第27話 第五層再び
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予定に反してレイガル達は、再び草原の広がる第五層に足を踏み入れた。ここは外周こそ石壁に囲まれているが、天井部分は疑似的な空を形成された解放型の階層だ。迷路のような第三層と四層を抜けて来た後なので、彼らは地上に戻ったような錯覚を覚える。それもそのはずで、ひっそりと佇むように建つ幾つかの城館や屋敷を別として見晴らしの良い、なだらかな丘陵地帯にも関わらず反対側の壁を見通すことは出来ない。その規模は第一層と同等か、もしくはそれ以上の広さがあると思われた。
このように広大な第五層に至る階段や通路は第四階層に数多に存在していると思われている。そして、一部の腕利き冒険者達は独自の方法でその〝道〟探し当てていた。それはレイガル達も例外ではなく、前回の探索でやっと第五層への橋頭保を築き上げたわけだったが、今回追っ手に尾行されたままやって来たことで〝道〟の存在を他者に知らしめてしまった。もっとも、コリンの安否を考えると背に腹は変えられず、様々な意味で苦渋の選択と言えた。
唯一の幸いは前回の探索で既にワイバーンを倒していることだろう。この手の大型の怪物は縄張りを持つのが一般的で、付近に敵が潜んでいる可能性は低い。後方の追っ手に警戒を注ぐことが出来た。
「皆、歩き難いだろうけど、がんばって!」
足跡等の痕跡を隠すためにエスティは土で固められた道を避けて、草原の中を前回探索した城館とは逆の方向に移動を開始する。本来ならコリンを連れているので、安全が確立されている地点を目指したいが、今は定石から外れた選択が必要だった。追っ手ならば、最も近くの建造物から調べるに違いないからだ。
「あっちも待ち伏せに警戒しているから、そんな早くは来ないだろうけど。そろそろ急ぐわ!」
しばらくは膝の辺りの高さまで生えた草むらを黙々と踏み分けていたが、先頭のエスティが警告を発すると小走りに走り出す。彼女は聞き耳によって追っ手との距離を把握しており、彼らがそろそろ第五層に現れると想定したのだ。身を隠す場所に乏しい草原では、目の良い者ならレイガル達の姿を捉えることが出来るだろう。一刻も早く建物の中に入る必要があった。レイガルは近視感を覚えつつも、指示に従いコリンの手を取って走るマイラとメルシアの後に続いて駆け出す。どうやら、第五層は持久力を試される場所のようだ。
「もうちょっとよ!」
「はあ・・・はあ・・・何度やっても・・・鎖帷子を着たまま・・・はあ・・・走るのは好きに・・・なれないな・・・はあ・・・」
先行したエスティに誘導されたレイガルは、城館と呼ぶにはやや小振りの屋敷の中に入ると喘ぐ呼吸の合間に愚痴を漏らす。
「そんなのを好きな奴には近づきたくないわね。変な趣味持ちに間違いないだろうから。・・・あとレイガル、苦しいのはわかるけど、出来れば激しい運動して直ぐに寝転がるのは止めた方が良いわよ」
「そうだったな・・・ありがとう・・・・エスティ・・・」
「いえ、気にしないで」
床に腰を降ろそうとしたレイガルだが、エスティの指摘を受けるとその場で足踏みや腕の回すなどの軽い体操を行う。ちょっとしたことだが、これを怠ると後々疲れが酷くなるので有難い忠告だった。コリン達も彼女の警告を受けたのだろう。既に同じようなことをしていた。
「あたしが外を探って来るから、皆はここでしばらく待機していてちょうだい。追っ手の様子がわかり次第戻るわ!」
「エスティ!一人で大丈夫なのか?!」
完全に息が落ち着く間もなくエスティは次の行動を仲間に告げ、レイガルは彼女の身を案じる。第四層では言い争いをする一歩手前だったが、先程の蟠りはもうどこかに消えていた。
「大丈夫よ。いざとなったら魔法を使うし。レイガル達はコリンをしっかり守ってね!特にマイラ、あたしがいない間、忍びの技を持つのはあなただけだからね。頼んだわよ!」
「はい、了解しました!」
指名されたマイラはエスティに力強く答える。彼女は遺跡探索こそ慣れてはいないが、盗賊として高い技量を持つことは大蝙蝠との戦闘で証明していた。エスティが別行動を取る間、マイラがパーティーの目と耳を務めることを期待しての問い掛けであり、意思表示だった。
「じゃ、また後でね!」
エスティは最後にレイガルにウィンクを送ると、錆び一つない鉄枠で補強された屋敷の扉から自らの役割を果たしに出掛けた。
「申し訳ありませんが、ご子息様に休息が必要のようです」
「いや、謝る必要はない。仕方がないさ」
マイラはエスティから受け取った背負い袋から毛布を取り出すと、コリンを広間の床に寝かしつけた。本来なら直ぐにでも行動出来るよう起きて待機するべきだったが、コリンは昨日の深夜からほぼ一日中歩き回り、最後はかなりの距離を走っていた。彼のような成長期に入ったばかりの身体には酷なことだ。レイガルも理解を示す。
「ご理解を感謝します」
「しかし・・・鞭をあれほど巧みに扱う使い手は初めて見たよ」
恐縮するマイラを見つめながらレイガルは語り掛ける。今更だが、彼女は艶のある黒髪が特徴のなかなかの美人だった。もし街ですれ違うことがあったら、思わず振り返ってその顔を瞳に焼き付けようとしただろう。それが今まで気に留めることがなかったのは、これまでの急な展開に対応するのに夢中だったのと、エスティとメルシアのせいだ。彼女達と普段から接することで目が肥えてしまったのだ。
「いえ、逆に非力な私は鞭のような武器で小細工を弄するしか出来ないのです」
「それでも、自分の長所を伸ばした成果ってことだろう。ところで彼・・・コリン様は領主の地位には興味がないようだが、辞退は出来ないのだろうか?そうすれば姉弟で争う必要もなくなるし、暗殺の目的も消えるのでは?」
マイラの鞭捌きを褒めたのは率直な感想だったが、あまりしつこいと嫌味になる。レイガルは話の切っ掛けを掴んだことで本題を切り出した。
「その考えはごもっともです。ご指摘のとおり、ご子息様は以前に家督相続を姉のリシア様にお譲りしようと、お父上様に相談されたことがありました。ですが、散々にお叱りを受けることになり断念しております。それ以来、表向きには担当する冒険者ギルド、いわゆる古井戸の運営に尽力するよう心掛けています。領主様はお二人を競い合わせることで遺跡深部への到達が早まるとお考えだったのでしょう」
「・・・それが今回、最悪の形で裏目に出たというわけか。しかし例の噂、深部到達がガセだったとしても、どちらかと言えば山羊側の冒険者の方が遺跡探索を先行していたはずだ。なんでこの時期にこんな荒事を仕掛けて来たのか、理解出来ないな・・・」
「ええ、そのとおりです!私も常日頃からご子息様の安否を心掛けておりましたが、なぜ今、リシア様方がコリン様の命を付け狙うのかが理解出来ません!」
それまでは落ち着いて返答していたマイラだが、コリン暗殺未遂の動機に話が及ぶとやや興奮しながらレイガルに同意を示した。慇懃を絵に描いたような人物に見えたが、実は感情豊からしい。
「・・・ああ。エスティは古井戸側への牽制や揺さぶりで噂を流したと推測していたが、もしかしたら俺達が知り得ない隠された事情があるのかもしれないな・・・」
「ええ、その可能性は高いと思います。いずれにしても、今の状況は領主様にとっても不本意なはずですので、しばらくすれば収束に向かうはずです。それまでコリン様をお助けするご協力をお願いします!」
マイラは改めて助力を求め、レイガルとそれまで二人の話に口出しをせずに静観していたメルシアに頭を下げる。何が彼女にここまでの忠誠をコリンに抱かせるのかは不明だが、その真摯な態度は偽りには見えない。
「心配には及びませんよ。・・・遺跡の探索は私にとっても必要な任務ですから」
頭を下げられたメルシアはいつものように落ち着いた態度で返事を行うが、その言葉の一部にレイガルは違和感を覚えた。古代魔法文明の継承者である根源魔術士が遺跡に潜る動機の多くは単純な金銭目的ではなく、古代に失われた魔法の収集と研究にある。特に彼女の場合は頭部を負傷した際に失われた記憶の回復を、探索を続けることで促すことにあった。だが、今の〝任務〝という言葉には明確な意志が感じられた。それは自発的な行動ではなく他者、それも何か上位の存在から与えられた命令のように思える。
「・・・もちろん協力は惜しまないさ!」
もしかすると、メルシアは既に記憶を取り戻しているのかもしれないと感じ取ったレイガルだが、それを胸中に潜めて彼もマイラの頼みに応じる。人間には対処出来ることに限りがある。追っ手という具体的な脅威が存在する以上、そちらに集中すべきだった。
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