02 出会い2
***
「どうやらボウズは一度出血すると血が止まらない体質のようだな」
傷の手当をしてくれた厳つい小人がうらうらと低い声で唸った。フッソは力なく肩を落として話を聞いていた。
そういえばネオンは人一倍クロムの怪我には神経質だった、絶対に怪我をさせてはならないと殺気だっていたのをぼんやりと思い出す。
(だけど。そんな厄介な体質だったなんて知らなかった……)
何かとふざけて危ないこともさせて来ただろうに、ハラハラと見守りながらネオンはフッソにそれを言わなかった。
「ごめんな、クロム」
クロムは泣きつかれてかすっかり眠ってしまった。
走って逃げていたはずのフッソたちは今は小人の集落でお世話になっている。
クロムの隣には背の高い男が寝せられていた。
気になることはいくつもあったがとりあえずクロムの手当をしてもらえた、そのことに満足だった。
よくはわからないがそんなに悪い人たちではなかったのかもしれないとフッソは集落を見渡した。
森の木々に蔦を編んだ網をかけてそれらが空中に道や部屋を生み出している。思い思いに過ごす彼らは言語が「うら」しか言えない者もいればフッソたちの言葉を流暢に話す者もいる。
こうしていると一見穏やかであり敵意は感じられなかった。
眠っているクロムの隣に横たわる男は先ほど小人たちに囲まれて何か飲まされていたあの男であると思われる。
全身に大小様々な怪我を負っていたが今は手当がなされ恐ろしい印象もない。
あんなに暴れて叫んでいたとは思えないくらいに穏やかな寝顔は、フッソよりいくつか年上だろう若い男のものだ。
フッソと同じ黒髪である。
(どうしてこんなに怪我をしてるんだろ)
フッソが男を観察しているとクロムの手当をしてくれた小人が話し始めた。
「その男は、もう何日も前にこの集落へやって来た」
フッソは小人が独り言のように薬を片付けながらぶつぶつと語るのを黙って聞いていた。
「記憶がなかった」
長い話になるかと思ったがそんなことはない。小人は要点のみを告げる。
「ワシらが与えた薬を飲んで記憶を取り戻すと、男は暴れだした」
片付けを終え小人はフッソをじっとみる。
「どんな過去を持つかは知らん。だがおいそれと触れてはならんのだろう。薬を無効化させる薬を飲ませた」
全身に怪我を負うほど激しく暴れた男――。
一体何が彼をそうさせたかは誰にもわからない。
「オレたち誤解してました。すいません」
怯えて逃げてしまったことは小人に対して失礼だったはずだ、フッソはそう思い詫びた。
「人間はまず滅多に訪れない。お前たちがここに来たのはそれだけで意味がある」
「? ……意味、ですか?」
「ウラ。まにまに」
何を言われているかはよくわからないがフッソたちに対して悪意や怒りはないようだ。
眠るクロムと男を眺めてフッソはボンヤリとしていた。いつになるかはわからないがクロムが目覚めた時に事情がわからないと不安だろうし先に男が目覚めた時にまた暴れないとは言い切れない。
退屈しのぎに辺りを散策したいがクロムを置いてくわけにはいかない。
そうして今に至る。
治療してくれた小人のおじさんはどこかへ行ってしまったまま戻る様子もない。
(――退屈だ、)
いっそ自分も昼寝でもしようかと思っていると、木陰に隠れてぴょこぴょこ見え隠れする人影に気付いた。
他の小人のおじさんたちより一回り小さい。髭もはえていない。どうやらこどもの小人のようだ。
「? ……やぁ、こんにちは」
声をかけてみるとびっくりしたらしく一瞬飛び跳ねた。
そのあとしばらく沈黙してからやがておずおずとフッソの前にやって来たのはどうやら女の子の小人のようだった。
***
クロムが目を覚ましたそこは妖精のくにだった。
否、小人の集落である。
たしか人間の男に毒を飲ませ襲っていた『恐ろしい小人』は、今や素敵な妖精としてクロムの目に映っていた。
「この子はテルルちゃん。お前の怪我の手当とかもしてくれたんだぞ」
「ウラ」
フッソの傍らにいる三頭身の女の子は恥じらう様子で笑った。
妖精、いや天使。あれは天使だ。
「ボケッとしてるが大丈夫か? まだ具合悪いなら無理するなよ」
「ボケッとなんかしてないよ! ボクはいつだって元気だよ!」
クロムがよくわからない見栄を張る。天使の前では精一杯カッコつけなくては様にならないとクロムは意気込んだ。
「時にテルルちゃんは、今何歳なの?」
「ウラ。ウラウラウラーラ」
「……天使は言葉も天使」
クロムが呟くとフッソは首を傾げた。
「天使は羽根がはえてるだろ。彼らは小人の一族だと思うぞ」
「フッソは黙ってて」
最初こそ小人の言葉はちんぷんかんぷんだったクロムも、すぐに簡単なコミュニケーションなら可能なほどに馴染んでいった。順応性に富んだこどもだったからか、あるいは恋のなせるわざか。クロムとテルルは仲良しになった。
こと恋愛に関しては朴念仁とも言える疎さのフッソから見ても二人はラブラブであり同じく仲が良かった弟のウランといる時の仲の良さとは種類が違うのは明白だ。
(クロムがこんなマセガキだったとは……)
何のことはない。過度なスキンシップがあるでもなく、たんに好き好きオーラが滲み出ているだけの話だ。だがフッソからすれば異性をそんなふうに意識していることがすでにマセていると感じられた。
テルルがいたせいだろうかクロムは苦い薬もグイグイと飲んで積極的に怪我の治療と体質の改善に取り組んだ。おかげで数日滞在することになったが、例の男も目を覚まし、小人の祭りもあったのでフッソとしては退屈にはならなかった。
「フッソたちはどうして旅をしているんだ?」
男は名をラドンと名乗った。
自分のことは名前以外何も憶えていない記憶喪失だった。
「クロムの母親を探しに都へ行くんです」
「都へ? ……二人では心許ないんじゃないか?」
ラドンは神妙な顔付きで黒い眉を潜めた。
フッソにはわからない。デダシの村を出てから若干怖い思いをしたのはただの勘違いであったし、何が危険で何がそうではないのかまだよくはわからない。
「ラドンさんこそ。記憶がないままじゃこれからどうしていいかわからないですよね」
フッソたちの心配よりもラドン自身の問題がある。目覚めてからはおとなしいがフッソはなるべく刺激のないように言葉を選んで話す。
しばらく考えていたふうのラドンが不意にまた口を開いた。
「しばらく一緒について行ってもいいか?」
何も思い出せないラドンは帰る場所も行く宛もない。
目的もなくここに留まる理由もまたありはしない。
フッソよりも歳上で体格もよく頼りがいのある男は、だけどもまるで迷子のように頼りなげでもあった。何かをしていたい、誰かのためにいたい、少しでも役に立ちたい、そんな眼差しが揺れていた。
「……だめか?」
見ず知らずの他人を簡単に信じてはいけないと小さな子どもでも知っている。でも困っている誰かを突き放すほどフッソの警戒心は高くもない。
「ラドンさんが嫌じゃないならオレはぜんぜんかまわないですよ」
澄んだ青い瞳はまったく迷う素振りをみせない。その瞬間に不安や恐怖、疑念などまるでないようだった。ただちょっと驚いただけだ。
「子連れ旅だから疲れるかもしれませんけど」
旅の仲間が増えるなんて今の今まで考えたこともなかったのだから。
「一緒に行ってくれるなら嬉しいです」
笑顔で締め括るフッソにラドンのほうが戸惑う。
「オレみたいなのと一緒でいいのか? 恐いんじゃないか?」
「? ……あー。ラドンさんが暴れてたのを見たときは恐かったですけど。でも大丈夫です」
何がどう大丈夫なのかをラドンのほうから訊くことはできなかった。ただすっかり毒気を抜かれたように肩の力が抜ける。
そして思う。
――フッソを守ろうと。
不意に湧いた感情はみるみる確かな意思になる。
しっくりくる。
目の前のどこの誰ともわからない一人の少年を守っていきたいと思った。
記憶はないがそれこそ本職であるように思う。自分の荷物にある一本の剣はラドンが剣士であると語っている。剣は戦う道具だ。何かを守るために存在する。
「……あぁ、そうだ。オレは守るためにいる」
記憶を失い空っぽだった心に光が射した。
「きっとオレは、騎士だった――」
右手を堅く握り、呟くとじわじわと実感が湧いた。
「クロム! ラドンさんがお前の母親探しに協力してくれるって。ちゃんとお礼言え」
「えっ! ほんとー? ありがとうラドンさん」
小さなクロムは嬉しそうにぴょこぴょこと跳ね回る。まだ何も成してはいないのに感謝をされてしまった。
「……みつかるといいな」
「うん!」
しばらくはこの小さなクロムが旅の中心、‐目的‐であろうとも。
(――オレは“フッソを守る”)
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