第2話

 彼女は慌てて本に栞を挟んでカウンターの裏にあるテーブルに置いた。


「あっ、い、いらっしゃいませ。イチジクですか? 」

 彼女は苦笑いをしながら問う。


 そこの4つ入りのイチジクください。指をさしながら俺は答える。


 彼女はイチジクが4つ入った箱を持ち上げてカウンターに置いた。


「500円です」


 小銭がなかったので千円札を出す。お釣りを受け取るときに彼女の手が触れた。女子に触れることなんてここ数年なかったからドキッとしてしまう。


 とりあえずイチジクが買えたので姉も満足するだろう。帰ろうと思い、背負ってきたリュックサックにイチジクを入れた時だった。


「待ってください!」


 いきなり後ろから少し大きな声を出されたので飛び跳ねそうになった。まるで隠れんぼで鬼に見つかってしまい声をかけられた時のように、俺の心臓は破裂しそうになった。俺を呼び止めた声の主はイチジクを売っていた彼女だった。


「はい?何でしょうか?」


 恐る恐る振り向いて応えた。何か悪いことでもしたか?そう自分の心に問うが答えは返ってこない。


「あの、もしよろしければお話でもしませんか?」


 予想外の答えだった。まさか女の子にそんなことを言われるなんて思いもしなかった。どうせ帰っても何かするわけではないので、いいですよと答える。


 ちょっと待っていてください。そう言って彼女は小さな椅子とテーブルを持ってカウンターの裏に置いた。


「ここに座ってください」


 言われるがままに椅子に座る。


「ところで、何を話すんですか?」


 疑問を抱いていた。こんな俺と何を話そうというのか。


「すみません。特に何話そうとか、そういうのは決めてません。ただお客さんに自分と同じくらいの歳の人が来てくれたことが今までなくてテンションが上がってしまいました」


「それに、今日は平日なので人が殆ど来なくて暇なんです」


 彼女はえへへと笑みをこぼしながら言った。


 そうだ、今日は夏休みの平日だった。あまりにも夏休みの予定がないので今日が何曜日かすらわからなかった。


「ところで名前は?」


 俺は唐突に言った。普段ロクに会話もしない俺は会話の切り出し方もわからないのでこれが限界だ。それに俺と彼女は同じ学校の同じクラスでも同じ部活動でもない今日初めてあった名前すら知らない人なのだ。とりあえず彼女の名前が気になるのはごく自然なことだろう。


 彼女は課題を家に置いてきてしまったことを学校来てから気づいた学生のように、「あっ」と声を漏らした。


「すみません。名前をまだ言ってませんでしたね。私の名前は有賀日和です」


 あるがひより。綺麗な名前だなと思った。


 俺も名乗るか。というよりも俺が先に名乗るべきだったな。


「俺は、逢崎晨」


 晨という文字は夜明け、早朝、太陽が奮い立つ朝とかそんな意味があるらしい。これを知ったとき、明るい言葉だと思った。でも実際、俺は根暗な性格でこれといって得意なことがあるわけでもなく、ただ根拠のない自信と希望を胸に毎日を貪っているだけの人間でこの名前に相応しい生き方をしているようには到底思えなかった。


「逢崎晨......!かっこいい名前ですね......!逢崎......晨......」


 有賀さんはそう言って目を輝かせた。なんだろう、有賀さんは少し不思議な感じがする。

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落葉性のアイ 藤和 @touwa___

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