第4話 エスティ
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「この俺と張り合おうってのか?!」
レイガルの言葉にアシュマードという名の男が反応するが、その気配はエスティと言い合っていた時とは明らかに変わっていた。相変わらず怒気を含んだ口調はそのままだが、今では制御された緊張感を漂わせレイガルに右半身を向ける。これは腰の剣を抜くための準備行動だ。そして歴然とした敵意を浴びせられたレイガルも本能的に臨戦態勢に移っていた。
「ちょっと、アシュマード!あんたは馬鹿だと思ってけど、本物の馬鹿なの!やめなさいよ!」
「うるせえ!けしかけておいて騒ぐんじゃねえ!」
「もう付き合っていられないわ!ギルド内で剣を抜こうとするなんて!こんな奴を相手にすることにないわ。行きましょう!」
一触即発の空気を察したエスティは窓口に置かれていた自分への報酬をひったくるように手に取ると、逆の手でレイガルの腕を掴みギルドの外に出るように促す。
「そうしよう!」
「ええ、金にならないことで戦うなんて馬鹿のすることよ!」
「待て!逃げるのか腰抜け!」
後ろでは男が吠えていたがレイガルは無視して女冒険者の指示に従う。発端となった彼女が逃げようとしているのだからこれ以上は無意味だ。彼もつまらない意地だけで剣を抜くほど愚かではなかった。レイガルはハーフエルフの美女エスティに誘われて〝山羊小屋〟を後にした。
「・・・変なことに巻き込んで悪いかったわね。謝るわ。さっきのあいつ、あたしに振られたことを今でも逆恨みしているのよ。それに最近では領主の娘に目を掛けられて調子に乗って・・・いえ、そんなことはどうでもいいわね。・・・庇ってくれてありがとう!」
「・・・いや、俺も女性に頼られて悪きはしなかったよ。気にしないでくれ・・・」
ギルドの建物を出てからしばらく歩んだところで、エスティはレイガルに振り返ると謝罪と礼を口にする。彼としては〝山羊小屋〟の実状を知る機会を見事にふいにされてしまったが、屈託のない笑顔を表わした美女に面と向かって感謝を伝えられたことで責める気はなくなっていた。ギルド職員のやりとりと見事な啖呵から気性の激しい人物と思われたが、筋は通す女性のようだ。
「あたしはエ・ストネール、エスティって呼んで」
「俺はレイガルだ。エスティ・・・良い名前・・・だね」
自己紹介を受けたレイガルはぎこちなく返事をする。エスティに対してどう反応するか悩んだからだ。長寿のエルフ族やその血を引くハーフエルフの年齢を外見で察するのは難しい。同世代か僅かに年下に見える彼女だが、かなりの年上の可能性もある。それでも彼は期待を込めて気さくな態度を取った。
「ふふ、お世辞でもありがとう。よろしくレイガル・・・これまであなたを山羊小屋で見掛けたことはないけど、以前は古井戸側で仕事をしていたのかしら?」
「・・・いや、傭兵としてはそれなりに経験があるが、実は昨日この街に来たばかりで、冒険者としてどちらのギルドに入るか調べていたところだったんだ」
エスティに対して経歴を誤魔化しても意味はないと判断し、レイガルは正直に自分の状況を伝える。
「ああ、そうだったのね!それは本当に悪いことをしたわね・・・なるほど・・・ねえレイガル、これも何かの縁だし、良かったら、あたしと組まない?あたしもある程度は戦えるのだけど、最近一人での探索に限界を感じていたところだったの。どう?あなたにとっても先輩冒険者を仲間にするのは悪くない話だと思うわよ?!」
「そ、それはありがたい!俺は剣で戦うのは得意だが、遺跡の探索は素人だ。経験を積んだ仲間が必要だったんだ!ぜひ頼む!」
思いがけないエスティの申し出にレイガルは高鳴る胸を抑えながら承諾を伝える。丁度、彼女を仲間に出来たらどれだけ素晴らしいか思い悩んでいたところだ。
「良かった!・・・一応、最初に言っておくけどリーダーは経験のあるあたしよ。その代わりに取り分は五分五分にしてあげる。あと山羊小屋では面倒を起こしちゃったから、これからは古井戸を拠点にして活動するつもりだけど、この条件で良いかしら?」
「・・・もちろん、その条件で構わない!」
一瞬だけ考えながらもレイガルはエスティの出した条件を飲む。自動的に〝古井戸〟に加盟することになってしまったが、それ以外の条件は客観的に見ても妥当な内容と言えた。
「それじゃ、決まりね!早速、あたしのギルド移籍とレイガルの新規登録を申請しに古井戸に行きましょう。その後は食事でもしながら、じっくりと細かい条件や遺跡探索に関することを教えてあげるわ!」
「ああ、頼むよ!」
「それともう一つ!私の身体を後ろから舐め回すように見つめるは止めてよね!もう仲間なんだから、そういうのはなしよ!」
「ばれていたのか・・・」
「当たり前よ!さっき、あなたの後ろに隠れたのはそのお返しだったのよ。まさか、そんなスケベ野郎があんな男気を見せるなんて思わなかったわ。まあ、良い意味で裏切られたわけだけど・・・」
「そういうことだったのか・・・・それに関しては謝るよ、あまりにも見事な身体・・・いや、済まなかった。・・・けど、正面から見据えて真面目に口説くのなら良いってことかな?」
「・・・レイガル、あなたが冒険者として一人前になった後なら私も文句は言わないし、もしかしたらそれを受け入れるかもしれない。でも、それまでは仲間を、それもリーダーを口説こうなんて夢にも思っちゃ駄目!いいわね、新人君!」
「それは・・・胆に命じとくよ・・・」
やはりエスティが一筋縄でいかない女性であること思い知ったレイガルは、お手上げとばかり殊勝な態度を示す。このままでは彼女の尻に敷かれそうではあったが、同時に頼れる仲間を得た喜びも感じていた。
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