第41話 とある技師の話 1
「そうか、お前らはミレーナ様に拾われたのか! そりゃあ良かった!」
セルシオ、場所はメリゴットの酒場。並々に注がれたジョッキがハイペースで持ち上げられ、中身のエールが見る見るうちになくなっていく。それに比例するように、後藤の笑みも、感情の振れ幅も大きくなっていく。交わされる言葉には笑いが絶えず、お互いの武勇伝らしきものをしきりに披露する。
俺たちは酒を飲めないが、まるで酔っているのかと錯覚するほど不思議と気分がよかった。場の雰囲気に酔うとはこのことなのだろう。楽しく、最高に気分がいい。何よりも、端的に言えばとてもうれしいのだ。
『後藤――同じ世界の生存者――に会った』という説明すると、俺たちが頼みを口にするよりも早く、ルナは俺たちに外泊の許可を出した。俺たちが居なければ居ないでやることもあるし、何より『早く会いたいでしょ?』という、実にルナらしいというかミレーナの思考に染まっている言葉で。それも、今日という実に急な外泊許可だった。あまりのとんとん拍子に戸惑いながらも、俺たちはその厚意に甘えることとした。
俺のおごりだと後藤が矢次に料理を注文し、テーブルの上が皿であふれかえる。ミレーナ宅では食べられない種類の料理に、俺たちは遠慮なく舌鼓を打つ。
自分でも信じられない量の料理が腹の中へと消えていく。空になった皿が山積みとなっていくのには、さほど時間はかからなかった。
「後藤さんは、鍛冶屋さんのところで働いていたんですね」
「ああ。リンクスの鍛冶屋ってとこに住み込みでな。と言っても、俺が任されてんのは精密修理の方で、直接の製造はまだだけどな」
「そういえば、家が修理屋だって言ってたっけ」
「そうなんですか?」
「そうか、晴香ちゃんは聞いてなかったか。実は実家がそうでよ、俺はそこの精密部品の加工をしてた」
なるほどと、雨宮が頷く。それを見て、「これがそいつだ」と後藤がポケットからある部品を取り出してきた。
取り出されたのは、長さが二十センチくらいの筒。歪みひとつない円柱型で、内側は空洞。中は慎重に削られており、どこかで見たことのある模様を描いていた。
顧客情報になるからと言って、何に使う部品なのかは明かしてくれなかったが、この世界の技術でそれを作ることがどれくらい大変なことなのかは十分に解った。確かに、後藤が即採用されるのも理解できる。
話しは俺たちの日常へと、話題を変えて続く。楽しい話題は尽きることがない。この町でおすすめの店や都市伝説、最近やらかした互いの失敗談など、いつまでも続いた。
そう、不自然なくらい長く。
こんな状況でも、いつしか俺の頭はどこか冷静に機能していた。いま思えば、後藤が馬鹿みたいに酒を開けているのはその違和感を俺たちに悟らせないようにするためかもしれない。あるいは、自分自身に。
自覚すら、していないのだろう。
この雰囲気を壊したくはないから。今はまだ、再開の余韻に浸りたいから。
俺も雨宮も後藤も、決して話に出さない。その話題に繋がる話は、誰もそちらに誘導しようとはしない。日本での酒の席ですら、いつかはその話題が出るのに。あんな経験をした後に、この話題が頭に残っていないというのはどう考えてもおかしい。それが気持ち悪くて、そして悲しかった。
悟ってしまったからだ。口にしないということは、俺たちだ・け・がここにいるという事実で完結している話題だからだと。
そう、《それ》は他でもない、
俺たち以外の、仲間の安否。
「…………」
俺と目が合った後藤が、一瞬だけ悲しそうに笑った気がした。
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