第48話 解決の糸口と、こびりつく違和感 2

「……ごめん。神谷くん」


 書庫に据え付けられた長椅子。そこに座っての第一声は、その言葉だった。


「制御……失敗しちゃった」


「それは別にいいけどさ」


「そんなっ」


「いまさら言っても仕方ないだろ。結果論だけど、俺も死ななかったし」


「それは、そう、だけど」


「許すって言ってんの。申し訳ないって思ってるんなら、もう触れないこと」


 否定しても、謝罪はもういいと突っぱねても、雨宮の表情が晴れることはない。それは自分の中でまだ納得がいっていないのか、それとも別の理由か。


 もしかしたら、俺に責めてほしかったのかもしれない。自分のミスはやってはいけないことなのだと、あってはならないことなのだと。そうしてもらうことが、雨宮にとって一番納得がいくことなのかも。


 しばしの間、沈黙が下りる。相手の心を読むのが苦手な者には、この類の沈黙は少しばかり応える。


「あれってさ、とっさに出た……ってことか?」


 こくんと、雨宮が頷く。零れるように出た謝罪の言葉は、枯草のように、ともすれば聞き逃してしまうほどに弱々しい。表情は沈んでいて、差し込む太陽が作り出す影がその印象に拍車をかける。


 悩むことはあってもふさぎ込むことはなかった。中学からの雨宮を知っている俺にとって、この表情は、かなり珍しく映った。


「あそこまで大きく出すはずじゃなかったんだけど……」


「反射で出るものなんだな、ああいうのって」


「それ、一番やっちゃいけないことなんだけどね」


「シビアだな。魔法使いってのは」


「そうじゃないと、やっていけないから」


 慣れないながらも、少しだけおどけて見せる。そのことはちゃんと伝わりはしたようで、雨宮は苦笑しながらそう答える。


「失敗しましたっていうのは、言い訳にならないの。だってそれは……自分の魔術で仲間を殺すことになっちゃうから……」


「なんか、堅苦しいな。肩の力抜けよ」


「そんなこと言ってられないっ。魔術制御ができない魔術師なんて、存在価値なんか無いもん。さっきの、間近で見たでしょ? 一歩間違えたらわたし……、わたし、神谷くんを殺してた」


 少し強めに、雨宮が俺の言葉を否定する。「さっきの」とは、喰らったら死ぬかもしれなかった先の火球のことだ。


「やっと魔術が使えるようになったと思ったら、今度は制御で躓くし……これじゃ、危なくて使えない…………」


 仲間にとって、後方支援にもなり最後の砦ともなるのが魔術師だ。確かに、背中を撃つかもしれないけどよろしく、とでも言う魔術師がいたら、確実に信用なんかできないだろう。


 ましてやそれが、命を左右するような場面ならなおさらだ。友情そっち除けで赤の他人を雇った方がずっといい。そうすれば少なくとも、味方の攻撃で死ぬことはなくなる。


 服の端をつまみ、しわができるほどに握りしめる。その顔に浮かぶのは、はっきりとした落胆と焦燥、そして苛立ち。もちろん、感情の対象は自分自身。


 それを見てなお、どう返せばいいのか俺には分からない。


 何か声をかけるべきなのだろうとは察しがついている。そのために、雨宮はわざわざ俺に会いに来たのだと思う。謝るだけなら、わざわざ腰を落ち着けたりしない。何か、背中を押すような言葉が、もしくはアドバイスでも欲しいのかもしれない。


 それでも、


「悪いけど、制御云々を俺に訊くなよ? 下手なこと言って責任なんか取れないし」


「うん……。大丈夫、それは解ってるから」


 俺は何も言えない。言うことなどできない。


 この先は、雨宮たち魔術師にしか解らない分野になってくる。ここから先は、素人が口をはさんでいい部分じゃない。俺が思いつくようなことなど、雨宮はもう試してるはずだ。それに、ここまで培ってきたものを台無しにする可能性を理解している以上、軽率などできるはずもない。


「わたし、どうしたらいいのかな……」


「まあ、頑張りすぎないように……とだけ」


 俺が言えることはこれが限界。果たして、その言葉が何か役に立ったのか。


「神谷くんらしいなぁ」


「俺だからな」


「それもそっか……。あっ、ミレーナさんが神谷くんに合わせたい人がいるから、もう少ししたら来いって」


「了解。じゃあ、今から行く」


「わたしも」と言って立ち上がる雨宮。光を遮るその顔は、心なしか、無理に笑っているように感じる。

 その顔を見る限り――、


 一ミリも、役には立っているとは思えなかった。

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