第7話 Welcome To Wonderland 2
「悪かったな。目覚めたなりにあんなもん見せちまって」
あの口論から数分後、後藤 竜也、そう名乗った青年は、いくつもあるたき火のひとつに俺たちを連れてきた。俺たちに座るように促し、自身も座る。そして、先ほどの口論について説明を始める。
大筋は、雨宮から聞いたものとほぼ一致した。後藤が止めようとし、飯田という金髪の青年が率いる集団はここから立ち去ろうとしていた。そこまではあっている。問題は、口論となった理由だった。
「お前らは、この状況をどう思ってる?」
ことのあらましを説明した後、しばらくの沈黙をはさんで後藤がそう切り出した。
「樹の横にいる晴香ちゃんも、目覚めたのはお前と大差ない。ほんの数時間の差だ。だから晴香ちゃんも気づいてない。……というより、伏せてもらってたんだが。実は、俺たちが目覚めてから、今日で二日が経ってる」
「二日?」
その事実に驚愕する。この状況で、何の状況説明もせず二日も運営からアナウンスがない。本来なら、あるはずのないことだ。雨宮も驚いたのか、横からは何の反応もない。
「最初は俺たちも、サプライズな何かだと思ってたんだけどよ。コンソールも出ない、運営からは何のアナウンスもない。時間が経ってくに連れて、おかしいって思う奴らが出始めた」
たき火が、ぱちりと音を立てる。
「そんな中、あるものが見つかった」
「あるもの?」
そう疑問符を浮かべた俺に、後藤があるものを後ろから取り出した。ほらよ、と渡されたものを見て、俺と雨宮は言葉を失う。
「これだけが余ってたんだ。お前らので間違いないか?」
俺たちのバッグだった。
中身を確認してみても、入っているものは現実世界と全く同じ。それどころか、バッグについている傷、シミ、縫い目のほつれまでも全く同じ。
あり得ない。高解像度のオブジェクトを作るには、その情報を可能な限り正確に入れなければならない。そうなると、機械でのスキャンだけではなく目視での観察と手動による情報の入力が必要になる。それは例えたばこ一本であっても、情報に落とし込んで、オブジェクト化するだけでも相当な時間がかかる。こんなに大量のものをこんな短時間でオブジェクト化するなんてことは不可能なはずだ。
「こっちでもいろいろ実験してみてな。燃える速度とか強度とかその他もろもろを試してみた。結果は現実世界と同じ、どっからどう見てもモノホンだよ。さっき詳しい奴に訊いたけど、こんだけ視覚以外の情報を入れるなんてことは無理だとよ」
解っている。そんなことは解っている。
情報を入れるだけなら可能だ。だが、そうしてしまうと、今度は対象をオブジェクトできなくなってしまう。容量が大きすぎて、データが開かなくなってしまうあれだ。
「それで、だ。最初の話題に触れる。樹お前、あいつらが最後に言ったことを覚えてるか?」
「ここが異世界だとかなんとか……」
「そうそれだ」
後藤が、神妙な顔でうなずく。
「実はよ、あれ、あながち間違いじゃねのかもなぁ……て」
再度、沈黙が下りた。
俺も雨宮も、何も言う子ができない。突拍子もないその発言にその意図を測りかね困惑する。
「……どういう、ことです?」
「ああもちろん、本物のあれだって決めつけてるわけじゃねーぜ? だけどよ、そう考えるのが自然なのかもなって」
「…………」
聞き違いでも何でもない。目の前の青年は、至極真面目にそう考えているのだ。」
「ほら」
見てみろよ、そう言って後藤は右袖をまくる。そこには、包帯が撒かれていた。
「ちょっとドジっちまってな。思いっきり切った。だけど、これではっきりした」
まくった袖を戻し、後藤は声のトーンを落とす。その声に、ふざけた雰囲気などかけらもなかった。
「この世界じゃ、俺たちの身体はリアルに傷がつく。血も出る、痛みもある」
VR法が施行され、流血を連想させるエフェクト、そして攻撃を食らった時の痛みは完全に除去されることが義務づけられた。どんどん技術が進歩していくにつれて、はじめは偽物とわかる流血エフェクトが本物と大差ないものにまで再現可能となってしまったからである。
そんな時代に、VRの中で流血を、それも痛みを伴う傷などあるはずがないのだ。
つまり、この世界では痛みや流血によるショック死もあるわけで……。
「運営からアナウンスもねぇ、二日経ってるのに助けも来ねぇ。死ぬ可能性もある。ある意味……」
「ある意味、ここは異世界なのかもしれない」その言葉だけが、ずっと脳内に木霊していた。
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