とある道場でのこと


「なっさけないわね。それでも男なの?」


 もう何度目になるかわからない敗北のあと、思いきり見下されカッと頭に血が上った。何せ相手は年下の女でチビ。なのにめちゃくちゃ強い。


「うっせーなチビのくせに偉そうにすんなよな!」

「アンタこそ。弱いくせに道場の息子だからって強気に出てんじゃないわよ」


 別に俺は自分が道場の息子だからって得をしたことなんてひとつもない。そもそも道場の息子でなければ剣の修行なんかしなくてよかったし、年下のチビに負かされて半べそかくこともなかった。


「お前のせいで門下生が皆やめちまっただろ、どうしてくれんだよ。道場の稼ぎがなくなったらお前の飯なんて用意できないからな!」

「あんな手習い気分で剣を振り回す連中逃げて当然よ。戦うつもりなんて最初っからなくていつも誰かに助けてもらおうとしてる。剣の道に相応しくない」

「そういう話をしてんじゃねえって。うちの台所事情だよ。お前だって居候してんだから少しは危機感いだけよ」

「最悪自分の食べる分くらい自分で仕留めてくるわ」

「狩り!? もううちって自給自足なの?」

「あら大変。アンタみたいなヘタレじゃ獲物の返り討ち喰らうわね」


 完全になめられている。俺はムッと口を結んだ。


「勘違いするなよ暴力女。お前のせいで俺はもう3本も歯を失った。お前のは強さじゃない」

「はえかわりでぐらついていた乳歯が抜けただけのことを大袈裟に言わないで。次は永久歯を折るわよ?」

「そういうとこだよ。いいか。俺達男はお前が女だから手加減してやってるんだ。怪我をさせないように、泣かさないように、わざと負けてやってるんだよ」


 俺が毎回負けてしまうことへのいいわけをさもそれっぽく語ってやるとゴリラパンチが俺の右頬にクリティカル。秒でぶっとばされた。


「殴るか普通! もう剣の道関係ねえまごうことなき暴力だぞこれ!」


「うるさい。しね」


 完全に目が据わっていた。まるで本気で殺す気の目だ。怒っている。

 これまでもさんざん言い合いをしてきた(何せ剣では敵わないので)が俺の言葉でこいつが何か傷付いたり怒ったりする事はなくて、平たく言えば口喧嘩でも俺は負けてばかりだった。なのに今回は何がいけなかったのかおもくそ逆鱗に触れたらしい。死亡フラグじゃんか。


「女だから手加減? わざと負けてやっている? ふ ざ け ん じ ゃ な い わ よ 。誰も頼んでないわよ。怪我でもなんでもさせてみなさいよ。殺してくれたって構わないわよ。こっちは生きるために戦ってんの。クソクダラナイ軟弱者にやられるわけないでしょ。アンタたちがどれだけ本気で束になってこようとアタシは絶対負けてなんかやらないわよ」


 竦み上がって震える俺の足元に模擬刀を投げつけて、「フン!」と踵を返した後ろ姿はやっぱりチビで。どうしてあんなチビに毎回やられてしまうのだろうか。物心ついた頃から毎日毎日修行をさせられてきたのに、ちっとも強くなんかなれない。剣の道なんか嫌いだ。他の門下生のように辞めたい。道場の息子なんていいことない。惨めだ。


 きっと俺、剣士にむいてない。俺、魔法使いになりたい。



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