02 出会い



「うわぁああぁあぁーっ!!」



 突然の絶叫が響いた。


 辺りの鳥たちが一斉に逃げて飛び立つほどだ。クロムは真っ青になってフッソを見た。


「違う、オレじゃないぞ」


 フッソは上擦った声で返事をする。


「わかってるよ! 何かあっちのほうから聞こえたよ!」


 クロムが『あっちのほう』を小さな指で示している。


 声の感じからして大人の男の絶叫だったがそう近くでもなかった。道から外れた森の奥、そこに何があるのか。二人はゴクリとリンゴを飲み込んだ。



「どどど、どうするのフッソ」

「わからない。でも何か助けが必要かもしれない。――見に行こう」



 崖から転落したかもしれないし川に流されたかもしれない。魔物が出た可能性もあるがとにかくここにいては何もわからないままだ。



「ぼ、ボクこわいよ」

「じゃあ一人でここで待ってろ」

「やだよ、置いてかないでよフッソ」


 水筒を手早くしまい、フッソはカバンを背負った。クロムは半ベソをかきながらフッソのあとを慌てて追いかけてくる。


 森の中は一気に歩きにくく枝が行く手を阻む。土の上に落ちた葉が腐っているのか足が滑る。


「気をつけろよクロム」


 平坦でないことがより一層困難さを極めた。


「待って、フッソぅわっ!」



 クロムも必死についてきた。


 さっき腹に収めたばかりの水がもう汗になって噴き出してくるようだ。



 坂になった斜面を登り下りしていくとその先にまた開けた草地が見えた。木々に光が遮られた森とは違い燦々と陽の光が射すそこは何故かクロムの膝丈くらいの短い草が殆どで見晴らしがいい。


 だからそこでワラワラと集う人影のこともよく見えた。



「フッ――」

「シッ! 静かに」


 後ろをついてきたクロムの口を塞ぎフッソは森の樹に体を隠した。


 むぐむぐと目を白黒させながらクロムがフッソの見つめる先へ視線を移す。クロムより背が低いだろうか――厳つい体つきの異様に背の低い髭のおじさんたちがうろうろしている。皆が皆同じような体型ということは『そういう種族』なのかもしれない。


(人間……じゃないのかな)


 よく見ると小さなおじさんたちに囲まれて一人の男がいる。



「っ!!」



 男は血まみれで意識を失っているのか倒れたままビクともしない。



(死んでる!?)



 小さなおじさんの一人が器に何か緑色のドロドロした液体を持ち、男がその気配に目を覚ますと皆で男を押さえて無理矢理飲ませようとしている。



「やめ……っ! うがぁ、がはっ」



 もがいて暴れようとしている男の気迫にフッソたちは震えた。





「おとなしく全部飲むウラ!」

「ウラウラ!」



 小さなおじさんたちがウラウラと凄むとクロムは緊張がピークに達したのかあり得ないくらい高音で間抜けな悲鳴を上げた。


「イヤーっ!?」


 笛の音にも似た不思議な悲鳴に小さなおじさんたちがこちらを見た。


「誰かいるウラ!」

「見られたウラ」



 その間にも緑の液体を飲まされた男は再び沈黙してしまった。



「……ころされちゃったよ、逃げなきゃフッソ!?」



 ガクガクとクロムがフッソを揺さぶる。


 ウラウラとよくわからない言語で小さなおじさんたちが駆けてくるのが見えた。



「ころされる???」



 何が起きているのかまったく理解が追いつかない。


 クロムは泣いているしおじさんたちがやってくる。


 そして血まみれのまま事切れた男。



 フッソはクロムの胴体をガシリと脇に抱え脱兎のごとく元来た方へと逃げ出した。理解より先に体が動いたのだ。走って走って走って、わけがわからないくらいとにかく走った。あんなに進みにくかったはずの森の凹凸や小さな崖が何の苦にも感じられない。


 今までの人生でおそらく最速、――あれ、オレって意外と運動神経良かったのかな、と勘違いしてしまいそうなほど今のフッソは俊敏だった。


 ただし逃げる方角を間違ったのかそれは元来た道ではなくいつまでも王都へ続く凸凹道には出られなかった。


 こんなに早くこんなにたくさん走っているのに。



 抱えていることを忘れていたクロムが脇で何かを言ったようだった、フッソはクロムを思い出す。


「追っ手は来てないか!?」


 フッソは後ろを振り返らず走ってきたのでクロムに後ろの様子を尋ねた。



「ふっそ……どうしよう」


 揺さぶられクロムの声は震えていた。フッソがクロムを抱えて走る以上に。



「ネオンお姉ちゃんが……絶対にダメって」

「何がだ!」


 要領が掴めず視線をクロムへ向け視界の端に赤が見えた。クロムが見ている風景はフッソが垣間見たそれとは少し違う。


 逃げてきた道に点々と続く赤が今も止まらない。


 絶え間なく脈打つ度にぽたぽたぽたぽた落ちていく血液。



『クロム! いつも言ってるでしょう!? 怪我をしたらどうするの!』



 ちょっとでも危ないことをしようとすればいつも過保護なまでに叱ったネオンの声がクロムの記憶の中でじわりと再生された。


「怪我をしたのか?」


 血の跡をたどってさっきの集団がやってくるかもしれない。フッソはクロムに血を落とさないよう言おうとした。


 だがクロムの様子がおかしい。


 泣き出してしまった。



「何だよ、痛いのか? 我慢しろよ、舐めときゃなおるだろ?」


 追っ手を意識するあまりに咄嗟に出た言葉。


 クロムが叫び返した。



「フッソと一緒にしないでよ!!」



 そのあとはもうクロムが何と言っているか聞き取るのも困難だった。


 クロムはパニック状態で泣いていた。




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