第94話 オレの勝ちだ 1

 わたしは、いったいどうしてしまったんだろう。


 どうでもいいことで腹を立てて、こんな時に樹とケンカして。自分が悪いと解っているのに、今もまだ気持ちは晴れない。


 樹が言ったことに、間違いは何一つなかった。わたしは今、魔術が使えない。それに、樹が言っていたボスモンスターのことも知っているわけじゃない。そうだ、今のわたしは役立たずだ。その場にいても何もできない、ただの足手まといだ。


 そうか。わたしが腹を立てていたのは、わたし自身になんだ。何もできない自分に、心底嫌気がさしていたんだ。だから、あんなことを言ってしまった。言わなくていいことを、樹にぶつけてしまった。


 ――あんなこと、言うんじゃなかった。


 いまさらになって、そのことを後悔する。

 あの気持ちは嘘じゃない。わたしも関係してるのに、一言も話してくれなかったことを肯定するつもりはないし、絶対に譲れない。


  それでも、言うべきじゃなかった。あの場で行ったところで、どうすることもできなかった。それこそ樹が言った通り、「言っても仕方がない」ことだ。わたしは、樹の邪魔をしただけだ。そのくせ、本当に言いたかったことは今考えれば全く言えてなかった。


 どう言葉にすればいいのか、解らなかった。たくさんの気持ちがありすぎて、どれがどれだか解らなかった。本当に言いたいことが、うまく言葉にできなかった。


 わたしは――、


「――――ッ⁉」


 いきなり、キーンという耳鳴りが襲う。とっさに耳をふさぐけど、もちろん消えるはずがない。しかも、これはただの耳鳴りじゃない。つい先日聞こえた、あのときの声だ。


 ――あなたは、誰なの?


 そう問いかける。でも、答えは返ってこない。問いかければ問いかけるほど、わたしの中で焦りにも似た何かが膨らんでいくのを感じる。あのとき感じたものと、全く同じ。


 杞憂だった――ボス部屋に乱入した後、そう思って安堵した。だけど、そのあと聞いたもう一体のボスモンスター。いくらわたしでも、あの夢が何を指していたのかくらいはっきり分かった。


 そいつだったんだ。わたしが見ていたのはゴーレムじゃない。もう一体のボスモンスター《ヴィンセント・コボルバルド》のことだったんだ。

 いま、樹が戦っているモンスターのことだったんだ。


 ――あれは……ただの夢じゃない。


 思い過ごしだとか、深く考えすぎだとか、普通はそう考えるのが自然だと思う。もし本当なら、これは未来予知だ。日本にいたなら、こんなことで命をかけたりしない。


 だけど、そんな気持ちはもうみじんも起こらなかった。多分あの記憶は、ここで死んだ誰かの記憶。理由も誰かも解からないけど、その誰かが、わたしに夢で伝えてくれているんだ。


 でも、わたしには何もできない。


 魔術も使えないそんなわたしが、あの場所に行ったって何もすることはない。むしろ邪魔になる。樹が振るう刀を鈍らせるだけだ。


 ああ、本当に情けない――心の底から、自分に対する嫌悪感が湧いてくる。こんな時にいったい何をしているのか。負の感情が広がっていく。


 何かある、そのことは解っているのに。せっかく、誰かが力を貸してくれてるのに。

 わたしは、何もできない。


 そのとき、


「――――!」


 もう一度、頭の中に声が響いた。


 声がこだまする。


 わたしに、語りかける。

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