01 旅立ち2


 村を出てしばらくはでこぼこ道が続いていた。馬車が一台通れるくらいには幅のある細い道だ。白く渇いた土が踏み固められたこの一本道を、はたしてクロムは通ったのだろうか。


「……アイツ、都の方角知ってるのか?」


 道は都まで続いているが分岐点にある看板の文字を幼いクロムが読めるとは思えない。



 歩きながら、筒状に丸まっていた地図を広げ真ん中に描かれた王都を見た。一本の大木とお城の絵がある。ぐるりと広がる城下町、そこから方々へ道が伸びていた。


 デダシの村へと続くのは一本の細道だ。くねくねと時折歪む線なのはここだけ舗装がされていないことを物語るようだった。


 頬を撫でる軟らかな風のにおいを胸一杯に吸い込む。収穫期だからか林檎の香りがほのかに漂って辺りは穏やかだ。道の脇にちょこんと現れた石造りの彫刻の前でフッソは立ち止まり手を合わせた。旅人の守り神プラプラ様の像だ。所々緑の苔が生えている。



 クロムがいなくなった。そのことであんなに取り乱していたネオンがまるで嘘みたいだ。


(大丈夫だよ。だって『世界は優しい』だろ、ネオン)


 小さな鳥のつがいが戯れながら飛ぶ。その囀りを聞いてからフッソは再び歩き始めた。



 地図は丸めてまたしまいこんだ。そこにクロムの足取りは記されていない。勘を頼りに気の向くまま行く。


『当てずっぽう』――少し違う。耳を澄まし目を凝らし導かれるように進む。声なき声をたどっていた。光や草木、小さな虫や雲の流れ。あらゆるものの息吹を感じながら。


 クロムを探していた。



 やがて半時ほど進んだ頃曲がりくねった路の先の草葉の蔭から、すすり泣くクロムらしき声が微かに聞こえてくる。驚かすことのないよう静かに覗き込むとしゃがみこんだ小さなクロムが何か奇妙なものに取り囲まれているのが見えた。


 フッソは言葉を忘れてしばしその光景を眺めていた。


 うずくまったクロムの周りを何匹かの小さな生き物がぐるぐると廻りながら、まるで踊っているようだ。クロムを囲む円が広がったりまた近く小さな円に戻り右回り左回り、楽しげな音楽でも流れていそうな雰囲気で。その真ん中で泣いているクロムはどこか滑稽にも見えた。


 見たこともない生き物に驚いてしまって恐怖にかられたのか。


 あるいは一人で迷子なことに気がついて泣いたのか。


 とにかくクロムはその生き物たちの踊りを見ていない。



 しかし何の生き物だろう。自分たちより体の大きなクロムにも怯える様子はないし、踊りも綺麗に揃っている。動物というより小人……なのだろうか。人の形はしていないが。


 フッソがもっとよく見るために近付こうとした時、小人(?)の一人がフッソに気付き、小人たちは踊りをやめてしまう。


「あ、……待っ」



 小人(?)たちはくものこを散らすように草むらへ消えてしまった。


 フッソに気付いたクロムが顔をあげると涙で目の回りも手も濡れていた。



「%△#?%◎&@□!」


 何か言葉にならない言葉を子供特有の高い声でまくしたてながらクロムがフッソに駆け寄ってきた。


 フッソを見るなり途端に駆け出した、と言ってもいい。



 クロムにしてみれば一人きりで出歩くなんて生まれて初めてのことだ、心細かったに違いないが。



「見たか? クロム。小人だぞ小人」

「何言ってるのさフッソ、頭おかしーんじゃない?」



 テンパって泣いてるクロムがフッソを見上げてしゃくりをあげながら口だけは偉そうにすましたことを言う。



「なんだ、見なかったのか。残念だ」


 フッソが肩を落とすとクロムはますます声を高くした。



「なにしにきたのさー!」

「何って……お前が勝手に村を抜け出したりするから」

「ボク、村には帰んないんだからね!」



 迷子で泣いてるじゃねえか、と出そうになる言葉をフッソは一旦飲み込んだ。


 こんなふうに一人で泣いていたにも関わらずまだ帰りたいと言わない、不安や恐怖よりももっと強い気持ちなんだろう。



「都へ……どうしても行くのか?」



 頭ごなしに叱られなかったからかクロムはびっくりして目を大きくした。



「ネオンが心配してるんだぞ」

「母さまに一目会いたいんだよ、そしたらちゃんと帰るから」



 必死に言うクロムにフッソは肩を竦める。



「オレが連れていってやるから、もう一人で勝手に行動するなよ」



 頭に手を乗せて言うとクロムは顔を輝かせ力一杯頷いた。いつもこう素直だと可愛げもあるのに……とフッソは心の片隅でそんなことを思う。


 フッソに対して何かと口やかましいネオンを見て育ったせいか、クロムもウランも年上であるフッソへの敬いの気持ちがない。ダメダメなフッソ、というそういう目で見られていた。



「とにかく。何か、小人とか……珍しい生き物がいるみたいだから一人はダメだ」

「そんなの見たことないよ」


 今の今までクロムの周りを囲んでいたというのに、クロムは頬を膨らませた。


「手のひらサイズの、こう……何か不思議なやつが」

「そんなんじゃわからないよ」



 村にいた時は見たことがないから、人が少ない場所にしかいないのかもしれない。小さなクロムが泣いていたから出てきたのだろうか。


「悪さをしているようには見えなかったけどな。他にも色々いるかもしれないから用心だ」

「悪い魔物がいるってこと?」

「そういうこともあるかもしれない」



 クロムは途端にビクビクと辺りを見回した。



「ふふ、ふ、フッソは強いの?」

「そんなわけあるかよ。……一応ナイフは持ってるけど、果物だって剥いたことねえよ」

「お姉ちゃんのほうが強いってこと!?」


 果物や肉を捌くという点においてはネオンのほうがナイフの扱いに長けているだろう。だからといってそれで強さをはかられるのは釈然としない。


 都へ向けて歩いていくと辺りの景色は草原から森へと変わって行った。


 相変わらず砂利道が続いているので迷う心配はない。


 和かな木漏れ日の下は暑さを感じさせないので快適だったが。



「フッソ……足が痛いよ」

「都へ行きたいんじゃなかったのか? まだ半分も来てないぞ。泣き言を言うなら村へ戻ってやろうか」

「違うよ! 一休みしたいだけだよ!」



 ちょっとからかっただけなのにクロムは怒って地団駄を踏んだ。まだまだ元気はあるみたいだ。


 フッソはカバンの中から水筒とリンゴを取り出しクロムが水を飲んでいる間にナイフでリンゴを二つに割った。


「はじめてのナイフ、だね」

「これくらいは出来る。お前と一緒にするな」


 リンゴをかじりながら地図を見てみると道から外れた場所には森や川、泉などもあちこちにあるみたいだ。


 クロムはリンゴが美味しいのか満面の笑みでシャリシャリと音をたてていた。







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