第2話 大八木真奈美
昼休み。
私は昨日交わした怜香さんとの約束を守るために、お兄ちゃんの教室である2年B組に向かった。
昨日の夜のこと。
久しぶりに電話で怜香さんと日常の話をしていると、それまでの楽しそうだった声音が突然変わった。
『あの真奈美ちゃん。ちょっとお願いがあるんだけどいいかしら』
『うん。怜香さんの頼みなら何でも聞くよ』
『ありがとう。あの、実はね……』
最初はそのお願いの内容に驚いてしまった。だってあの真面目な怜香さんがそんなことを頼んでくるなんて思わなかったから。
『でも、そんなことして大丈夫かな。バレたらお兄ちゃんに怒られるよ』
『そうかもしれない。でもそれは私にとって大事なことなの!』
普段からは考えられないほど必死な声だった。もしかしたら電話しながら泣いているんじゃ、とさえ思えたくらいに。
『分かりました。でも理由だけでも教えてください』
『うん。あのね……私、大八木くんのことが好きなの』
『ええっ!?』
知らなかった。
だってお兄ちゃんから聞かされる怜香さんって、お兄ちゃんにだけ厳しくする人だってことだけだったし、もしかしたらお兄ちゃんのこと嫌っているのかな、と思っていたから。
『本当なんですか?』
『ええ、もちろんよ』
『でも、学校じゃいつも口論になるってお兄ちゃんが……』
『それは……私がいけないのよ』
別に怜香さんを問い詰めるつもりはない。
でも好きな人といつも口論になるなんてちょっと理解できなかった。
『私ね……こう見えてもすごい臆病なの』
『臆病?』
『そう。本当は大八木くんが好きなんだけど、彼の前に立つと平常心じゃいられないの』
『……』
『本当は普通に話したいし、話しかけてほしい。でも彼の前ではいつも緊張してしまって、いつの間にか言い争いになっちゃうのよ』
『……怜香さん』
『でもね、それは今日までの話。私、明日大八木くんに気持ちを伝えるつもりよ。だってこれ以上ないくらいのチャンスが巡ってきたんだもの!』
電話を通じて怜香さんの意気込みが伝わってくる。
とあるきっかけで知り合った怜香さん。
いつも冷静沈着で一見クールだけど、微笑みを絶やすことのない素敵な人だ。
ただ、私には優しくしてくれるけど、お兄ちゃんとは絶望的に合わないと思っていたので怜香さんの告白は衝撃的だった。
『あと、昼休みになったらそれを大八木くんに渡してね。私から彼にちゃんと謝っておくから』
『うん。分かりました』
『昼休みにはきっと……結果が出ていると思うから』
『あ、あの頑張ってください』
『うふふ、ありがとう』
そう言って電話は終わった。
◇
「あのー」
「うん?」
久しぶりに高等部に来たけどやっぱり緊張する。教室の入り口にいたちょっとチャラそうな男子に声を掛けた。
「私、大八木真奈美といいます。あの、兄はいますか?」
「ああ、大成の妹さんか。俺は笠原隆史だ。うん、似てなくて良かったね」
「はあ……」
「ごめん、どうやら席にいないみたいだけど」
「そうですか。ありがとうございます」
「いやいや。それよりどうこれから一緒にお昼でも……」
「ごめんなさい。急用がありますので」
ありゃフラれちゃった、と全く残念そうにしていない男子を置き去りにして廊下を歩き出す。
うーん、どこ行ったんだろ。
仕方ない。緊急事態だしメールしよう。
『お兄ちゃん、急用があるので居場所を教えて』
するとすぐに返事が返ってきた。
『今屋上にいる』
何とも端的な文面だ。でもお兄ちゃんらしくて思わず笑ってしまいそうになる。
『今から屋上に行くから』
『分かった』
私はスマホをしまってから屋上に向かった。
少し錆び付いた屋上のドアを開けると、いくつか置かれたベンチの一つに一組のカップルが座っているのが見えた。正確に言えば、座っているのは女子生徒だけで男子の方は彼女の太腿あたりに寝そべって、いわゆる膝枕状態だった。
その女子生徒は見たことのないような綺麗な銀髪をそよ風になびかせて、聖女のような優しい笑顔で男子の髪を
うひゃあ、めっちゃラブラブだー。
まるで映画のワンシーンを見ているようで一瞬ここに来た用事を忘れかけたが、慌てて周囲を見回す。
あれ、屋上にいるって言ってたのにいないじゃん。
お兄ちゃんめ、もしかして私を騙したのかな。
なんてことを考えていると、
「あっ、真奈美ちゃん。こっちこっち」
「えっ? 誰?」
私が
「おっ、真奈美か」
「ええっ!? お兄ちゃん?」
目の前には、デレデレの顔をしたお兄ちゃんとそれを優しげな表情で見つめている銀髪碧眼な美少女―――一体何が起こっているの?
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