第49話 解決の糸口と、こびりつく違和感 3

 ログハウスの地下に位置する書庫から、地上へとつながる回廊。どうやら表にある巨大樹の幹の中に当たるらしく、寒々しいという印象は抱かない。木の中に掘られた階段。取り付けられた発光石が、木の階段を優しく照らす。壁に耳を当てれば、気が呼吸をしているのが少しだけ感じられる。よく考えてみれば、この木は俺たちよりもはるか昔から生きている大先輩にあたるのだ。


 全長は優に四十メートルは超えているだろう。幹が異常に太いことが気にはなるが、これだけの木に育つまでには何百年かかるのか……それを思うと、どうしてか不思議な気持ちになる。


 書庫もそうだが、どうやら俺には、コンクリートで固められた都会よりもこういった木に囲まれる場所が合っているらしい。こういった場所では、少しはましな考えができるような気がする。さっきまでのことをすべて忘れて、会話をすることができる気がする。


「あれってさ、見えてたら対処できんの?」

「わたしなら、まず外さないかなぁ。〝宙に浮いた的〟ってイメージ」


 これは、先の戦闘について尋ねた時の返答だ。だよなぁ……と返しはしてみるものの、そもそも自分が一番解っていることなのだから、あまり驚きも落胆もない。どうやら、俺が思っていることは、そのまま弱点と考えてもいいようだ。


 魔術師からすれば、近接戦闘型はやはり戦い易いらしい。懐に潜り込ませさえしなければ、一方的な攻撃が可能だからだ。


 それに加えて、俺の場合は使えるのがごく限られた刀スキルのみ、魔術は一切使えない。刀の届く間合いに入らなければ、まず間違いなく攻撃は当たらない。おまけに近接戦闘のくせして、接近することが上手いとは言えない。術師にとって、これほど扱いやすい敵はいないというのが雨宮の見解だ。


「……だとしたら、どうやって隙作るか……。雨宮から見て、魔術っていうのはどんなイメージ?」


「んー……、簡単にイメージすると、パソコンのプログラムとか数式に近い……かな」


「ゴリゴリの理数系って感じか……」


「うん。魔法も魔術も、マナの変質作用をベースにしてるから、その理論から逸脱したことはできないしね。だから、死んだ人たちをよみがえらせるなんてこともできないし。そういったものはもう、〝奇跡〟って位置づけかな」


 魔術とは、文字の通り「魔の術」。魔法とは、言葉の通り「魔の法律」。「術」と「法」があることからも分かるように、どうやら計算式のようなものが存在するらしい。


 物理学のように、化学のように、絶対不変の鋼の決まりが存在する。それに基づいて事象は改変され、魔術が、魔法が発現する。それはつまり、どんなに形が似ていようとも、どんなに簡単そうに見えることでも、「マナの変質作用」から外れたものになるのならそれは絶対に起こらないことを意味する。


 そしてそれは、裏を返せばどんなに奇跡的な事象であろうとも、法則にさえ従っているのなら発現が可能だということも暗示している。


 初期魔術であれば、そのことをあまり考えずとも感覚で使うことができるらしい。しかし、高度なものになるほど、演算の割合が感覚を超えていく。上級魔術になってしまうと、ノート数ページ分の特殊な演算を脳内でしなければならないらしい。それをできるものが圧倒的に少ない。よって、魔術師・魔導士は特別扱いされているのだ。


「考えることは山ほどあるよ? 上級になってくると、風向き、大気のマナ濃度、気温、湿度、変質させるオドの量とか」


「つまり……それが狂うと――」


「そう。魔術ははじけ飛ぶ。……て言っても、よっぽどのことがないとそんなこと起こらないけどね」


「ちなみに、一番厄介なのは?」


「多分、マナ濃度……かな。演算はまずそれをベースにするから、狂っちゃうとどうしても修正しなくちゃいけないんだよね」


「………………」


「あっ、でも、許容範囲外まで濃度を変えるってほとんど無理だと思うよ? 精密な魔術なら別だけど、大半の魔術は相当許容量があるから――――」


 聞いた瞬間、


「いや、できる」


 頭の中に電流が走ったような感覚が襲った。


「?」


 雨宮は否定する。でも俺には、ひとつ思い当たる節がある。

 全部は無理でも、俺の周りだけは魔術を弾き飛ばす方法が。大気中のマナ濃度を、一瞬で変化させる方法が。


「魔術は、所詮はマナの変質作用で生まれる副産物だ。だったら、発動した魔術を含めて別の事象になるように改変すればいい」


「たしかに、そうやって魔術をキャンセルする魔術もあるけど、神谷くんにそれは……」


「できたはずだ。あのときは、確かにできたんだ」

「…………」


 そうだ、あの時だってそれをそのまま使ったんじゃない。俺は、魔術の才能がからっきしだった。だからその欠点を、魔法陣と規格外のオドで補ったんだ。


 超高度演算は魔法陣で先に済ませ、不確定要素の部分は自身のオドを暴発させて無理矢理に実行していた。あの方法なら、いまの俺でも魔法陣をいじれば充分にできる。


「お前も喰らっただろ? あらかじめ演算をしておけば、使いどころを間違えなきゃ相手の魔法を消せる」


「え? ……そんなことって前に――」


「書き込む魔法陣の形も変わるし、結構大変だけど、できないことはない」


「…………そう、だっけ……」


「いける。今はまだ無理だけど、あの時の魔法陣を見つければなんとか……」


 いつしか雨宮と会話をしていたことすらも忘れ、思考が彼方へと飛翔していく。思い出した可能性に、胸が高鳴る。


 魔法陣を刻むものは、純白銀鋼を使えば大丈夫だろう。白銀鋼なら、あれくらいの高速演算を数回くらい耐えることができるはずだ。使い捨てることをしなくてもいい。


「神谷くん、その……」


 問題は、どういう風に魔法陣をいじるかだ。いまのは、魔術制御が下手云々どころではなく魔術の行使すらろくにできない状態だ。もう魔術制御を使うのは考えない方がいい。一体、どうやってその部分を魔法陣に編み込むか……。


「ちょっと、ねえ……」


 試すのなら、もう一度初めから魔法陣学を理解しなくてはいけない。前のような半独学は危険すぎる。そうしないと、あの時の暴発とは比較できないくらいの大惨事になる。あの時はだけでなんとかなったが、今度はそうはいかない。


 演算に使う計算式も変わる。瞬間出力も、魔法陣のデザインも大幅に変えなければいけないだろう。やることだらけだ。だけど、完成させれば戦いの幅が一気に広がる。できることが桁違いに増える。

 これならも――


「神谷君ってば!」


 強めに鼓膜が震える。電気信号が脳へと伝わり、びくりと身体が跳ねる。内側に向いていた思考が一気に周りへと注意を向ける。とたんに、遮断していた情報が脳内へと流れ込んでくる。俺の自我が、この場で覚醒する。


 顔を向けてみれば、困惑している雨宮の顔。そこで初めて、雨宮を放置して独り言をつぶやいていたことに気が付く。


「あ、いや、悪い。考え事してた」


「それはいいんだけど……その……」


「?」


 雨宮が、話しにくそうな顔をしている。視線をさまよわせ、自身の服の端を握っている。それはまるで、何か知らない人にものを訪ねるような、そんな様子だった。そんな態度を取られる理由が解らず、少し困惑する。


「あのね。いまからすごく変なこと訊くから、勘違いだったら笑い飛ばして」


 意を決したように、雨宮がそう言った。


「は? 変って一体何が……」


「さっきから神谷くんが言ってることって――」



『いつの話なの?』



 足が止まった。

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