第14話 待ち伏せ

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 先行するエスティの指示に従いレイガルとメルシアは第一層の茂みに待機していた。金属鎧を着たレイガルは出来るだけ動かないようにしっかりと腰を降ろし、メルシアは片膝を付いた状態で彼に寄り添うように辺りに警戒に払っている。エスティの勧めもあって今の彼女はマントの下には薄手ではあるが革鎧を着こみ、腰には護身用の短剣を下げている。根源魔術士のトレードマークとも言うべき杖は持っていないが、右手には魔法の補助を行う指輪を身に付けており、遺跡を探索するに相応しい装備と姿だ。

 そんなメルシアの横顔をレイガルは何気なく観察する。歳の頃は自分より下の十八歳前後だろうか、凛とした顔付きはハーフエルフのエスティに勝るとも劣らず美しい。むしろ滑らかで長い金髪と生真面目な性格から彼女の方が人間というよりはエルフ族のような他種族に感じられた。

「レイガルはなぜ、遺跡の探索を志したのです?それに今回の探索も成功しましたが、一番危険な役目はレイガル、あなたが負ってくれました。怖くはなかったのですか?」

 メルシアを見つめていたのはそんなに長い時間ではなかったが、レイガルの視線に気付くと彼女は僅かに笑みを浮かべて小声で問い掛ける。

「・・・前にも少し話したが、以前の俺は敗けた側で戦っていた傭兵だった。それをこの街まで逃げて来て、遺跡に潜る冒険者として再起を掛けた。危険な役目についてだが、俺はメルシアやエスティのように魔法を使えないし、特別な技術も持っていない。身体を張って戦うことしか出来ない。怖くないと言えば嘘になるが、それが俺の唯一の取り柄だ。だから気にしないでくれ。それに美人達を守るのは男にとっては名誉なことだしな」

「なるほど、長所を活かす合理的な考えなのですね。・・・そういえば以前、エスティはレイガルのことをスケベだと言っていました。そのスケベとはどういう意味なのでしょうか?私やエスティのような女性が関連することのようですが?」

「いや・・・それをメルシアに面と向かって問われると・・・答え難いな・・・」

 軽口を流され、美女もしくは美少女と呼んでも差し付けない容姿と年齢のメルシアに真顔で問われたレイガルは居心地が悪い気分となる。本来なら嫌味か悪い冗談にしか聞こえないが、これまでの付き合いで彼女がそんなことをするはずがないのは理解している。これは本気で問い掛けているのだ。

「どうしてです?もしかして危険な事実なのでしょうか?」

「・・・その推測は当たらずも遠からずってところか。まあ、はっきり言ってしまえば、殆どの男は良い女を自分のモノにしたいと願っている。それをどの程度、表に出すかは個人差によるんだが・・・それを大っぴらに出す男をスケベと呼ぶ。エスティは俺がメルシアをモノのしようとする衝動を我慢出来ない可能性が高いから、気を付けろと言いたかったのだろう」

 記憶を失っているためか、メルシアは一度口を開くと貪欲に疑問を投げ掛けて来ることが多い。自身に関わることではあったが、レイガルは彼女の事情を踏まえて可能な限り客観的な立場で説明を行なう。

「・・・つまりレイガルは私をモノしたいということでしょうか?・・・それは困りますね・・・」

「いや、それは・・・」

 メルシアの返答にレイガルは困惑しながらも寂しい気持ちとなる。期待はしてなかったが、はっきり拒否されるとどう反応して良いかわからなかった。

「きっとエスティが激怒することでしょう。私は彼女に嫌われたくありません。レイガルがスケベをするのであればそれはエスティに向けて下さい」

「そ、そうす・・・いや、俺はエスティ・・・に限らず仲間に、少なくても冒険者として成功するまではスケベなんてしないから安心してくれ!」

「それについては、レイガルにお任せします。ですが、おそらくは懸命な判断でしょう」

「ああ・・・」

 会話を締めることになるメルシアの言葉にレイガルは頷く。内容からすると彼女は自分を男として否定したわけではないようだ。その事実に安堵しつつも、彼はこのパーティーが危ういバランスで成り立っていることを改めて実感する。せっかく美女達が直ぐ近くに仲間として存在しているというのに、下手に口説いてしまってはパーティー間のトラブルになってしまう可能性があるのだ。皮肉なような気もするが、彼は冒険者仲間としてエスティとメルシアを失いたくはなかった。パーティーを存続させるには唯一の男として行動を自重する必要があるだろう。もっとも、エスティからは一人前になるまでは相手にしないと申し渡されている。彼女を口説きたいのならば、まずは冒険者として成功することが近道になるはずだった。


「戻ったわ」

 メルシアとの雑談を終えると、しばらくして合図の口笛の音と共にエスティが戻って来た。彼女は第一層で待ち伏せを行う、ならず者冒険者達を警戒して偵察に出掛けていたのだ。まもなく地上だからと油断していると、せっかく回収した成果を奪われることになる。ギルドに辿り着くまでは一瞬たりとも警戒を怠ることは出来なかった。

 本来、こういった不正行為や冒険者同士の対立や争いは、探索を奨励するはずの冒険者ギルドにとって望むことではなかったはずだが、領主の策によってギルドが二つに分裂して競争を煽った弊害と言えた。対立するギルドに所属する冒険者ならば手荒なことをしても構わない。そんな考えを持つ冒険者が現れ始めたのだ。

「早速だけど、私達がいつも使う帰り道に下手くそな隠密で潜んでいる何人かの気配を感じたわ。顔まで判別できる距離には近づかなかったから、誰かは特定出来ないけど真っ当な冒険者じゃないのは間違いないわね。遠回りになるけど、別ルートで古井戸を目指しましょう。いつもの布陣で付いて来て!」

 エスティの報告とそれに基づく指示にレイガルとメルシアは素直に従う。忍びの技術において彼女は抜きん出た才能を持っていたし、判断力にも優れているからだ。レイガルは殿を務めながら、エスティに認められるのは当分先であることを覚悟した。

 こうして怪しい人物達を避けて回り道を進んでいたレイガル達だったが、先行するエスティが急に立ち止まって待機を命じると、レイガルは背中に冷や水を掛けられたような不安を感じる。これまでもこの指示は何度も受けていたが、今回の彼女は酷く慌てているように見えたからだ。そして彼の思いは直ぐに現実となる。続いてエスティが敵襲の警告を発し、それとほぼ同時に前方の茂みから複数の男達が現れた。

 レイガルは剣を抜きながら中央に位置するメルシアの下に駆けつける。突然の襲撃に際してはメルシアを最優先に守るのが彼に課せられた使命だった。

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