第13話 番犬

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「こっちだ!」

 言葉が通じるとは思えなかったが、レイガルは腹の底から振り絞るように大声で叫ぶ。それに釣られたように子牛ほどの体格を持った猟犬がこちらに頭を向けた。犬はレイガルを視線に捉えると僅かに胸を膨らませ、次の瞬間には口から直線状の炎を吐き出した。この恐ろしき猛獣は〝ヘルハウンド〟と呼ばれる古代人達が造り出した魔法生物だ。

 予備動作により炎による攻撃を予期していたレイガルは、盾の影に身体を窄めるように隠す。予め被っていた水、盾と鎖帷子、更にメルシアの防御魔法で守護された彼の身体を炎の息が覆う。現時点における最良の策を講じていたはずだったが、それでもヘルハウンドの炎は彼の身体の一部を焼き焦がした。

 まさに焼き付くような痛みに耐えるレイガルだが、その苦行が報われたかのように炎の息が途切れる。盾の奥から覗く彼の瞳に、ヘルハウンドの左側面の肩と腹に突き刺さった短剣と輝く光の矢が映った。敵の注意を自分に引きつけている間にエスティとメルシアが攻撃を加えたのだ。

 自然界の動物であったのなら戦意喪失するほどの傷と思われたが、ヘルハウンドは唸り声を上げると後方のエスティ達を新たな炎の標的にしようと身構える。

「させるか!」

 だが、火傷をものともせずに距離を詰めたレイガルは回頭したヘルハウンドの頸部に剣を叩きつける。今回は盾を装備しており片手での剣撃だが、刀身がめり込むほどの深手を負わせる。それでもまだ絶命せずにいる怪物は再び炎の息を吐き出そうとするが、その眉間に魔法で造られた光の矢と短剣が競いあうように突き刺さると冷たい石畳の床に崩れるように倒れていった。

「今、治してあげるわ!」

 ヘルハウンドが倒れたと同時にレイガルもその場に片膝を付いて蹲るが、エスティが素早く駆け寄ると彼の背中に触れて〝癒し〟を施した。身体の中に心地良い温もりが生れながら、火傷の痛みが嘘のように引いていく。エスティが彼の前に回って笑顔を見せる頃には、レイガルは苦痛から解放されていた。

「助かった!」

「いいのよ!やっとあの化け犬を倒せたんだから!」

 レイガルを助け起こしながらエスティは興奮気味に勝利を喜んでいる。

「ああ、手強かったが何とか倒せたな!」

「・・・ええ、全員が無事でなによりです!」

「うん、これでこのルートの先へ進める!やったわ!」

 レイガルの負傷が回復されたことで後ろに控えていたメルシアが喜びの輪に加わると、エスティは労わるように仲間達の背中を何度も叩く。怒らせると厄介とは言え、普段は冷静な判断を下す彼女がこれほど感情を露わにするのは珍しいことだ。よほど、ヘルハウンドを倒せたことが嬉しいに違いない。いずれにしても彼女が一人では越えられなかった障害は三人の協力によって打ち砕かれた。

「本当なら・・・今直ぐにでもこの先に進みたいのだけれど、一度さっきの隠し部屋に戻って休息にしましょう。あたしもメルシアも魔力をかなり消耗しているからね。ここから先は明日、改めて!」

 エスティはヘルハウンドが守っていたと思われる広間とのその先の通路を一瞬だけ見つめるが、焦る気持ちを抑えるように指示を出す。彼女としてもこの先の一刻も早く踏み入れたいのであろうが、未知の区画に半端な状態で入るのは無謀と理解しているのだ。

「ああ、この先に手付かずの宝があると思うと今すぐにでも探索したくなるが・・・それが正解だろう!」

「はい、私もエスティの判断に賛成です」

「ありがと、二人は聞き分けがよくて助かるわ!それじゃ一旦戻るわよ!」

 レイガルとメルシアも同意を示したことでエスティは最終的な判断を下した。


 メルシアを新たな仲間として加えたレイガル達はエスティの指揮の下、順調に遺跡探索を何回も成功させていた。偶然がきっかけで結成されたパーティーであったが、三人は得意とする分野がそれぞれ異なっており、お互いの相性は良好と言えた。前衛として敵と接近戦を担当するレイガル、パーティーの司令塔で遺跡探索の要とも言える忍びの技を持ち、更に〝祈祷魔法〟も扱えるエスティ、古代遺跡を造り出した魔法文明に通じる〝根源魔法〟の使い手であるメルシア、この三人はそれぞれの短所を補う形でパーティーを支え合った。

 しばらく低層域での探索で充分な経験を積んだレイガルとメルシアはエスティのお墨付きをもらうと、いよいよ彼女が独自に発見していた第四層の未踏区画に挑戦を挑んだ。第四層以降は中層と称される地域であり、ここから開けた空間は少なくなって閉鎖的な石造りの通路が続くことになる。その分、怪物との接触が多くなり、生半可な冒険者では到達すら難しいと呼ばれる場所だ。そして、彼らは番犬であったヘルハウンドを見事に倒し、新たな道を切り開いたのだった。


 その後は何事もなく比較的安全と思われる隠し部屋で一夜を明かし、肉体的疲労と精神力もしくは魔力と呼ばれる魔法の原動力を回復させたレイガル達は早速とばかりに、翌朝ヘルハウンドが遮っていた区画の探索を開始する。

 メルシアによるとこの区画は、今日では錬金術と呼ばれる根源魔法を利用した古代人の研究施設か、もしくはその錬金術に携わる者達の教育施設ではないかとのことだった。それだけに錬金術で開発されたと思われる〝お宝〟に期待が出来た。

「今回はこれくらいにしておきましょう」

 まだまだ探索するべき場所が残っていたが、古代の照明道具らしき淡い光を発する半球形の魔導具を回収したところでエスティは仲間達に帰還を切り出した。これ以外にも様々な魔道具を回収しているが、三人の背負い袋の中はまだ余裕がある。レイガルはエスティの判断に困惑した。

「ああ、レイガル。言いたいことはわかるわよ。せっかくの宝の山を前にして、なんでそんなに急いで帰るのかでしょう?今までの探索では、こんなにお宝を見つけられなかったからね。昨日休んだから体力も魔力も充実しているし、早すぎると思うのは無理もないわ。・・・けどね、一回の探索であまり多く宝を持ち出すと買いたたかれるし、他の連中に目を付けられてこの場所を嗅ぎつけられたりするのよ。そうなったら、後々面倒。それに第一層に、他人の手柄を直接奪おうとするクズが待ち受けているかもしれない。昨日もそうだけど、探索には常に余力を残すことが何より大事なの!」

「・・・そうだったな。わかった、エスティの言う通りだ」

「うん、この稼業は本当に引き際が大事!メルシアも納得してくれるかしら?」

「ええ、もちろんです。私としてもここで発見した魔道具をゆっくり調べてみたいと思っています。それで何か思い出せるかもしれませんから・・・むしろ好都合です」

「では、必ず今回も生きて地上に戻るわよ!」

 初心者の域を脱したと思っていたレイガルだが、エスティに改めて冒険者の立ち回りを教えられる。そして彼女の判断の正しさは後に証明されることになる。

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