第28話 魔術士の力

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「追っ手が・・・反対側に向かったのを確認したわ。私達もここ出て・・・このまま距離を取りましょう。・・・これで撒けるはず!」

「エスティ、少しだけでも休んだらどうだ?」

「いえ、今は・・・鉄は熱いうちに打てよ!」

 偵察から戻ったエスティは弾ませた呼吸を整えることなく、新たな指示をパーティーに与える。心配したレイガルが休息を促すが、彼女は笑顔でそれを拒む。確かに今は限られた時間を有効に使う場面と言えた。

 身を隠していた屋敷を背後して、レイガル達は再び草原地帯の移動を開始する。追っ手が反対側の城館を調べている間にどれだけ距離を稼げるかが、彼らを振り切れるかの瀬戸際と思われた。そのため、寝てしまったコリンは無理に起こさずにマイラが背負って移動することにする。彼に強行軍を強いるより、その方が手っ取り早いのだ。

「遠くからだったけど、見覚えのある奴がいたから追っ手の正体がわかったわ。・・・驚かないで聞いて欲しいのだけど、なんとアシュマードのパーティーだったのよ!そのパーティーにはムーブルって男がいるのだけど、こいつが中々のやり手の盗賊なの。どうりで振りきれなかったはずだわ!・・・それに何人かの衛兵も付随しているのが見えた。冒険者が衛兵を連れて遺跡に潜るなんて普通じゃありえないから、私達を追っていると思って間違いないわね!」

「・・・またあいつか!・・・そう言えば深部到達の噂の張本人達で、山羊小屋でも最高の冒険者だったな」

 先導するエスティは最後尾のレイガルにも聞こえるように追っ手に関する情報を仲間に語り出す。その内容は正に驚くべき事実が含まれていた。

「そう。遺跡に逃げたコリンとあたし達を追うとしたら、やはり遺跡探索に慣れた冒険者が必要。リシア派は用意できる最高の駒を用意したってことでしょうね」

 因縁のあるアシュマードに対しては嫌悪感を隠さないレイガル達だが、ある程度は予想してかのように淡々と推測を述べる。

「アシュマード氏に関しては私も耳に挟んでいます。リシア様の期待を受けた冒険者で、深部到達を成し遂げたパーティーのリーダーであるとか・・・」

「ええ、そう。クソ野郎なんだけど、冒険者としての腕は悪くないのよ。あいつ!」

「そのようですね・・・」

 エスティの悪態にマイラも同意を示したことから、彼女の情報源はかなり正確と思われた。

「いずれにしても、山羊小屋側は本気ってこと。皆、それを胆に命じておいてね!」

「ああ!それと、エスティがいない間にも話し合ったのだが、今回の事件には何か大きな陰謀か裏があると思えないか?あっち側が功績を焦ったように思えるが、このタイミングで暗殺を仕掛けたのは、やはり不自然だろう?」

「・・・もちろんそれは、あたしも感じているわ。でも、情報が少なすぎるから何とも言えないのよね。ただ、現領主のネゴルス・エクザートは冒険者達を煽るためにギルドを二つに分けて、家督相続も巻き込むほど遺跡深部に並々ならない執着を持っているのは揺らぎようのない事実。この目的が達成される前に、どちらかの勢力が衰退することは望んでいないし、深部到達の噂が事実ならコリンは家督争いに脱落したことを意味し、暗殺する意味そのものが消える。・・・私達がやるべきことは事態が収束するまで彼を安全に匿うことよ。詮索はほどほどにして、それに集中しましょう!まずは追っ手を撒くのが先決!」

 レイガルは暗殺未遂の謎をエスティに改めて問い掛けるが、彼女は議論の深入りを避けて今やるべきことを促した。

「確かにそうだ。それと・・・」

 エスティのリーダーらしい現実的な判断に納得しつつ、レイガルはもう一つの懸念をどう彼女に伝えるか迷い、声を詰まらせる。さすがにメルシア本人の前で、彼女が記憶を取り戻しているらしいとは告げられない。もしかしたら他意はないのかもしれないが、仲間であるレイガル達にも秘めているのである。何か口に出来ない事情があると思われた。

「エスティ!あそこを見て下さい!」

 レイガルが思い悩んでいると、そのメルシアが上空を指差しながら警告の声を上げる。まさか、またワイバーンかと胆を冷やすが、上空には明らかに鳥と思われる影が見えた。

「鳶?!・・・いや梟かしら?・・・猛禽類には間違いないと思うけど」

「ええ、おそらく梟だと思います。そして梟は魔術士が好んで〝動物変化〟の魔法で姿を変える動物です。知恵を象徴する動物ですし、何より空を飛べて夜目も効きますから」

「・・・つまり、あれは魔術士が変身しているってこと?」

「魔力関知の範囲外なのではっきりとは言えませんが、私が〝動物変化〟を扱える力量を持っていて、後ろのパーティーに参加していたのならば、空から偵察に出るでしょう」

「クソ!まさか空から見られていたなんて!」

「すいませんエスティ・・・私も〝動物変化〟を扱えるほどの技量を持った魔術士が追っ手に加わっているとは思っていませんでした」

「ああ、ごめん、メルシア。あなたを責めたわけじゃないわ。むしろ、あなたがいなかったらこの事実に気付くこともなかったのだから感謝するべきだわ。・・・一応聞くけど、アレを落とすことは出来ないわよね?」

「はい、あの梟は攻撃魔法の射程内には決して入ろうとしていません」

「やっぱり、そうよね・・・」

 エスティとメルシアが会話するために立ち止まったことで、梟は旋回して反対方向に向かって飛び去って行く。おそらくは追跡を切り上げて仲間の下へ報告に戻ったに違いなかった。

「ある程度だけでも距離を稼げたと思うしかないか・・・。皆、悪いけどまた行き先を変えるわ。本来なら、さっき説明したとおり、ここから見える城か屋敷のどこかに隠れるつもりだったけど、空から監視の目があるんじゃ、見つかるのは時間の問題。外壁沿いに移動して他の階層への出入り口を探します!」

 既に黒い点にしか見えない梟の影から視線を外すと、エスティは新たな指示を出す。当初の計画からは大きく変わっているが、脅威や状況に臨機応変に対処するのは探索の基本だ。その点レイガルはこれまでの冒険によって、彼女の迅速な判断力に全幅の信頼を置いている。メルシアとマイラもエスティの異存がないとばかりに無言で頷く。レイガル達は再び進路を変更すると、外周部に向けて移動を開始した。


「ダメだわ・・・やはりこの扉は魔法によって閉じられているらしい。メルシア、何とかならないかしら?」

「わかりました。任せて下さい」

 外周部に辿り着いたレイガル達は、そのまま絶壁のように聳える石壁を右手沿いに移動をはじめ、遂に他階層への出入り口と思われる小さな門を発見する。早速とばかりにエスティが鍵と罠の有無を調べるが、その門には魔法的な封印が施されていたようでメルシアに出番を要請した。

「・・・やはり、高度な〝魔法錠〟が仕掛けられていますね」

「開けられそう?」

「少し時間を頂ければ」

「なら、お願い。またあの梟が来る前に入りたいから」

「はい」

 門の前の立ったメルシアは、杖を胸元に掲げて魔法を具現化するための詠唱を開始する。その言葉はレイガルには理解出来ない古代の魔法語だが、彼女の喉から紡ぎ出される独特の旋律を響かせる凛とした声には大きな力が込められていることだけは察せられた。

 やがて、レイガル達が詠唱を続けるメルシアの安否を心配し始めた頃、両開き式の門の中央の境目から強い光が漏れては消えた。

「・・・ふう・・・なんとか、開けることに成功しました」

 封印の解除を終えただろう。メルシアは構えていた杖を下げると、見守るレイガル達に振り返りながら告げる。笑顔を浮かべてはいるものの、かなりの魔力を消費したのか息が上がっていた。

「ありがとう、メルシア。ここからは、またあたしが先導するわ」

 エスティはメルシアに労いの言葉を掛けると盗賊の極意に従って慎重に門へと手を添える。そして永らく閉じられていた事実が嘘のように門は滑らかに内側に開いていった。

 レイガルは万が一に備えるが、中は当然のように動くモノの姿はなく、しばらく進んだ先に下に向かう階段が見えただけだった。


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