第93話 四方魔法陣 6

 四角い領域の中に生まれた歪なサークル。その内側全体が真っ白に発光し、光は暴風となって走り抜ける。史上最悪と言われた魔法が発動する。内にいる生命体を、全て死滅させる。


 その魔法の名は――『四方魔法陣』


 時が止まる。目の前で起こったことを、仮に数秒遅れていたとしたときの運命を理解し、ここにいる全員が動けなくなる。


「ううむ。中々に性根の腐った魔法だな」


 いつの間にか、俺の隣にはさっきまで前にいたはずの巨漢がいた。その言葉に、心の中で大きく頷く。

 サークル内の地面に、コウモリが散らばっている。

 広間の天井に張り付き、迷宮主に集まる瘴気を喰らって生きる生物だ。それが魔法の影響をモロに喰らい、絶命したのだ。


 そこには、生命と呼べるものはいない。

 その領域上にいるすべての生命体のオドを過活動状態にする魔法。それと限りなく似た状況が、いま目の前で起こったのだ。


「飛び込まないでくださいよ」


「おいおい、俺だってそこまで馬鹿じゃあない。だが、」


 カラカラと笑い、そこで言葉を切る。


「お前の話通り、どうにも出来んというわけじゃあなさそうだ。ここからが、第二段階……と見ていいわけだな?」


「そういうことです」


 四方魔法陣は強力かつ凶悪だ。魔法陣であるため、陣を壊すことでしか魔法をキャンセルできない。しかも、生物全てを死滅させると言われている魔法だ。不用意にいじってしまうと暴発する危険もある。現状では、奴を倒すことでしか止めることができない。


 しかしアノスの言う通り、どうにかできないわけではない。

 四方魔法陣は、術の発動時に領域内にいた生物のオドを過活動状態にする魔法――言い換えれば、発動時に中にいなければ意味がない。つまり、発動時以外は何の危険もない。


 もともと、この魔法陣が凶悪だと言われていたのは、有効範囲となる領域が広すぎたことが理由だ。気づいた時には逃げられないほどの広範囲に張る。魔法陣がもつ構造上の欠陥を、そのような力技で解決していたのだ。だが、こと迷宮内での使用という場合に限れば、その方法は取れない。つまり、この魔法が持つ能力を半減させたにも等しい。


 初見であればやられただろう。しかし、知っている俺たちにとってはどうとでもなる。油断さえしなければ、十分に攻略できる!


 さっきまでが第一段階。そしてこれからが、第二段階。


「――――」


 息を吸う。通信機を握りしめ、回線をつなぐ。「突撃!」その言葉を口に含んで――


「――……ッ⁉」


 あり得ないものを見た。

 言葉を失う。まさか、まさかと、嫌な汗が吹き出してくるのが解った。

 ヴィンセント・コボルバルドが発動した魔法は、四方魔法陣。影響するのは、生物が保有するオドそのもの。つまり、それ以外のものには一切の影響はない。


 はずだった。


 思考が停止し、目に映る事実が素通りする。遅れてその事実を理解し、再度頭が真っ白になる。

 キリキリという耳障りな悲鳴を上げて、




 計測器の針が、〝即死領域〟を完全に振り切っていた。

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