第39話 六角薄雪 2
扉を開けると、そこにはもう一つ扉があった。俺が額をぶつけた、いまにも外れそうなあの扉ではなく、しっかりとした造りにニスが輝く見事な扉。そこに継ぎ目はなく、まるで巨大な丸太をそのままドアの形に削り出したかのような印象を受ける。男性は律義にも開けて待ってくれており、扉からは店内の様子をうかがうことができた。
「……これ、もしかして家の中にもう一つ家があるんですか?」
「そうだ。買いもしない邪魔者が来ても迷惑だからな。あの外見を見りゃ、そんな奴らは入ってこん」
男性は、ぶっきらぼうではあるが雨宮の質問には答えてくれた。つまり、あの外見を見てなお入ろうとした俺たちは、無事客として認められたということなのだろうか。
店内を見渡す。斧、長刀、ナイフ、盾、片手剣に全身鎧と、ありとあらゆる武具がそろっており、飾られていた。それも、四つ壁、天井、いたるところに。その不思議な光景に、俺はまだかなり残っていたはずの痛みも忘れて呆然とする。
「それで? お前らは誰からの紹介で来た。こんな場所、普通の連中は寄り付かんぞ」
その問いには、ミレーナの書面を渡すことで答える。読み進めていくうちに、しかめっ面だった男性の目が、少し驚いたように見開かれていくのが解った。
「ほぅ……ミレーナ様の弟子だったか。あの人は弟子を取らないといってたはずだが……まあいい、そういうことなら、あんたらは立派な客人だ」
「お前ら」から「あんたら」へと、呼び方が変わる。そして、男性の表情も少しだけ柔らかくなり、笑みを見せた。
「俺はロキだ、一応この店の店主をやってる。これからは好きに来るといい。どんな武器でも完璧に作ってやるし修理もしてやる」
それからの対応は、驚くほど速かった。
俺たちも名前を名乗り、なぜ紹介されたのかを大まかに説明する。飛竜の亜種を討伐するための装備と聞くや否や、ロキは俺たちを凝視し分析を始めた。
「二人とも、武器は持っているのか?」
「近接戦闘はイツキだな? 見る限り、敏捷性でかく乱する戦法……」
「それで、ハルカは後方支援か……上級魔術は使うか?」
「使うなら、どっちも魔術耐久力がいるな」
質問はそれだけ。答えを聞いたのち、反射にも近い感覚でロキが行動に入る。そこには、考えるという動作が感じられない。
カウンターから横に据え付けられた大きなクローゼットに移動し、ロキがそこを開ける。大量に吊るされた服をあさり、フード付きのローブを一着、そして日本でいう迷彩服の黒verのような服を上下でひとセット取り出してきた。ローブを雨宮に、黒い方を俺に渡す。
「ハルカのそれは、魔術耐久力が大きい飛竜の皮をなめして作ったもんだ。ちょっとの魔術ならそいつで跳ね返せるし、魔術との親和性も高い。イツキの方は、いまのに加えてとにかく丈夫だ。鈍らな剣じゃ傷がつかない。その代わり、身体に直接打撃が通るから気をつけろ」
服を引っ張ってみる。頑丈なのだが、硬いというわけではなく、むしろ動きやすい。ベルトを通す部分には、いろんな装備が装着できそうな仕掛け。ド素人の俺でも、この服が近接戦闘に特化したものであることが瞬時に理解できた。
他にも、ロキが色々と小道具を出してくる。回復薬をはさんでおく金属部品や、剣を固定する金具、身体に直接取り付けるタイプのポーチなどなど。その中から、必要な特殊な装備品をいくつかつけてもらい、会計となった。請求された額は、ミレーナが自由に使っていいといった金額とちょうど。まるで、ロキが何を勧めるかを予想していたかのようだった。会計を進める最中、思い出したようにロキが口を開いた。
「おっとそれから、飛竜を仕留めるなら翼だ。あそこには魔力血線がそこら中に這ってる。そこをズタズタにしちまえば、もう飛べはしない」
曰く、ドラゴンの翼にもきちんとした役割があるらしい。ドラゴンの飛行は、純粋に物理法則のみで飛んでいるのではなく、ちゃんと体内のオドを利用しているらしい。翼全体を用いて魔力行使を行い、魔法的に揚力を生み出しているのだ。その機関をつぶしてしまえば、なるほど確かに飛行はできない。
端末の音声書き取り機能を使い、その情報を端末内へと保存する。会計を済ませ、お礼を言って帰ろうとした矢先、
「……ちょっと待て」
ロキが俺たちを呼び止めた。というか、主に俺を。
「そのカタナ、……それが鞘じゃないだろう?」
そう言われ、腰に取り付けている不自然な大きさの鞘へと目が移る。通常の剣よりもはるかに細く、薄い、その黒い刀身自体には明らかに不釣り合いな革製の鞘。
「はい。鞘が見当たらなくて……今は有り合わせのもので対応してる形です」
刀を渡すように促してきたので、外して手渡す。
あの場所には、こいつの鞘が落っこちているということはなかった。よって新しく調達するしかなく、いま使っているのは、幅と長さが十分にある長刀用だ。だがそれゆえか、少し刀身がぐらつくため、模擬戦闘となると少し戸惑ってしまうのが難点。といっても、なぜかこの刀に刃がついておらず、オドを練らなければ今のところは強烈に硬い木刀という立ち位置なので、危険性についてはあまり心配はしていないが。
「…………ちょっと、待ってろ」
しばらく黒い刀身を眺めていたロキが、ポツリと呟いた。
そう言って奥へと消えていく。三分ほどたっただろうか。布に包まれた何かを数本持って、カウンターへと姿を現した。カウンターに布の塊を置き、一気に取り去る。そこには、
「鞘?」
頭から尻まで真っ黒な木製鞘。それも長剣や片手直剣といった類のものではない。長さ、太さ、反り具合――完全に刀用に作られたとしか思えない品だった。
付けてみろと、無言で一本が手渡される。抜刀し、黒い方の鞘へと刀を収める。
コトリッという静かな音をたてて滑らかな刀身の滑りが止まり、刀身と鞘とが完全に一体化した。
「……ピッタリ」
「やっぱりか」
雨宮が呟き。ロキがうなる。どこで拾ったのかを話してみる。すると、納得した顔で話し始めた。
「うちの爺さんがな、昔それをよく作ってたんだ。理由を聞いても教えちゃくれねえし、いつか来るっつってな。ということは、そいつは爺さんの知り合いの持ち物だったか……」
聞けば、最近はどうも認知症の影が見え始めたようで、記憶もあやふやになりつつあるのだという。余談だが、ロキは予想通りドワーフで、ロキのおじいさんももちろんドワーフだ。どんな長寿な生物もいずれたどる道らしい。しかし、いまも鍛冶の仕事は続けているとのこと。
「危なくないんですか?」
「爺さん、つい最近のことは忘れるくせに、何十年も前のことは覚えてんだよ。鍛冶師として仕事もそこに入る」
それに、俺より作るのが上手いんだ、とロキが苦笑いする。それは確かに、技術を盗むためにも、嫌でなければ仕事をしてほしいとは俺も思う。自分よりもうまいならなおさらだ。
また、昔のことは覚えているが、最近のことはどんどんと忘れていく――それは認知症の症状だ。認知症の進行具合を確かめる検査とこれから起こるであろう事態の内容、そしてその対処法を、一般常識の範囲だが口頭で伝えておく。
そのとき、
「おいロキ! 頼まれた数、長剣ができたぞ」
奥から、もう一人の男性が顔を出した。
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