意外な展開

1/10  マルカム→バンダ 


 9:30にバスは出発するので、早めに起きて日記を書く。身支度はないので、バスのクラクションが鳴り、すぐに外に出る。なんて寒さだ。極寒のジョンディエンよりも寒さがいちだんと増している。朝の一服を入れて昨日と同じ席に着く。


 昨日よりも人が減っていてすこしだけさみしく感じる。予定では、今日中に乗りかえ地点のバンダに到着する。乗りかえの仕方がまったくわからないが、昨日の夜、ミーシェンを頼むときに通訳してくれた、めがねのたくはちろうに似た中国人男性と、坊主頭のおばちゃんが同じルートだと言っていた。二人についていけば安心だ。バスは出発する。


 小さな村の風景から雄大な高原の景色へ。大きな山々の緩やかな斜面は、枯れた芝で茶色に埋め尽くされている。夏だったら緑豊かで相当あざやかだろうな。あいかわらずくねくねした道を通るが、昨日みたいに崖ではないから安全だ。


 “高原ステージ”の次は“谷底のステージ”へ。谷を通る道が多いから、谷は道を作るのに適しているのかもしれない。


 何度か休憩をはさみ、そのたびに昨日同様にかくれて一服いれる。目の前の風景は宮崎駿の映画に出てくる色鮮やか谷の村の風景だ。大麻を残しておいて本当によかった。日が出て気温が上がってくる。日なたは暖かく、日陰は極寒、極端な気候が生きていることをうれしくさせる。


 昼飯を食べたいところだけど、うん○をする場所がほとんどないのでがまんする。かわりに、リージャンで仕入れた干し肉、干しフルーツ、フルーツチップス、そして大量のみかんなどの保存食で飢えをしのぐ。


 昼過ぎになるとさらにおおきい高原にでる。いつのまに乗客はほとんどいない。山からの雪解け水が高原につたわっているが、かちかちに凍っている。昼間の間だけ氷は解かされ、夜になると再び凍りつくのだろう。小さな湖があり、真っ白に凍っている。標高の高い場所特有の強い陽射しが反射して、とても綺麗に輝いている。


 家などどこにも見当たらない広い高原の途中、浅黒い顔をした人間が二人乗り込んでくる。おーー! チベタンだ! 長い髪を赤い糸のようなものと一緒に三つ編みし、汚れた服を着ている。“ドラゴンボール”にでてくるウパのお父さんのような顔立ちで、一目みればすぐにわかる容姿だ。チベタンはまわりをまるで気にせず、わけのわからない歌を大声で歌い、車内に平気でタンをはく。さすがだ。


 大きめの町に到着し、ほとんどの人が降りていく。さらにさみしくなる。


 外をひたすら眺め、ぼーっとしていると、緑色の服を着た公安が約15人ぐらいで道をふさいでいる。ええーーー! なにあれ! なんだあの人数は、もしかして検問か? 心臓の鼓動が猛スピードで加速する。「やめてくれ!」


 終わったと思ったら、道が凍結していてひどい陥没だ。公安の人達は道路を修復している。しかし、びびった(怖かった)。びびったじゃ済まされないぐらいにびびった。


 夕方になり、さびれた町に到着する。バスの運ちゃんが降りなと合図をするので、バスを降りる。昨日の二人も降りている。バスを降りると、考えなきゃいけないことがたくさんある。バスに乗っている間は気楽だから良かったのに。想像していたバスターミナルはまるでなく、町の幅が約200メートルぐらい。あとは過酷なだだ広い高原だ。よくこんなところで生きていけるなと、またまたあきれてしまう。


 さっぱりわからないので、むりやりめがねのおっちゃんについていく。どうやらトラックに乗せてもらうらしい。言葉がさっぱりわからないので、“めがねさん”についていくのみ。どんな手段でもかまわない、ラサに行けるなら何も文句は言わない。


 どうやら待つみたいで、荷物を置いて無言で待つ。すると、いきなり近くにいたロバが大声で鳴きながら走りはじめる。「なんだ? なんだ?」と思い、見ているとメスロバに近づいていく。「あーあ、なるほど!」異常なおたけびの理由はとてもわかりやすい。


 うしろから無理やり襲っている。メスは後ろ足で何度もオスを蹴飛ばしている。手加減なしの本気蹴りだ。嫌がれてもがんばるオスに感心してしまう。


 静かになり、ことを終えたように見える。あんなに嫌がられても、最後はやれるのだと思っていると、えっ! なんと、オスの後ろ足首がありえない角度に曲がっている。本当に痛そうにびっこをひき、動かなくなってしまう。メスは知らんぷりで、どこかに行ってしまう。あの足は見るからに致命傷だ、歩くことはできないだろう。さっきまでの笑える空気が、恐ろしいほどふきとんでしまった。歩くこともできず、何もできないロバはどうなるのだろう? まわりの人はまるで無関心だ。だれも助けてくれなければ死を待つのみ。笑えないぐらい悲惨で同情してしまう。男ってあんなものかもしれない。


 日は暮れ始め、近くの食堂で待つことになる。“めがねさん”と“ぼうずさん”、“ズーベン”(日本人)の三人で暖炉にあたっていると、一台のバスが到着する。元気の良い女性が一人降りてくる。大きいリュックにパンパンに着込んだ服、「私、チベットに行きます!」って感じだ。そのとおりみたいで、他の二人と案内役のチベタンと、なにやら話しこんでいる。急に別の場所に移動することになりついていく。先がまったくわからないがついていくのみ。


 “元気玉”のような女性と、バスで一緒だった坊主頭のおばちゃんはチベタン一家と話している。ヒートアップしているらしく声が馬鹿でかい。どうやら今日出発するか、しないかでもめているみたいだ。チベタンのおっさんが勝利する。今日は一泊することに決まる。泊まる部屋のことでももめて、さっきまでいた食堂に泊まることになる。


 ドミ(ドミトリー)で全員同じ部屋だ。“めがねさん”に“ぼうずさん”、それに体は小さいけどパワフルな“げんきさん”、そしてまったくしゃべらない(しゃべれない)長髪の“ズーベン”である自分、なんともおかしな組み合わせだ。


 四人で大量の飯を食べる。麻婆豆腐になすの炒め物、そして野菜炒め、なんてうますぎるんだ。それも“ぼうずさん”のおごり、本当にありがとう。


 四人で食べていても会話は三人だけ、無口な“ズーベン”は“めがねさん”のオプションみたいにひょっこりついているだけ。ぶりっているときは楽でいいけど、さすがに少しは会話する時もある。腹は満足に満たされ、夜も更けてきたので部屋に戻る。


 みんなが寝る準備をしている間に外に出る。極寒だけど、空は真っ暗で星が綺麗だ。町の外まで歩くとすさまじい高原の景色、巨大な山が遠くに見える。今日は月が明るいので良く見える。なんてところにいるのだろう! 自分のいる場所にまるで現実感がなくなる。頭がおかしくなるぐらい大きすぎる。


 「こんな景色なら一服いれなきゃ」ということで、一服いれる。便通がきたので勢いで野グソする。というよりも町にトイレがない。ジーンズを下ろすと生身の肌に冷たい風がささる。こんなに寒いんだ。けつが冷えたまま脱糞、いやーー、贅沢なことをしているな。すっきりしたところで散歩する。しかし野良犬が多すぎるので宿に戻る。


 みんな眠りはじめていて、自分もベッドにもぐりこみ眠りにつく。


 二日続けてのバスの旅だ。飽きることのない大自然は魂まで圧倒される。現地の人の生活にどれだけ自然が関わっているのか? 日本の暮らしを比べると、、、


 公安の恐怖はだいぶ薄れてきて、あとはラサに行くまでの過程をぞんぶんに楽しむのみ。すばらしい大自然が、くだらないことをすべてかき消してしまう。眠るのも惜しいバスの移動は、今までの旅の中で一番充実した時間をプレゼントしてくれる。

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