03. 金属は人間か?

 リバタニアの都心から車で西へ1時間半。

 大きな森の中に、軍が所有する大規模図書館があった。


 そこへと向かうオーイ教授の人工知能カーには、人影が2人ではなく、3人。


 予定をどこから聞きつけたのか、カナンの指導チューターを自認する青年、ケイ・アササギも同乗していたのだ。しかし――。



 ケイ青年は、教授の愚痴に付き合わされることになった。



「ケイ君。リバタニアの上層部は、既得権益しか頭に無い。だから戦争になっている。ニョイニウムを宇宙で採掘しているのは我々リバタニアではなく、敵であるフロンデイアだというのに」


「ええ、そうですね……教授」


「金も情報も、上へと集まるのが資本主義だが、ニョイニウムまで収奪しようというのが、リバタニアの身勝手なところなのだ」


「ええ、確かに……」


「そんな奴らに従わなければ、アカデメイアは潰される。資本がなければ運営できんからな。学ではなく実用ばかり求められ、あげくに戦争へと派兵。まったくもって、おかしな時代だ」


「ええ、ええ。本当にそうですね……」


 受け流すのも大変そうに、ケイは応答していた。



「すー すー」

 後部座席から、寝息が聞こえた。

 落第生の少女、カナン・ヒガシノは、話に着いていくことが出来なかったのだ。



 カナンは、いつもの『軍服未満』な水色ユニフォームとは異なり。

 ダスティブルーのネコ毛ニットから、白シャツの襟がはみ出て、紺のミニスカートが、シェイプした太ももを映えさせる。


 そんな服装の彼女は。

 両手をちょこんと膝の上に置いて、車の後部ドアに寄りかかり、夢の世界へと旅立っていた。


 車の前部座席に座るオーイ教授とケイ青年とは、後ろをチラ見して弛緩。顔を見合わせ、ふふっと同時に笑った。



 ◆


 車が図書館に到着すると、3人は、地下の作業空間へと案内された。


 四角い柱がズラリと並び、地下空間を天井高く支えている。

 リノリウムの床の、だだっ広い空間だった。


 あちこちに本棚がそびえ立ち、通路は広く、キャリーカーも通行している。

 移動を効率化するための、個人乗りキックボードも、あちこちに配置されていた。


「蔵書数……もの凄いですね……」

「これでも、ごく一部だからな。電子データ化もしているそうだ」

 ケイ青年と、オーイ教授とが話している所に、カナンも割り込んだ。

「どうしてそんなことを?」


「……ニョイニウムに、知を注入するためだよ」 

 言ってオーイ教授は、司書達を指差す。


 円形の襟章が付いた軍服。

 それに身を包んだ軍属司書達が、テキパキと作業をしていた。


 大量の紙本に載った情報を、司書が電子化する。

 その情報を、『考える金属』であるニョイニウムに、放射状に刺された光ケーブルを経由して、光信号として注入。


 その「注入データ」を選別することで、ニョイニウムには『金属差』が現れる。

 例えば、青塚不三夫の著作を大量に注入すると、そのニョイニウムは『なんでもいいのだ!』と、楽天的な発言をするようになる。



 ――このリバタニアでは、ニョイニウムに対して『個性』という表現は、用いられていなかった。



 オーイ達が向かった、北フロアのD2ブロックに、『ニョイニウムの塊』があった。オーイ教授が搭乗予定のものだ。


 凹凸の少ない、のっぺりした巨大な人形塊が、大型キャリーの上に横たわり、あちこちから伸びた光ケーブルで、を注入されていた。



機動哲学先生モビル・ティーチャーって言っても、なんか、特徴の無い見た目だなー」

 と言うカナンに、オーイ教授は答える。

「知の注入が終わってからだ。注入した思考に応じて、見た目が変わる」


「……まるで、金属に自我があって、その性格が表に出てくるみたいですね」

 とケイ青年が冗談めかして言うと、カナンもふざけたように言った。

「あれでしょ? 『大人になったら、自分の見た目に責任持てー!』みたいな?」



 教授は、『オーイの苦笑』を見せた。

「そもそも、ニョイニウムの塊に、自我が在る事を、証明できないだろう?」


「あの、教授? ニョイニウムから、人間と同様の答えが帰ってきたら、どうなります?」

 優等生のケイがそう聞くが……。


 オーイ教授の目が、少し険しくなった。

「人間ですら、時に違う回答をするのだが? また、ニョイニウムが、人間と同様の受け答えをしたとして、ソレが『哲学的ゾンビ』ではないと、言い切れるか?」


「うう……」

 うなるケイ青年。場が緊張する。しかし――。



「ゾンビ? 怖いのは勘弁してほしいなー」

 無邪気に放たれたカナンの言葉で、場が再び弛緩した。


 オーイ教授は、ハリネズミ状にケーブルを刺されたニョイニウムの塊から、カナンのぱっちりした目の方へと向き直った。


「ホラーな意味でのゾンビではないのだ。哲学的ゾンビとはな。物理的化学的電気的反応としては人間と同じであるが、意識クオリアを持っていない人間のこ……いや、この説明ではカナン君には伝わらんな」


 教授はすこし考えてから、オーイの微笑をひらめかせ、言い直した。


「……要は、『人と同じ振る舞いをする、弱い人工知能』だな。昨日の宿題をやってきたカナンなら、『弱い人工知能』の意味は分かるだろう?」


「う、う……」

 途端に口ごもるカナン。彼女の大きな目は、苦しげに細くなる。



「教授。カナンをあまりいじめないで下さいよ」

「ははは」



 すると、落第生を自認するカナンは。

 思考のオーバーヒートを起こしたらしく、とんでもないことを言い出した。


「あー! もう面倒くさいから、ニョイニウムは人間ってことにいいんじゃないです?」



「ぬ?」

 教授は……なぜか絶句した。


「いやいや、ニョイニウムに、意識があるか分からないんだよ? 人じゃないじゃん」と、ケイが言うが――。


「じゃあさケイくん。脳震盪のうしんとうで意識を失った人間は、?」


「それは……」

 口ごもるケイ青年。


 ……オーイ教授は、渋面になって言った。

「カナン・ヒガシノ君。君は今、真理の一端を突いたな。意識の有無を証明できない点で、人間とニョイニウムとは同列だ。デカルトの『我思う、故に我在り』は、の証明だからな」


 ケイ青年は、混乱したような表情で聞く。

「待ってください、教授! では、人間もニョイニウムも、等しく人間なのですか?」



 教授は――。

 首を「横に」振った。



「いや。『ニョイニウムは人ではない』と、人間はだろうな。その方が、人間にとって住みやすい世界になるとから」


「はー。……人間って、排他的なんですねぇ」

 と、肩までの髪を小さく揺らしてカナンが言うと。



 教授は……また少し考えた後、言った。



「カナン。例えばだが……『サル』は人間か? 『川』は人間か? どこまでを『人間』だとして切り分ける? それは、『判断をする人間』側の理屈なんだ」






(TIPS)

【サルは著作者になれるのか(現世のUS)】

 サルがカメラを使って「自撮り」した写真の著作権は、サルにあるのか?

 そんな訴訟が、現世のUSでありました。

 USの、第9巡回連邦控訴裁は、動物が原告となって著作権侵害訴訟を起こすことはできないとする判断を示しています。

 https://www.cnn.co.jp/fringe/35118320.html



【川に法的人格を認める話(現世の外国)】

 なんと! 『川』に法人格が認められたケースがあります。

 インド

 https://www.nikkei.com/article/DGXLASGM08H5I_Y7A500C1FF1000/

 ニュージーランド

 http://www.afpbb.com/articles/-/3121661


 『人格』でなはく『法的人格』ならは、人以外に与えられることも?



【では、AIは?】

 著作権の文脈において。

 前回お話した「(2)弱いAIは道具に過ぎない」を前提に、現世の日本は、検討をしているようです。

(参考:平成29年3月『新たな情報材検討委員会 報告書』)


・著作権を得るには、創作的意図と、創作的寄与が必要。

寄与が無いものは、著作権無し(AI著作物)。

 という、現状の整理になってます。


 つまり、「AIは人間ではない。機械と同等だ。だから人格も与えない」という、ある意味穏当な判断をしています。


 ……今の所はね? フフフフフ。

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