序幕
開発者の思惑
2025年。
ゲーム業界は、ある一つの分岐点に立たされていた。
モニターに接続される高性能ハードウェア、頭部を覆うヘッドマウントディスプレイ、手に握るワイヤレスコントローラー、ヴァーチャルリアリティゲームが台頭するこの頃、ゲームをプレイするには、それら三種の神器が必須となっていた。
だが、時の移ろいとはかくも早いものである。
それら三種の神器を嘲笑うかのように、ある一つのハードウェアが発表されたのだ。
開発者はこう言う。
『場所を選ばず、鈍重な機械もいらず、操作媒体も不必要。どこまでもストレスフリーにプレイできるハードウェア。それが、この両側頭部に装着する、直径三センチのオルゴエンジンだ』
そう告げ、年若い開発者がオルゴエンジンを眼前に持ち上げれば、集まった記者達が一斉にフラッシュを焚きだす。
だが、開発者はお構い無しに続けた。
『両側頭部にオルゴエンジンを取り付ければ、自動的に脳内物質のメラトニン(睡眠ホルモン)を検出し、仮想現実へのログインが可能となる。逆を言えば、メラトニンが分泌しなければ、仮想現実内のゲームをプレイすることはおろか、オルゴエンジンにアクセスすることさえ叶わない』
不適な笑みを浮かべる開発者に、フラッシュをたき終わった記者の一人が手を上げた。
『では、寝なければゲームで遊べないってことですか?』
そう問うた男性記者に、開発者は間を置かず返す。
『眠らない人間がいるんですか?』
『そう言う意味ではなく、いつでも好きな時にゲームが出来る訳ではないってことですよね?』
『その通りです。ですが、眠る時間さえもゲームが可能と考えれば、それは決してマイナスの限りではないでしょう。肉体は休まるのかという心配も生まれるでしょうが、周知の通り、元より人の脳は睡眠時といえど活動し続けている。後は言わずとも知れていますよね』
開発者が机の上の資料を軽く纏めながらそう告げると、男性記者は腑に落ちなさそうにしながらも、質疑を終え着座する。
それから幾つもの質問が飛び交った後、一人の女性記者が、まるでずっと前から探していた宝物が見付かった時の様に、目を輝かせながら声を発した。
『あの、オルゴエンジンではどの様なゲームがプレイ可能ですか?』
彼女の様子に、開発者は退屈そうな顔を一変させ、こう告げた。
『人の思考が及ぶ限り、全て』
野暮ったいスーツに身を纏わせ、青白い顔色の若かりし開発者は、とても面白そうに席を立った。
画して発売されたオルゴエンジンは、マニアやコアなプレイヤーの心を擽り、瞬く間に世界全体へとその名を知らしめることとなる。
AIの普及による日常生活の全自動化や、交通機関の無人運転化、ウェアラブル端末の普及、果てはリアリティ溢れるヴァーチャルな恋人との生活の再現化。
それらが稚拙なマシンの一つでしかないと思えるほど、オルゴエンジンは画期的だった。
何故か。
睡眠時間という人間としての生活維持上必要不可欠な行為さえも、活動域へと変貌させた新たなゲームは、最早ゲームの域を優に越えていたからだ。
『もう一つ世界を創造したまでです』
開発者の青年は後にそう語る。
そう語るに相応しく、オルゴエンジンは主要各国のみならず世界各国において広がり、そして何よりその所有者は総人口の八割を超えていたからに他ならない。
オルゴエンジン内蔵、ワールド名『Phantom』。
『この世界では全てが許される』
連日連夜、情報機関の全てを飾り続けた青年は、もういない。
だがしかし、第二の世界はそれでも尚、成長を続けている。
そう、開発者の意図を外れ、大きく舵を切りながら。
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