし、ゲーム内アイテムだけを売っているだけでは、企業は相応の収益を得ることは出来ない。そして、それだけならば、PWはここまで発展しなかっただろう。
PWが発展したのは他でもない、企業とプレイヤー間におけるルノーと現実物資の売買を可能としたからだ。
「今の部屋も、PWのおかげで住めてる訳だしな」
例えば、PW内でA社の車を買えば、相応の手続きの上で、現実でもA社の車を手に入れれる。
例えば、PW内でB社の賃貸物件を契約すれば、現実でも契約したB社の賃貸物件に住むことが出来るのだ。
故に、PWは現実と密接に繋がり、発展を遂げた。
最早、PWは現実世界とそう変わらないと言っても過言ではないだろう。
「だからこそ、永久ログアウトする訳にはいかないんだよ」
寿命ゼロは、ログイン権限を永久に放棄するも同然。そして今となっては、PWへのログイン権限を放棄するというのは、社会における地位の一つを喪失させるのに等しい。
「仮想現実も、現実もな」
幸い、一般プレイヤーはリアルマネーでルノーを買え、その資金で寿命を買える。その為の資金源として、現実での稼ぎは必要なのだ(そもそも納税関連はいかようにしても現金オンリーだ)。
現実社会における義務や権利を果たす上では、必須の行為と言える。
だがしかし、(これはもう頭の善し悪しに関わらず知れ渡っている範囲であるが)ただただ並大抵の職場へ就職をするよりも、PW運営及びその関係会社に就職を果たした方が、個人における利益は高い。ただの現金収入以上に。
何故か。
日に於ける必要寿命を最低限保証及び様々な特権を付与されるからだ。
となれば答えは自明の理、寿命を買う為にルノーを稼ぐ必要が無くなるということは、その分の資金及び時間を自分の必要とする物資や時間に宛がうことが出来るという事。実に有用的だ。
そして、やはりそれを狙う志願者は多い。となれば必然のようなもので、自己意識高く関連会社狙いを続けた結果、就職浪人する輩も少なくはない。自分も含めて。
「さてと、切り替えて次に行くか」
着込んだリクルートスーツの襟を正す。
次の場所は最後のチャンスなのだと、外気を肺に深く溜め込んだ。
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