第2話 到着
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「やっと・・・辿り・・・着いた・・・」
遠くに見える街の城壁を瞳に捉えたレイガルは、古いなめし革のように干からびた自身の舌に抗いながら呻いた。既に馬は追手から逃げるために限界まで走らせて乗り潰しており徒歩である。鞍等の馬具も含めて、売り払えばかなりの金額になったはずだが、捕まってしまっては元も子もない。彼は優先順位を見誤ることはなかった。
馬を失ってからは人目を避けるために街道を外して野山を歩んで来ていたが、あの城壁が見えたということは目指していたエクザート領内に入った証と言えた。
エクザートはレイガルが参加した戦の当事者ボーラルとデントス、この二国の東側に位置する新興の国家だ。その首都であるゴルジアは、かつて牧畜を生業とする小さな街に過ぎなかったが、地下に広がる古代遺跡が発見させると、そこから齎される古代の宝を目当てに集まった探索者や商人が棲みつくようになり、現在では周辺地域を支配するまでの規模になっていた。政治的には五百年前に滅んだ古代人の流れを汲むと自称するニール帝国に属しており、ボーラルとデントスこの二国の争いに対しては傍観者を貫いている。つまり中立国のエクザート領に入ったことでレイガルは敗残兵から、流れの傭兵に戻ったというわけだ。
表街道に出たレイガルは重荷を降ろした思いで、自分と同じようにゴルジアを目指す旅人達の流れに加わる。また、彼はこれからの展開にも希望を持ち始めていた。ゴルジアは今でも冒険者による遺跡の探索、発掘が産業の中心となっていると聞き及んでいる。自分の剣の腕前は危険な宝探しでも役立てるだろう。仕事があるはずだった。
「とは言え・・・まずは飯・・・それに風呂だな・・・」
戦場を逃げ出してから、レイガルは携帯していた干し肉以外のまともな食事を摂っていない。正確な日数を思い出すと心が折れそうになるので敢えて考えないようにしていたが、あれから五日か六日、あるいは七日が経っているだろう。肉体は限界に達しつつあった。そして当然のことだが、この間は一度も身体を洗い清めていない。さぞかし自分は酷い匂いを振り撒いているに違いない。これまではそんなことに気遣う余裕はなかったが、彼は自嘲気味に苦笑を浮かべると空腹を癒す暖かい食事、それに身体を洗う事の出来る豊富な水に思いを馳せた。
「遺跡を探索する冒険者に成りたいなら、ギルドに登録する必要があるよ。ちなみこの街には二つのギルドがあってね・・・お互いで競っているんだ。どっちに加わるかは調べてから決めた方が良いだろうね」
「二つ・・・二つもギルドを作るほどこの街には冒険者が居るのかい?」
「まあ、冒険者が多いのは事実なんだけど。・・・この街には遺跡への入口が二カ所あるんだよ。元々は一つの組織だったんだけど・・・二年前に領主様がお触れを出したことで、ギルドが二つに分かれちまったのさ。まあ、二つになったのはギルドだけじゃなく、どっちに付くかで街そのものも割れているんだけどね」
「ほう・・・じゃ、街全体がどっちのギルドを支援するかで揉めているってことかな?」
恰幅の良い中年女性の返事に対してレイガルは再び質問を浴びせる。ゴルジアの街中に入った彼は早速とばかりに、宿屋を見つけると店を仕切る女将から食事を摂るついでに街に関する情報収集を開始していた。もちろん、その前に裏庭にある風呂でこれまでの汚れを落として身なりを整えている。レイガルが選んだ宿は大した店ではなかったが、いくら安宿とは言え悪臭を放つ者を歓迎してくれるはずがないからだ。
実際、最初に店に現れたレイガルを訝しる目で見ていた女将だったが、小奇麗になって戻って来ると気さくに問い掛けに答えるようになっていた。宿が本格的に混み合う夕暮れにはまだ早いため、彼を仕込み中の話し相手と見做したのかもしれない。いずれにしてもレイガルは女将の対応が物語るように、文明人としての立場を取り戻した。
「正確にはギルドじゃなくて、領主様の跡取りのどちらかだね。・・・実は二年前に領主様が遺跡の入り口の管理を二人の子供達に任せたのさ、それも遺跡の最深部にあるという最大の宝を、先に探した出した方に家督を譲るって条件を付けてね。それで、元々一つだった冒険者ギルドは二つに分かれてお互いに冒険者を囲い込もうとしたり、街の人間の中にも次代の領主様に取り入ろうとしたりと必死になっているってわけさ。・・・面倒なことを始めたみたいだけど、競争が始まったことで下火になりつつあった遺跡の探索が盛り返して来たからね、なんとも言えないね。あっ最後のは、あたしの意見じゃないよ。そのように言う者もいるってだけさ!」
「ああ、わかっているさ。とは言え、この街はそんなことになっているのか・・・」
「そういうこと。あんたさんもどっちに付くかは、よく吟味することだね!」
「そのしよう!良い話を聞かせてもらったよ。ついでに麦酒をもう一杯もらおうか!」
「あいよ!」
お礼というわけはないがレイガルは追加の注文を頼むことで会話を終えると、女将の言葉を頭の中で吟味する。どの街にも独特の習慣や権力者達の噂などが存在するが、彼女から聞かされた話はかなり貴重な情報だと思われた。もちろんこれから確認のために話の裏を取るつもりではあるが、女将が全くのでたらめを話したとも思えないから、この街が世継ぎ争いに揺れていることを前提に動く必要がある。遺跡を探索する冒険者として身を立てようとしている彼としては、どちらのギルドに加盟するか慎重に決めなくてはならないだろう。レイガルは久しぶりの麦酒を味わいながら、宿の食堂を兼ねた酒場に人が増えるのを待った。
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