あがったり、さがったり

12/24  ハノイ→サパ 


 寒さで満足に眠れず、朝早くに起きてしまう。ドミドリーだけど、他に宿泊客がいないので気が楽だ。昼までのんびりと過ごそうと思い、まずジャンベをたたきはじめる。ラオスではジャンベをたたく時間があった。最近は満足にたたいてない、今日はたくさんたたこう。


 ジャンベをたたいていると、ドアをノックする音が聞こえる。開けてみると高本さんだ。これからホーチミン廊を見に行くらしく、みれる時間は11時まで。今は9時、ついていくことにする。


 急いでシャワーを浴び、荷物をまとめてチェックアウトする。高本さんとタクシーでホーチミンの眠る場所へ向かう。


 やたら警備兵のいる通りで降りる。ついてきたのはいいけど、何があるのかまったくわかっていない。どうやら遺体が安置されているらしい。厳重なチェックをうけ、カメラを預ける。何で写真はだめなんだ? 大勢の人がいる。グループに分けられ建物内部へはいる。いかにも「お墓です!」といった外観の建物の内部は、おどろくほど清潔だ。警備兵がいるので立ち止まることはできず、人の流れにそって歩き、小さな部屋に入る。


 ホーチミン! 暗くて、すこし寒い部屋の中央にはガラスケースの中で眠っているホーチミンがいる。これは写真を撮っちゃだめなのもうなずける。一人の人間に対してここまで。見学に来ている自分を含め、観光客とホーチミン、同じ人間なのに。まるで神をあがめるようで、よっぽど偉大な人だったのだろう。すごい!


 外に出て、ホーチミンの家を見たり、車をみたり、公園内をまわる。のどかな場所に住んでいたんだな。ホーチミン博物館を見て終了する。近くの大衆食堂でメシを食べる。


 昨日と違って今日は気分がすぐれない。ねむいし、目はひらかず、頭がはたらかない。ちょっとしたことでも気になってしまう。なんでだろう? 坂本さんは近くにある見所をまわるらしく、自分はホテルに戻ることにする。


 バイクタクシーにホテルの近くにあるドンスアン市場に連れて行ってもらうと、おい! まったく知らぬ場所で降ろされる。市場でも全然違う市場だ。言葉が通じないことよりも、適当さにあきれてしまう。しかたなく歩いてホテルを探すことにする。


 30分ぐらい歩くがいどころがわからない。人に「ドンスアン?」と聞いてもわからない。ハノイの人々は他の国の人々と違って冷たい。気分があまりすぐれないなか、ふらふら歩いていると、ぼちゃ! 右足がドブにはまり、はねた汚水が顔にひっかかる。最低だ。急にみじめな気がしてくる。ペグちゃんのことは頭からはなれないし、道はわからない、それに腹の調子も良くない。


 ギプアップ! タクシーで帰ることにして、歩きながらタクシーをさがす。1台、2台とタクシーは通りかかるが、とめようとしても停まらない。急に後ろから声をかけられ、ふり返るとスーツを着たベトナム人男性が立っている。近くにある高級ホテルで働いているらしく、どうやら送ってくれるらしい。なんていい人だ! 上品な車に乗る。


 ファニーというベトナム人は31歳、仕事が終わったとこらしい。「イタイ!イタイ!」と、卑猥な言葉を連発する陽気な人だ。助かったと考えると急に気分がよくなる。「コーヒー一杯どう?」と誘われ、おごってもらうことにする。


 湖のほとりのコーヒー屋で車を停める。親にお金をわたしにいくらしく、ダッシュボードの中にはぶ厚い50000ドンの札束が置いてある。すごい量だ。


 車を降り、10分程待ち、一緒に店に入る。腹の調子が良くないが、ホットコーヒーを飲む。外のテーブルでのんびり、こういうのがあるから海外は良い。どこの国でも、困っていると助けてくれる人がいるものだ。


 かわらず卑猥な言葉しか口にださないファニーは、近くにホテルがあり、そこで女が買えると教えてくれる。「今夜はどう?」と誘われるが、残念! 夜にラオカイへ出発する。じゃあ、このあとどんなところか見に行こうと誘われ、コーヒーをほとんど飲まずに車に乗る。


 それにしても“エロい”日本語が達者だな。昨日の犬料理屋付近の小道に入り、安っぽいホテルに着く。どきどきしながらファニーについていく。


 ホテルの入り口にあるイスに腰掛け、茶を飲んで待つ。他にも人がいる。女の人に呼ばれファニーと一緒についていく。階段に女性が五人並んでいる。もしかして選べということ? その通りで、ファニーは一人選び、流されるまま一人選ぶ。気に入った女性はおらず、とりあえず胸の大きい女性を選ぶ。


 そそくさと、ファニーは別の部屋へ行ってしまい、わけがわからず女の人につれられて別の部屋へはいる。こうなったらやるしかないと気合を入れる。


 大きな窓がある部屋で、強い日射しがさしこんでいて明るい。シャワーを浴びてきて、みたいなことを言われ、面倒くさいので“いちもつ”だけ洗う。女の人は服を脱ぎ始めている。シャワーを浴び終わるとファニーがやってくる。終わったらチップを払って、と言われるが、いくら払うのかわからず、お金がないと言うと、50000ドンのぶ厚い札束から一枚抜いてくれる。いやー、助かる。


 ファニーは出ていき、ベッドに行くと女の人にしゃぶられる。しかし、まったく“たつ”気がしない。「クリスマスに何をやっているのだろう?」ペグちゃんのことは気になるし、罪悪感と自己嫌悪を感じる。頭の中でいろいろと考えてしまい、まったくその気になれない。女は肌が汚く、生理的にうけつけない。


 30分ぐらい続くが、結局たたずじまい。たまっているはずなのに不思議だ。女の人はあごがそうとう疲れた様子で、なんか滑稽にみえる。自分はそれ以上に滑稽だ。ファニーが部屋に入ってきて、警察が来るみたいなことを言い、終了する。着替えてチップをわたす。


 なぜかすっきりした気分で、ファニーと一緒にホテルを出る。車の中でファニーと“エロ”話をしていると、お金を払ってと言われる。てっきりおごりだと思っていたので考えていなかった。値段を聞いてみると“スリーミリオンドン”。ええー! ミリオンっていくら? よくわからないので100000ドンを渡すと怒りだす。ぜんぜん足りないらしい。


 お金は持っていたがこんなことで払いたくない。持っていないと嘘をつき、ホテルに戻ればあると言う。ファニーは両親を迎えに行き、空港に行くらしく、時間がないと言われる。そんなの知ったこっちゃない。ファニーはめちゃくちゃヒートアップして英語でまくしたてる。自分もお金がないと応戦する。どうしよう、、、


 ファニーは人のズボンのポケットをさわり、お金を持っていることがばれる。しかたなくポケットの手持ちで勘弁してと言うが、ダメ。しまいにはウェストポーチの存在もばれる。なんでわかるのだと不思議になるが、まずい! 嘘がばれた瞬間逃げることを考える。


 エキサイトした会話を続け、車のスピードがゆるみ、道路のわきに車が停まった瞬間、ドアを開けて逃げだす。首からさげていたカメラケースの紐をつかまれるが、ふりほどき、全力で走って逃げる。少し離れたところでふり返ると追ってきてない。無我夢中で走り、高そうなホテルの脇を抜けると、近くにいた警備員が何か言っている。そんなことはどうでもよく、とにかく走る。


 湖にぶつかり、道がフェンスでふさがれている。気合でよじ登る。そのときにも首からさげているカメラのストラップがひっかかる。何とかフェンスを越え、ひたすら走る。せまい路地まできたところで走るのをやめる。


 頭が混乱して正常に考えられない。つかまらないためにどうすればいいか考えぬく。まずは路地の奥に隠れて時間をつぶすことにする。けれど、頭は恐怖で包まれ、心配ばかりして落ちつかない。


 路地を30分ぐらい歩きまわり、汚れた池のそばで座って考える。なんてクリスマスなんだ。カメラのストラップは切れていて、名古屋万博で知り合った友人にもらった竹のケースも壊れている。みじめな気持ちでいっぱいになる。とりあえずホテルに戻ることにするが、道はもちろんわからないし、目印の市場の名前もショックで浮かんでこない。


 大きめの道にでて、どうしようと考えながら歩いているとネットカフェを見つける。ここで調べれば場所がわかるかも。中に入るが、案の定日本語が使えない、スタッフは英語が通じない。だめだこりゃ。


 再び道を歩いていると、ちょうど良いタイミングでメータータクシーが通り、死ぬ気で停める。なんとかドンスロイ市場と思い出し、伝えるとわかった様子だ。やったー! 通じた! これで帰りのことは安心だ。あとはファニーだ!


 タクシーの中から白い車を警戒する。少し落ちついてきたが、もしホテルの場所がばれたら、と考えると不安がふくれあがる。


 市場にたどり着き、歩いてホテルを探すが、また迷う。あたりを警戒しながら歩きまわりようやく到着する。白い車は停まっていないので、おそるおそるホテルに入ると、大丈夫だ。ほっとするが、列車の発車時刻までまだまだある。ペグメールが気になっていたので、ネットカフェで時間をつぶすことにする。


 メールチェックするとペグメールが一件。読んでみると、ペグちゃん、誕生日に帰ってこないのが、そうとうつらかったらしい。しかし、ふっきれたようすで、これからもよろしくお願いしますと、ペグちゃん! 


 自分の誕生日に彼氏は海外で遊んでいる、考えてみればつらいな。自分のことばかり考えている自分が情けなくなる。こんなすばらしい女性がいるのに、自分はクリスマスの日に何をやっているのだ? 熱いものがこみ上げてくる。ペグちゃん本当にありがとう! こんな自分についてきてくれるなんて、大事にしなきゃ。


 自分の気持ちをメールで送り、放心状態。ファニーのことがどうでもよくなる。昨日から、「ペグちゃんと別れても平気だ」と自分の中で強がっていたけど、結局ダメみたいだ。ペグメールをしながらひさしぶりにみんなにメールを送る。


 夕方になり、高本さんが帰ってきたので一部始終を話す。どうやら、7年前のホーチミンでほとんど同じ手口で二度だまされた話を聞いたらしい。それを聞いて、はじめてだまされるところだったと気づく。だから、コーヒーをおごってくれても、ろくな会話をせずに店をでたんだ。卑猥な日本語をたくさん知っているんだ。“よいしょ”もすごかったし、全部結びつく。完全にだまされていた!


 急にほっとしてしまい、あんなに真剣に、追ってくるのではないかと心配していたのが馬鹿らしくなる。“カーネギーの本”に書いてあった通りだ。すっかり心は落ち着く。高本さんは水上人形劇を見に行くので、日記を書いて時間をつぶす。


 高本さんは予定よりも早く戻ってきて、差しいれに大きなドラゴンフルーツと熟してないマンゴーをくれる。マンゴー好きの自分には最高の差し入れだ。高本さん、本当にうれしい。


 話をしていると列車発車の時刻にちかくなる。従業員にチケットをもらい出発の準備万端だ。高本さんとお別れして、バイタクで駅へ向かう。高本さんに出会えたことが、ハノイでの一番の出来事だ。本当にありがとう。


 道路は週末ということと、クリスマスということでバイクパニック、まるでありのようなバイクの数だ。


 無事に駅に着くが乗りかたがわからない。うろうろしていると、ホームへの扉が開き、簡単に列車に乗れる。今日の出来事があったからか、まわりの人をいつもより警戒してしまう。うん○ファニーめ。列車のシートはバスよりも座り心地が良くて快適だ。


 列車は出発する。景色をみたいが、窓は鉄格子におおわれて何も見えない。さすがベトナム。ホテルでかっぱらった本を読みながらうとうとして眠る。


 なんか、いろいろな出来事があった一日だ。クリスマスらしい日ではなかったけど、とっても良い思い出になるクリスマスになった。だましの街、首都ハノイ。人は冷たくてそっけない。しかし、なんだかんだ良い街だった。そしてペグちゃん! 心から愛してる。ありがとう! メリークリスマス。

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